第1章:不死鳥フェネクス

『くっそたけえ! スカイツリーより高い!』

 雲の上よりも遥かに高い場所。そこに魔術式が現れ、そこから二人の魔族が現れた。

「テメエらが言ったんだろうが。知覚の外からじゃないと当たらねえって」

『普通どっかの山の頂上とかだろ、なあ!?』

「レウニールに人の常識を説いても仕方ない。それに、これはさすがにあの怪物も想定していないはずだ。人が一番隙を見せるのは、真上だって」

『漫画の知識じゃねえか馬鹿野郎! まあ良いぜ、王を仕留められるなら、最高のダイビングだ。今までありがとな、相棒。死んでも友達になろうぜ』

「……何か私が悪者みたいじゃねえかクソ」

 ゼンは見据える。雲の切れ間から見えた怪物の姿を。この距離でも問題ない。今から撃つ矢は、魔を感知しある程度なら調整してくれる。ならば、黙っていても当てられる。そういう種族に生まれ変わったのだ。

 葛城 善と言う男は。どんな武器でも、そこそこ扱える。それが取柄。

『テリオンの七つ牙が一つ』

「魔を削ぐ弓」

「『グロム』」

「魔王でも、知覚外からの雷速は避けられまい!」

「マジで劣等種がテリオンの七つ牙を……ハッ、クソの役には立ちそうだな、クズオーク」

「『墜ちろォ!』」

 その矢は稲光のごとく地に落ちる。そして、魔王をとらえた。

「乗れ。サービスしといてやる。この私に二度、サービスさせたのはマスターを除けばテメエらが初めてだ。光栄に思えよ、私がこの姿を見せるのは、千年ぶりだぜ!」

 眼鏡の奥の瞳が黄金に輝き、真紅と黄金のコントラストが輝いたと思えば、漆黒の髪が炎と化し、背中から巨大な翼が生える。フェネクス、不死鳥の名を冠する彼女は、まぎれもなくその末裔であった。おそらく、このロディニアに残る最後の不死鳥。

 かつて神の時代、天空を走破した至高の種族が顕現する。

『……ワオ、名前で察してたけど、マジかー。告っとけばよかった』

「死ねカス義眼殺すぞボケ」

『前言撤回。俺悪口言うの好きだけど言われるの好きくないもん』

「おいクソオーク。姿勢整えたらもう一射、狙いはさっきと同じで良い。テメエが反動で受けてるもんとは比較にならねえ毒が、あの三下の中で蠢いてるうちに、な」

『俺も視認したぜ。痺れてんぞ! もっぱつ――』

 炎と化した不死鳥の背に立つは、一匹の醜き劣等種。

 奇跡が、垂直下降する。


     ○


 アンサールは全身に走る痛み、悪寒、その他諸々の違和感に、この一撃の意味を理解した。これは毒なのだ。魔を侵す毒。魔を削ぎ、魔を弱める毒。王クラスにすら通ずるデバフこそが、この天より降り注いだ雷の意味。

「ふ、ぐゥ。随分と、なめた真似を。さすがに考えもしなかったぞ。あそこにいると認識させ、直上より攻撃を敢行されるとは……如何な知恵者でも、考えが及ぶまい!」

 ここにあの男がいるということは、砦を落としたのはまた別のモノか。そうであるならばまだ救いはある。捕捉するとしたら広域に影響力がある『破軍』か位置関係的に『超正義』。厄介な能力だが火力だけはなく、単体ではタルタロスを壊せないと判断したため、『破軍』は捨て置き、『超正義』には最強の魔人ファイアードレイク種の男を当てた。

 であればオーケンフィールドが戻ってきて――それが一番良い。そうであるならばこの責の大半はあの男に、最強の魔王ニケに擦り付けることができる。

「嗚呼、とりあえず後のことは、後に考える。今は――」

 アンサールは三の矢を番える男と不死鳥を見た。

「あのカスどもを殺してやる」

 自分の計算が、計画が、狂わされた。それを笑顔で許せるほど、男は聖人ではない。

 魔王が咆哮する。翼をはためかせ、一気に加速。

『おいおい、こっちに向かってくるぞ!?』

「二つ当てて、まだ、あれだけの速度が出せるのか?」

 超スピードで上昇してくる魔王アンサール。激怒した彼の目に映るは獲物の姿。

「ハッ、空で、翼が生えたばかりのひな鳥が、この私に挑むってか?」

『おい相棒。嫌な予感がするぜ』

「……俺もだ」

「万年はええよ三下ァ!」

 不死鳥フェネクスもまた加速する。一端矢を解除して、必死にしがみつくゼン。

「不死鳥のはく製は、高く売れそうだ」

「おとなしく距離取っときゃ私は退いてやったのによ……つくづく度し難ェ連中だな」

「ほざけ」

「弱い魔狼ほどよく吼えるってな」

 ぎゅん、すれ違った瞬間、互いに旋回し超スピードで空中を駆けまわる。そんな中でもアンサールは敵影を狙い、オドを放つ。いくつも、いくつも、その度に雲に穴が穿たれる。だが、当たらない。ただの一つとして不死鳥を捉えるには至らない。

