第1章:ティラナの切り札
ゼンが姿を消して一週間後、魔王の軍勢がティラナを残して全てを、念入りに虐殺し、とうとう目前まで迫ってきていた。接敵した当初は、むしろティラナ側が優勢であり、かすかに、わずかな希望が見えたほどである。されどそれは与えられた希望。希望を持たせてから絶望に叩き落とすための下ごしらえでしかない。
すべては満を持して現れた男の登場で覆る。
ティラナに集いし戦力。決して足りぬ陣容ではなかった。数の上では勝っていたほどである。この戦争、ただ一人、ひと柱を除けば、圧勝していただろう。
だが、彼らには足りなかった。
ただ一つの要素。
「弱い。弱いなァ。これでは何の面白みも、ないぞォ」
圧倒的なまでの個の強さが。
「……これほどか」
ティラナの王は外壁ごと縦に裂かれた王都を眺める。いったい、どんな力があればこんな芸当が出来るというのか。一個の生命が、成すにしてはあまりにも尋常ならざる景色。報告は受けていた。ティレクがどうなったのか、彼らは知っていた。
それでも、この光景は想像を超える。
百聞は一見に如かず。
「ふん、ふーん」
ニールが咆哮と共に繰り出した瓦礫で創りし岩の翼竜。けた外れの質量を前に魔王アンサールは平然としていた。それもそのはず、ニールの最大戦力であるゴーレムは先日敗れ去っている。彼では勝てない、これでは勝てない。
「ふんふふん、足掻け足掻けェ」
それでも、足掻く。凄絶な表情で自分の持てるすべてを出し切り、一秒でも長く、十秒でも遠く、時を前に進めんと『クレイマスター』は能力を酷使し続けていた。
「ふ、ふ、ふ、ふーん」
だが、あくまで王にとっては余興でしかない。絶望を引き立たせる、添え物。
「軽く小突いてくれよう」
「う、ォォォォォォォオオオッ!」
何重にも生み出された土の壁。粘り気のある地質から厳選した土で作られた壁であったが、所詮小細工であるとアンサールは小突いて破壊する。
「ご、はッ」
突き立つ衝撃。血反吐をまき散らし、ニールは後方へ吹き飛んだ。
「ん、殺してしまったかな? すまんすまん。どうにも、まだまだ力加減が巧くない。あともう少しこなれたなら、長く遊んでやれたがなァ」
ニールはピクリとも動かない。
「さて、他に遊び相手もおらんのなら、この場はそろそろ仕舞とす――」
アンサールの後頭部にゴーレムの一撃が炸裂する。王にとっては当然ノーダメージ。何の意味もない攻撃。それを繰り出した男も、効果があるとは思っていないだろう。
「存外、タフだなァ。ニール・スミスゥ」
血濡れのニールは笑みを浮かべながら中指を立てる。
安い挑発、アンサールはあえて乗る。指先を向け、オドを集中、そして高速で打ち出す。
「ぐあ」
即座に土の壁を張るも突破され、ダメージを負うニール。
「しっかり守れよォ。直撃すると、死ぬぞォ」
何度も、何度も、執拗に繰り返される攻撃。防ぎ切れず、突破されながら、それでも受けて、受けて、受け続け、血みどろになりながらも、途切れず戦う。
「素晴らしい精神力だァ」
「巻き起こせ、ティフォン!」
ライブラの魔術がニールを弄ぶアンサールに直撃する。すべてを捩じ切る風の渦。されど王には届かない。当たり前のように無傷で、当たり前のように――
「賢しいなァ、人形」
オドの直撃。向けられたことにも気づけず、当たったことでようやく知覚に至った。少し本気を出されると、遊びにすらならない。
「ニール!」
「心得たッ!」
血を吐きながらも、瓦解しかけながらも、それでも折れぬ英雄と魔女。ニールの能力で構築されし土の鎧。ライブラを魔女ではなく、騎士のように、ヒーローのように変貌させる。そこにライブラは、炎の性質を加え鉄とする。
「火と土合わさり鉄と成せ! アイゼン・リッター!」
「ほほお、見た目は強そうだぞ」
「炎の痕に命無し、雷の先に音も無し、イグニス・グランツ!」
複合魔術の合わせ技。普通の魔術師では発現すら出来ぬ複合魔術を二つも展開する絶技。世の魔術師を震撼させ、あまりにも違い過ぎたがために魔術ではないとされた、究極の魔術師ロキが作りし、記録装置だからこそ、こんな芸当が適う。
「ティラナの国宝、ロン・ヴェールだ! 受け取れ魔女!」
鉄の騎士に扮したライブラの前に突き立ちし大槍。かつて大戦の折、神が人に与えし神造兵器が一つ、白麗の神槍ロン・ヴェール。ロディニアでも有数の大国家ティラナにおける切り札中の切り札であった。王国存亡をかけし時のみ、振るうことが許された国宝。
起動に際し、莫大な魔力を必要とするが、それは王侯貴族たちで負担しており、すでに起動済みである。あとは使い手が振るうのみ。
「大層だなァ。ではでは、お手並み拝見と行こうか」
「余裕だな、魔王」
この場における最速の騎士。人体であれば耐え切れぬ負荷も、機械の身体であれば耐え切れる。練りに練った最終決戦への作戦。
