第1章:クレイマスター

 その日、皆は英雄の本気に言葉を失った。

「す、凄過ぎる。これが、ニールさんの力」

「……『クレイマスター』、能力の規模が違い過ぎる」


 朝焼けと共に涌き出てきた魔族の群れ。数だけは多く、対応する騎士たちはげんなりと顔を歪めていた。強くない敵であるが、とにかく多いのだ。このティレクと言ういち都市に対する戦力としては過剰なほどに。

「今日は私がやります。皆さんは、待機して頂ければ結構」

 その前に立ったのは一人の英雄、ニール・スミス。銀縁の眼鏡を独特なモーションで上げ、敵の軍勢を鋭く睨みつける。決して弱気の視線ではない。彼らを知るがゆえに、彼らに対する憐憫と、その造物主に対する怒りがこの貌を造らせたのだ。

 この男、『クレイマスター』に。

「ゴーレム、顕現」

 ニールが地面に手をやると、すぐそばの土が盛り上がり、一体の土人形と化す。全長は人間よりも少し大きい二メートル五十センチといったところ。

 それが――

「……な、なんだこれ?」

 十体、二十体、三十、四十、百、二百、千、さらに生み出されていく。

「英雄にだって格がある。よーく見とけよ新人。これが、英雄の中の英雄ってやつさ」

 ニールの部下である英雄がサラとアリエルに声をかけた。その顔は誇らしげで、全幅の信頼をニールへと向けている。英雄でありながら自らの器を理解し、ニールの下について彼を補佐する道を選んだ数人の英雄たち。

「一体一体はそれほど強くないわ。でも、これだけいれば心強いでしょ?」

 その顔は一様に、やはり誇らしげである。

 総勢一万を超えるゴーレムの軍勢。地形が変貌するほどの土砂を使って生み出された命無き兵士たち。誰も殺さず、誰も傷つけることなく、敵を蹂躙する。

 圧倒的理不尽が其処にあった。

「進撃」

 それほど動きは速くない。戦い方に工夫があるわけでもない。ただ、視認した対象をプログラミング通り殴って壊す、それだけのシンプルさ。

 そのシンプルさがエグイ。

 数の利が引っ繰り返った。逆に数の利で押し潰されていく魔王軍。人間大を超える土の質量を運動エネルギーと交えてぶつける。大地の重さがそのままゴーレムたちの攻撃力と成り、大地の重さが彼らの防御力と成る。

 何よりも構造的に行動不能と成るまで痛みも何も感じない彼らは止まらない。生物ではありえない、意志を持つ兵では、動物ではありえない強さ。

「この戦場はこれで充分でしょう。残りのリソースで、終わらせてきます」

「そこまでニールさんがやっちゃうんですか?」

「皆の出番を奪って済まないと思っています。ただ、久しぶりに身体を動かしたくなったので、どうかお許しください」

 ニールが指をはじくと、土の飛竜が生み出される。

 それに乗ってニールはこの戦場を離脱した。目指す先は――敵の本拠地、人間牧場があると昨日イチジョーが言っていた方角である。

「珍しいわね、ニールが全部一人でやるなんて」

「たまには暴れたくなったんだろ? あの人だって人間なんだし、そんな日もあるさ」

「なら良いんだけど」

 人間牧場の話を知っているのは報告を受けたニールと、情報源と交戦していたゼン、ライブラのみ。ゆえにニールは単独での制圧を選択したのだ。この世界の騎士たちに、部下の英雄たちに、若き英雄の卵に、無駄な重荷を背負わせぬために。

「……なるほどね。好き嫌いははっきりしているけど、嫌いなことだからこそ人に押し付けず自分で背負うタイプか。うん、やはり君たちは良いね。とても良い」

 ライブラは微笑みながら、遠方で吹き荒れる砂塵を眺めていた。遠くゆえ中々見辛いが、ニールの能力で敵拠点を攻撃しているのだろう。大地があれば何でも出来る、そう豪語していた男は、まさに言葉通りの万能さで相手を圧倒していた。

「広い能力だな。あんなに遠くてもゴーレムが解けない」

『チートだろチート』

 ゼンはニールの能力、その広さに感嘆する。たった一人でこれだけ広域の戦場を網羅できる、その力は集団戦においてあまりにも強く、便利が過ぎた。

「王クラスでも、同じことが出来る奴は、俺の知る限りいないはずだ」

『そう言うこったな。キッドと同じ、連中が一番警戒する奴だ』

 アストライアー序列第五位、『キッド』が王クラスと交戦し、勝利したのも元を正せば彼の能力が警戒され、それゆえに王クラスが差し向けられたのだ。ニールの能力も同じケースに成り得る可能性がある。ある意味でオーケンフィールドよりもこの能力は軍にとって脅威と成り得るのだから。

「……嫌な予感がするな」

『相棒も、か。俺も、ビンビン物語だぜ』

 強さ故に危険。ゼンとギゾーは悪寒を覚え始めていた。


 その日、人間牧場も含めて全ての敵、拠点をニールが一人で片づけた。

 沸き上がるティレク。歓声が都市全体に木霊する。

 偉大なる英雄の凱旋。もたらした勝利に彼らは感動の涙を流した。


「うむうむ。良い熟成具合だ。さすがイチジョー君、役者だねえ」

 男はこの世界での通常の人間であっても目視敵わぬ距離から、ティレクの様子を窺っていた。親指と人差し指で丸を作り、其処から覗くという冗談めかした格好。しかし、彼には見えている。余すところなく人の感激が、感動が、希望が見えていた。

「俺の部下として百点を贈呈しよう。君たちの国では、ハナマル、と言うんだったか?」

「小学校低学年までですがね、そう言う遊び心があるのは」

「ふふ、平和で良い国だ。俺がもう少し力を持って居たらなあ、もう少し時間があればなあ、いい絵が拝めただろうに。残念だ、大変残念だよ、イチジョー君」

 男は心底哀しそうに眼をこする。涙は微塵も出ていない。

「人間牧場は失敗作でした。この世界の兵士たちにさえ歯が立たぬ兵など無用の長物。なら、潰させて目くらましにしてしまえば良い。本当の拠点を隠すための。浅知恵ですが」

「うむうむ。小さなヒントを与え、奴らに腹を決めさせたのも良い手だ。これで奴らは次の一手を待つ。祭りを警戒するからこそ、軽々には動けない」

「山一つ越えた先で、こんな場所があるとは思いもしないでしょう」

「イチジョー君の奮闘により、土いじり君の能力範囲も把握した。ティレクにおる限り、この場所は見つけられん。これで、祭りが盛大に開始できると言うもの」

「すでに、各隊『ここ』から出て、配置に向かいました。数日あれば開演できるかと」

「素晴らしい。君の同期も何人かいるのだろう? 優秀な世代だなぁ、実に。裏切り者まで輩出しているのも面白い。君も含めて、俺は君たちが大好きだよ。俺は人間が好きなのだ。この上なく、誰よりも、な」

 男は満面の笑みを浮かべていた。心の底から彼は人間を愛している。それは事実なのだ。ただ愛し方が少し、人と違っただけ。ただそれだけで、人は悪魔に変わる。

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