第1章:女子会~毛玉を添えて~
「――と言う一部始終だったわけだ」
ゼンとイチジョーの会話、一部始終を見ていたニールとアリエル、サラ。ライブラは彼らを見渡す。受けた印象は様々であろう。だがきっと、悪い方には転がらない。
「魔王軍の人たちも、ゼンさんだけじゃなくて、普通の、本当に普通の人たちだったんですね。だからこそ、終わらせてあげなきゃいけない。私は、そう思いました」
サラの眼に映ったのは苦悩を抱えた人の姿。魔族に生まれ変わっても人であった頃の記憶がある限り、彼らは逃げられない。何処までも付きまとってくるのだ、人としての自分と魔族として罪を犯した自分が。何処までも――
「お祭り、という単語が気になったわ」
「お、アリエルはドライだね。そこは僕も気になったよ」
「同情して欲しいわけじゃないでしょ、二人とも。だから気にしない。考えるべきは話の中に散りばめられていたヒント。そこから彼らの目的を紐解くべきでしょ?」
「アリエル君の言う通りですね。私個人の意見も差し控えさせて頂きます。今宵、彼は敵の生死を確認しに森へ向かい、こちらの誤認を防いだ。敵との会話によっていくつかの引っ掛かりを私たちに与えた。その上で敵を逃がした、その事実だけで充分」
「……最後は厳しい見方だね」
「交戦を始めれば我らも気づく。死なずに時間を稼げば、厄介な敵を屠ることが出来たかもしれない。『もし』などいくらでも言えます。感情を交えればそれこそ無限大に。時間の無駄でしょう。ゆえにアリエル君の言う通り、私たちは考えるべきなのです」
ニールは眼鏡をくいと独特な構えで持ち上げる。
「希望を抱き救済を信じられるようになったら、祭りが始まる。これをティレクに当てはめるか、世界に当てはめるか、それだけで何もかもが変わってくる。その一言で我々の進撃を抑制し、転生ガチャなどと言うふざけた儀式で戦力を増強する時間を稼ぐ狙いがあるのかもしれない。敵も馬鹿ではないでしょうし、我々が高度な連絡手段を持っていることなどとうに把握しているでしょう。何しろ敵は私たちと同じ文明出身ですから」
「つまり、これだけじゃ何も言えないってことだね」
「その通りです。それでも、心構えは出来る。何かがあるかもしれない。そう思い戦いましょう。油断大敵、全霊をもって敵を駆逐する。結局、やるべきことは変わりません」
そう言いながらもニールはその日の内に、得た情報を各地の英雄たちに伝達する。ことはティレクだけでは収まらない。英雄の勘でしかないが、彼はそうすべきと考えたのだ。
そしてそれは間違いではなかった。
そのこと自体は何一つ間違えていなかったのだ。誤算は――
○
サラとアリエルは同室でゴロゴロしていた。ティレクではニールの差配により、多くの宿舎に風呂が設置されていたのだ。なお、二人とも風呂上り。
描写無しで、風呂上りなのである。
「ねえ、アリエルちゃん。毛玉ちゃん潰れてるよ」
「うそ!? ああ、アデル二世! 可哀そうに。抱きしめてあげなきゃ」
「……もっと潰れるだけだと思うんだけどなあ」
アリエル夜の御供たるぬいぐるみのアデル。彼女が元の世界で飼っていた犬の名前であり、毎日一緒に同じベッドで寝ていたモノの代替として毛玉ちゃん(命名サラ)ことアデル二世を用意していたのだ。それが無いと寝れない致命的な欠陥を彼女は持つ。
「ねえ、アリエルちゃん」
「なに、サラ?」
アデル二世を抱きしめながらアリエルはサラの方に目をやる。
「ゼンさんの事、どう思った?」
「さっきも言ったでしょ。気にしないって」
「でも、気になるから、気にしないようにしているんだよ、ね?」
アリエルはサラの発言にほんの少しだけ、顔を歪めた。
「……まあ、少しは可哀そうだって思ったわね。ほんの少し、微粒子レベルで。同じ立場だったら、私はどうしていたか、何が出来たか、そんなことを、ちょっとだけ、考えたわ」