背後からの一突き、ぞりゅ、と肉を貫いた音がした。
「なる、ほどォ。これは効くなあ」
鉄の騎士は加速に耐え得る構造とするための外骨格。炎雷は人の身を超えた加速装置。そして切り札たるロン・ヴェールの突破力。全てが合わさり――
王の身に傷をつけた。
「まだまだァ!」
アンサールとライブラの高速戦闘。もはや余人には踏み込めぬ速度域で、二つの怪物が衝突する。人類の悪意が生んだ怪物と、人類の英知が結集した兵器。
軍配は――
「あまり好きではないが、戦士の戦闘データも私には組み込まれている。シン・イヴリースを下した勇者カイン・ストライダーの、その従者たる最強の剣士レイという人類最強の記録が、ね。共に王殺し。エクセリオン無くとも、王のひと柱程度ッ!」
英知の結晶。人類最強を模倣するには強度、基礎スペックが圧倒的に足りなかったが、ニールとの合わせ技、複合魔術によりそれを可能とした。
「やはり隠し玉があったか。そうでなくては、なァ」
それでも魔王アンサールは嗤う。
「何が、おかしい!」
ずん、その身に突き立つロン・ヴェール。その手ごたえに、ライブラは目を見開く。
「国宝まで出した。貴様らの底は、此処で良いな?」
「ぬ、抜け――」
「紳士的でなくなるため、あまり好きではないのだが、特別にお見せしよう。ようやく、全てを賭して追いついた、そこが、ただの中継地点でしかなかったことを」
アンサールの身体が変化する。皆の脳裏に、浮かぶ言葉。
「……魔獣化」
絞り出すは絶望の声。鉄より硬き毛並みをまとい、全てを貫く双角が威容を放ち、その姿は皆が想像する悪魔、まさに、悪魔そのものであった。悪意と絶望の塊。
悪意が嗤う。
「陛下の大本を下したとはいえ、それはエクセリオンと制限あってのモノ。この武器も悪くはないが、一枚も二枚も落ちるのであろう? 制限なしの、本気の王を仕留めるには、少し、足りぬなァ。残念だ、非常に残念だ。俺は、哀しいよ」
ロン・ヴェールが、魔獣化したアンサールの手によってぽっきり折られた。神々が生み出した兵装が、枝切れのごとく、破壊されてしまったのだ。
「そ、んな」
「まだ、あるかな?」
「……化け物め」
「お褒めいただき感謝する、魔女よ。これは礼だ」
無造作に動かされた尻尾。その一撃で鎧ごと破壊されるライブラ。頭部とて無傷ではないが、それ以外がほぼ完全に粉々と化してしまう。
「やはり自己修復機能か。便利だなァ。遅々としたものだが」
これだけ破壊されてしまった以上、ライブラの完全修復には数日は必要。その間この化け物をどうにかするなど、あまりにも人の手に余る行いである。
「……さて、俺はどうすべきだと思う、イチジョー君?」
戦場の只中で、部下に問うアンサール。その眼は、どこか冷たい。
「充分熟成もされましたし、終わらせてしまっても良いのでは?」
「うむ。俺もそう思う。だが、もう一人、杞憂であるかもしれん、取るに足らぬ相手の可能性の方が高い。それでも、不明な要素は、潰しておきたいのが人の性質、だ」
アンサールは人の身体に戻り、ほほ笑む。目の奥に、笑みはないが。
「一匹のオーク種、裏切り者の、君の同期か。あれだけ戦場でちょこちょこ邪魔をしていた男が、今、何故か、この地にいない。無論、隠れ潜んでいる可能性もある。だからどうした、と思わなくもない。それでも、最後に遭遇したイチジョー君が生きてこの地にいて、倒した方がこの地にいない、と言うのは、少しばかり、臭いとは思わんか? んん?」
イチジョーは王の圧を前にたじろぐ。体が悲鳴を上げていた。勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てるはずがない、と。
「俺には、わかりません」
「……ほんとにそうか?」
じぃっと底の底まで見通すような視線。イチジョーは目をそらしたい衝動に駆られるが、此処で下手を打てば死ぬという本能が、体を硬直させていた。
「まあ、良い。俺は君が好きだが、裏切られるのは嫌いだ。わかるな、友よ」
肩をがっしりと掴み、圧を、格の違いを存分に感じさせ、アンサールは後退の意思を示した。どうやっても勝てる戦争。長引かせる必要など皆無。
「また明日も来るぞ。今日が最後の夜になるかもしれん、存分に楽しめ!」
高笑いしながら去っていくアンサール。奴はそう言いながら目の届く範囲で見つめているのだ。絶望が発芽し、人々が堕ちていく様を。切り札を失った、国宝が砕かれたティラナがどうなるのか、一夜、じっくりと観察するつもりなのだ。
「……最悪だ」
ニール・スミスはそう言って、痛みにより気絶した。
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