第1章:舞い降りる希望
「ありゃりゃ、タルタロスが落ちちゃったかぁ」
「そろそろ潮時ですかね、総さん」
「だね、竜二君。面白くなってきたところだけど、まあ、良いか」
軽く笑う剣士と従者。対する『斬魔』は険しい顔つき。それもそのはず。スペックで凌駕されるならいざ知らず、スペックで劣る相手との拮抗は、すなわち剣での敗北。
「それにしてもさ、良い剣持ってるのに隠してるなんてひどいよ。もっと、ギリギリの戦いが出来たのにさ。死ぬか、生きるか、またしようね。殺し合い」
歪なる天才は屈託のない笑顔でこの場を去っていった。
「キング、キング・スレードだ」
「ほお、西部劇にいそうな名前ですな」
「覚えとくよキングー。またねえ」
斬魔ことキング・スレードは静かに息を吐いた。幾重にも切り裂かれた大地は、此処で起きた立ち合いの証。大味の相手ばかりと戦い続けたことで鈍っていた腕を取り戻してなお、互角。相手の魔獣化を引き出すところまで辿り着けなかった。
「マミー、僕はまだ、弱いよ」
次は勝つ。その思いで、キングは崩壊する世界を見つめる。
「……何でござるか、あれ?」
集中しすぎて気づいていなかったキングはびっくり仰天たまげて腰を抜かす。
○
「冗談じゃないわよ!」
「クイーンが出てきてないからあの御方も出てこなかったけど、それで良かったね。私たちならそれなりの『ゲート』まで戻れば済むけど、あの御方はそうじゃないから」
「退くわよ。ただでさえ男のストックが尽きそうなんだから。ほんと、むかつく。女のくせに、力づくが通じるなんて思ってるところが、ね」
獅子が騎士を爪牙で打ち倒し、じわりと詰めてくる。
「悪いわね、私、飛べるの」
もう一人を抱き、空を舞う女王蜂。獅子に空を舞う相手を討つ術無し。そもそも追う気も起きなかった。所詮、三下、空腹でないならば獅子がウサギを追い回す道理もなし。
「うまうま。指ちゅぱちゅぱ。んー背徳的。まあ、この光景ほどの刺激はないけどね」
結局、現れた敵を歯牙にもかけず、クイーンは一人古城のテラスに立つ。世界が崩壊する景色。巧く隠していたものである。あれほどの規模の『ゲート』、一朝一夕では作れない。そしてようやくアストライアーの全員が理解した。
なぜ、王クラスがオーケンフィールドを突破して北側に到達できたのか、を。そもそも王クラスは突破していない。あそこから現れたのだ。
「破軍の奴じゃ破壊規模が足りないはず。なら、誰があれを?」
崩壊の規模。普通の『ゲート』を破壊する魔術道具だけでは起こりえない事象。
「オーケンフィールドかな、順当に。断絶されてるのに状況を理解して敵の急所を討つ、ってちょっとチートが過ぎる気もするけど。該当者が思い浮かばないんだよねえ」
何かが始まろうとしている。いや、とっくに始まっていたのかもしれない。
クイーンは一人思案する。
○
軍を蹴散らし、自らの能力で広域を探索していた『破軍』は、敵の拠点を捕捉していた。ただし、今現在、自分の持ち札でどうこうする術はなく、味方へと伝達しようにもその時点ではコードレスが混雑しており、安定してきたらしてきたらでティラナへの援軍が最重要と認識、あえて報告はしなかった。コードレスを使わずとも自分の『能力』ならばそれなりの速度で情報を拡散出来ると考えてのことでもあった。現に、ティラナの手前まで『破軍』の情報は届いていたのだ。
どちらにせよライブラをあの戦場から引き抜くわけにもいかず、そちらへ増援に向かおうとしていた矢先、魔族が使う簡易の転送術式から自らの良く知る男が現れた。
その男は見るからにボロボロで、極限の死線を乗り越えて、今にも崩れ落ちそうだった。だが、それでも砦に突入し、首級を上げ、特大『ゲート』、のちに名が判明するタルタロスを崩壊させた。渦巻くは魔を穿つ槍、ウェントゥス。その力を、『破軍』は見る。
「七つ牙を用いて魔術道具を補助したか。なるほど、認識を改めよう。オーケンフィールドが認めた通り、君もまた英雄だ」
突入時よりもズタボロになった男は、足を引きずりながら砦から出てきた。悔しそうな顔をしているのは、おそらく捕まっていた捕虜に生存者がいなかったためであろう。長く管理者が不在で、餓死していた哀れなる無辜の民。
「おら、さっさと来いファッキン野郎」
そこからの光景に、『破軍』は驚愕を、それ以上の感情を、覚えた。
最後まで諦めない。その背中が、語る。
○
アンサールは激怒していた。イチジョーの裏切りに、ではない。それも一因であるが、それを見抜けなかった己に、何よりも、あの男の不在とそれを結びつけなかった己が短慮に、男は激情を抑えきれなかったのだ。
タルタロスの管理をシン・イヴリースの欠片を持つ、あの男に任された。自分と似た性質を持ち、自分よりも厄介で、周到、かつ残虐非道のくせ、それを完全にコントロールしている、本物の怪物。人生で初めて、アンサールは己の上位互換を見た。
あの男に期待され、任された最重要の拠点を、自らの失態で失った。立場がどうこうではない。殺される可能性が高い。あんなクズのせいで、自分が死ぬ。
クズとクズが共謀して、王である自分を脅かす。
頭が、痛い。額に、冷たい鈍痛が走る。何か、何かが、浮かぶ。
「イチジョー!」
アンサールはまず、裏切り者を処分するために部下であった男を見た。賢しく、卑小で、遊んでいて面白い玩具。それだけの価値であった。見ていて面白いから飼っていただけ。振り切れられぬクズ。自分たちには到達し得ない、届かないから、可愛がっていた。
それが追い詰めていることも重々承知しながら。
「……嗚呼、死んだわ、これ」
今、タバコ吸ったら最高に気持ち良いだろうなあ、とぼんやり思うイチジョー。
アンサールの指先に魔力が集中する。必死の光景に、イチジョーは嗤った。
「なんだ、意外と死ぬの、怖くねえもんだな」
今まで恐れていた自分を、嗤った。
「死ね」
アンサールの冷たい声と共に絶望が――
「ぐ、ぎゃああああああああああああああああッ!?」
全天に響き渡るは――王の絶叫。
イチジョーはぽかんと、口をあんぐりと開けていた。他の皆も、それでようやく正気を取り戻す。何かが降り注ぎ、魔王が苦しんでいる。もはや、縋るもののない彼らにとって、本当の、真の、希望が――舞い降りる。
『――痺れてんぞ! もっぱつ当てとけ!』
「ぐ、ぎ、俺も、痺れるんだ。簡単に、言うなッ!」
そう言いながらも二の矢を番えるオーク種の男。その紫電は男の全身を伝い、足元にまで伸びる。苛立つは炎と化した何か。
「こっちまで痺れるんだよファッキンクソオーク! さっさと終わらせろ!」
降り注ぐ、雷光にも似た何か。茫然とする人々の視線が向けられる中、それがアンサールを再度貫いた。またも全天に木霊する絶叫。
雲の向こうから飛来する炎。その上に立つ醜き姿に、人々は英雄を見る。
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