アリエルにとって犯罪者は全て悪であった。どんな理由があれど悪徳に染まることを是とする考えは彼女にはない。今でもそうなのだが、あの二人の会話を聞いて、これまでの姿を見てきて、わずかだが考えが変質しつつあったのも事実。
何より自分に置き換えてみた時、本当に己は強く言えるほどに強く在れるか、と自問してしまう。答えは出ない。まだ知らないことが多過ぎるから。
「……それだけ?」
「それだけでも私にとって一大事よ。高貴なるミロワールの家に生まれた者が、咎人に同情するなんて末代までの恥。自らを律し、民を律し、高く生きるべきなのに」
「本当に?」
「……いつになくしつこいわね」
「だって、アリエルちゃんには勝てないし」
「……勝つ? は? 何の勝負で?」
「ゼンさん、やっぱり格好良いなって」
アリエルは唖然としてしまった。考えてすらいなかった選択肢。
「サラ、目を覚ましなさい。あの男は魔族よ。牙生えてるし」
「……格好良いじゃん」
「せ、生殖機能もないらしいわ」
「私も処女だしいいもん」
「良くないと思うけど……仕方ないわね。言いたくないけど、人も、殺してるのよ、彼」
アリエルの視線は冷たい。それこそ陳腐な想いであれば一瞬で冷めるほどに。
「でも、ゼンさんが望んだことじゃない」
「そうね。さっきも言った通り、同情の余地はあると思う。ただし、だからと言って恋人にはなり得ない。だって、恋人は貴公子であるべきでしょ?」
今度はサラが首を捻る番であった。どうにもアリエルと自分の恋人観に若干とは言えぬほどのズレがあった。貴公子と言ってもサラには杜の貴公子しか思い浮かばない。次点で鷹のプリンスだが、たぶんどちらも違う。
「ダンスホールで華麗に踊れる人じゃないと無理よ。考え直しなさいサラ。たぶんあれ、踊ったことないわよ。不器用そうだし。エスコートも出来ないわね」
「私もオクラホマミキサーと盆踊りしか踊ったことないよ」
「そうなの? 変わってるわね。とにかく駄目よ、折角可愛い顔をしているのに、もっと良い男を選ぶべきでしょ。オーケンフィールド様とか素晴らしいと思わない?」
「……たぶんあの人、あんまり女の子に興味なさそうな――」
「黙りなさいサラ。それ以上言うとアデルをぶつけるわよ」
「毛玉ちゃんを武器にしないでよ。とにかく、アリエルちゃんは興味ないってことで良いんだよね? 後出しはなしだからね」
「……サラ、私があれを好きに成るなんて天地が引っ繰り返ってもあり得ないから。まずもって好みじゃないし。変な眼、ついてるし」
「よかったぁ。あとは、あの子だけだ。強敵だけど頑張るぞー!」
「ほんと、人の好みってわからないわね。美女と野獣なんてただのファンタジーだと思ってたけど、意外と馬鹿に出来ないものね。勉強に成ったわ」
「え、私も好き! この前実写版も観ちゃったもん」
「……実写版? あら、美女と野獣にそれ以外があるの? まあ、小説、音楽、バレエと色々ある中でニュアンスを違えたのね。まさか、アメリカの低俗なエンターテイメント作品のことを言っているわけじゃ……ないでしょう?」
「……そろそろ寝よっか」
アリエルの瞳に燃える暗い炎。それを見てサラは撤退を決めた。熱い愛国心の塊である彼女にこの手の話は禁句である。アーサー王物語なども解釈違いでの危険度は高い。
アリエルに落ち着きを取り戻させ、二人は目を瞑る。
明日も戦場。きっとこれから多くの戦いに出る。だから、後悔はしたくない。
「……約束だからね」
「はいはい、わかったわよ。約束してあげるわ」
「やった!」
「その代わり、オーケンフィールド様は私のだからね」
「……そこは大丈夫です」
「食い下がりなさいよ!」
そんなとある日の夜。何でもない女子会の一幕であった。
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