「……」

「何故制限下でこんなにも動けるって顔だな?」

「なッ!?」

 いつの間にか雲を伝い背後を取っていたフェネクス。その貌には嘲りがあった。空を舞う羽虫に対する、心底馬鹿にした笑みが。

「くだらん!」

 ぼう、一段と巨大な魔力の奔流。されど、それが不死鳥を捉えることはない。

「教えてやるよ三下」

 猛禽の爪が深く、アンサールの身体に傷をつける。

「馬鹿な!?」

 自らの、王の身体に傷がつく、その事実に、アンサールは驚愕する。

「テメエが、テメエの思ってるよりずっと弱っているのが一つ」

 またしても、不死鳥の爪が魔王の身をえぐる。

「それ以上に、たかが一介の王クラス風情が天空最速の不死鳥相手に空で挑んだのが大間違いだってんだよ、三下のジャリガキ!」

 アンサールが声のした方に顔を向けると、そこには三の矢を番えた男の姿が――

「しまっ――」

「地に墜ちな。テメエに空は似合わねえ」

 至近で頭部に矢が撃ち込まれる。アンサールは絶叫と共に地に墜ちた。

「……手出しし過ぎた」

「感謝する、フェネクス」

「まあ、マスターの玩具とは言え所有物にゃ違いねえからな。あんなクソカスにイキられてるようじゃマスターの看板に傷がつく。この私が手を貸してやったんだ――」

 フェネクスがゼンをティラナの外壁へと降ろす。これ以上は手伝わない、彼女なりの線引きである。そもそも、空中戦は完全に契約の外。今回のおつかい分から結んだ契約は、任意の場所にもう一度転送してほしい、それだけである。

「なるほどね。レウニールはどんな場所であっても君を召喚することができる。解放する場所も、どんな場所でも構わない、というわけか」

「ああ。奴らの砦に戻してもらい。対価を支払ってここに来た」

 ライブラは苦笑する。苦境すら利用して、この男は最善を超えた結果を出した。そのことが誇らしい。自分が何をしたというわけでもないし、最初から期待していたのは自分ではなくオーケンフィールドだったけれど、それでも、彼女は思う。

 英雄とは生まれでなく、何かを成さんとするモノなのだと。

「魔族の癖に、人間に加担するかァ!」

 転送の術式が発生する横で、フェネクスの頭部が爆ぜた。一撃で首が消し飛び、疑いようもなく致死。されど、彼女は不死鳥。

「テメエらが魔族を語るな半血。良いか、私たちはテメエらのことなんて何一つ認めてねえ。まだお手製の魔光爆弾で突っ込んできたロキの方がマシってもんだ」

 炎が揺らめく。すると、当たり前のようにフェネクスは復活した。今、爪でえぐられた攻撃を再生しているアンサールの超回復とは、次元が違う復元とも呼べる姿。

「認められたきゃ狭間に揺蕩ってないで魔界に降りてこい。そして力を示せ。六大魔王の首、ひとつでも取りゃあ認めるやつも出てくるだろ。所詮欠片じゃ無理だろうけどな。ま、私はシン・イヴリース自体嫌いだし認めることはねえ。品のねえ奴はお断りだぜ」

『フェネクス女史から品って言葉が出てくるとはな。目から鱗だぜ』

「マジで殺すぞクソ目玉」

 フェネクスはゼンを見る。

「まだ終わりじゃねえぞ。これでスタートラインだ。気ぃ抜くなよクソオーク」

「ああ、助力、感謝する」

「ほんとだぜ。『二度目』の回復はしねえぞ。仲良しこよしじゃねえんだ」

 フェネクスはレウニールの用意した術式を潜る。消える刹那――

「またな」

 そう言って消えた。レウニール唯一の配下たるフェネクスが人界に訪れたのは何千年ぶりのことか。魔界の戦であっても不干渉を貫くレウニールとフェネクス、それらがたまたまとはいえ戦に加担したことの意味、実は思うほど安くない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る