第1章:深夜の密会

「……人間牧場、か。発想が突き抜けていますね」

「異世界人だけじゃなく敵である現地人まで利用して戦力を増強しようなんて、あまりにも情理に反している。不愉快此処に極まれり、だ」

「我らの世界の人間が為した罪ならば、我らが雪がねばならない。この情報は誰にも伝えるべきではないでしょう。明日は私が出ます。全てを、終わらせるために」

 部下の成長を促すため、あえて積極的な関与を避けてきた男が、とうとうこのティレクの地で動き出す。アストライアー序列十位、その実力や如何に。

「ところで、貴女に覗き見の趣味はありますか?」

「いきなりだね。君は紳士的な男だと思っていたけど?」

「ええ。紳士たれ、と常日頃から言い聞かせておりますが、今宵は月が良く見える。月光の下で良からぬ企みを抱く者がいるかもしれない。ふと、そんな気がしまして」

「……もったいぶるね」

「では単刀直入に。先ほど、ゼンがティレクから出て森に入りました」

「どういうことだい?」

「それをこれから一緒に見よう、と言う話です。お仲間もご一緒に、ね」

 ニールが指を鳴らすと、暗闇であった部屋一面に光が生まれる。それらは全て、ティレク一帯のリアルタイム映像であった。

「君の能力がこんなに便利とは知らなかったよ、『クレイマスター』。土いじりの領分を超えているね。僕だってこれほどの魔術は展開できない」

「ただの応用ですよ。『コードレス』のキャパシティを多少振り分けてもらっています。普段は個人の通信キャパを用いて自身だけに知覚を絞っていますが、きな臭い状況下ですから、念には念を、と。私のゴーレムと彼の通信能力、その合わせ技、ですかね」

「……これだから英雄ってやつは」

 ある男のために知識を収集する目的で作られた人造人形。知識の集積たる己ですら考えもつかないことを、彼らは容易く思いつくし、行う。たまにライブラは感じるのだ。彼らの世界の話を聞く限り、魔術すらない文明。行使できない人。

 強いのは自分たちのはずなのに、何故か、無いはずの彼らの方が圧倒的に強く感じる。本当の強さとは何か、彼女の機構以外の部分で、答えの無い演算を続けていた。


     ○


 氷漬けに成った男の前に立つゼン。

『なあ相棒。どうするつもりだ? まさか助けるつもりで此処に来たんじゃねえんだろ?』

「ああ、ただ、気になってな。この男は少し、俺と似ている。俺のように何でもマイナス方向に考えるなら、洗いざらい話すなんて愚は冒さないし、含みを持たせるはず」

『なるほどね。話過ぎ、か。そして、死ぬかもしれないってのに――』

「余裕を見せ過ぎた、な」

 ゼンは氷を見た瞬間、砕けた一部を見て男の生存を察知した。その上で男なら、必ず背後を取る。その確信を持って武器を作成、背後へ向ける。

 ドゥエグの剣と男の一つ足が互いの喉元に添えられた。

「随分察しが良いな」

「普段は悪いと言われる」

「はは、同期だからかね。まあ良いだろ。ちょっと話さねえか?」

「殺し合うしかないと思うが?」

「そう言うなよ。どうせいずれは殺し合う。でも、今じゃなくていい。どうせ祭りの前、ただの余興さ。力抜いていこうぜ。どうせ、全部が引っ繰り返るんだから」

 そう言って男は足を引っ込めた。ゼンは驚きの眼で男を見る。

「ちなみに何で俺が生きていると思った?」

「……昔読んだ昆虫図鑑に、蜘蛛の種類によってはいくらでも脱皮出来ると書いてあった。自分の中で足が使えるなら、氷も破壊出来るかもしれない、と思った」

「子ども向けの奴か。俺も似たようなの読んでたぜ。昔のだからよ、蜘蛛がしれっと混ぜられてるんだよな。昆虫じゃねえのに。さすがに節足動物って注釈はついてたけど」

 男はケラケラと笑う。そしてゼンの方に振り向いた。

「イチジョーだ。お前は?」

「ゼン」

「まさか正義の味方だからそんな名前を?」

「本名だ」

「……超かっけえ。センスあるぜお前の両親」

「皮肉だろ。結果として、人殺しにそんな名をつけたんだ」

「……そりゃ確かに」

 イチジョーは首をくいっと動かし、倒木の上に腰掛けようとアイコンタクトをするが、ゼンの反応は芳しくない。単純に察しが悪かった。

『相棒、座ろうぜってことだと思うぜ』

「……なるほど」

 そう言って警戒しながらもゼンとイチジョー、二人は倒木の上に腰掛けた。

「タバコ吸って良いか?」

「別にいい。煙草の匂いでどうこうなるほどこの鼻は複雑に出来ていない」

「はは、確かに。バトルオークだもんな。そりゃあ要らねえ機能は削られてるし、長生きさせる意味もねえから健康に気を遣う必要もねえ、か。ほんと、ひでー話だ」

「そう思うなら何故魔王軍にいる?」

「ぷは、死にかけた後の煙草クソうめえ。あん? そりゃあこっちのセリフだっての。お前こそ何でそっちにいる? 俺もお前も、生まれ変わった瞬間知ったはずだ。あいつらは本当の化け物だってな。シン・イヴリース、見ただろ?」

「……ああ」

「狂ってる。どんな言葉ならべても陳腐に成っちまうほど、イカれてる。純粋な悪だ。自分が気持ち良くなるために平気で人を好きに出来る。躊躇なんてない。振り切れてるからな。他の王クラスも似たようなもん。どいつもこいつも、マイナスに振り切れてる」

 イチジョーは静かに煙を吐く。

「ただし、この世界ではそんな奴らに力が与えられている。神様ってのも酷な世界を創ったもんだけど、それがこの世界のルールだ。なら、俺たち凡人はルールに従うしかないだろ。生きるために、俺はこっちにいる。勝つって分かってる馬に賭けない奴は馬鹿だ」

「そっちが勝つと決まったわけじゃない」

「勝つさ。俺たちなら嫌でもわかるはずだ」

「オーケンフィールドがいる。他の英雄たちも――」

「従来のルールでなら、こんだけバカスカ英雄呼んだ時点で人間側の勝ち確さ。でも、俺たちはルールの外にいる。王クラスもそう。なら、やはり絶対勝てない。この世界はそう創られちゃいないのさ。残念なことに、な」

 ゼンは言い返そうとした。だが、イチジョーの顔を見て、言葉を飲み込む。

「俺ァこの前、母子を殺した。こんな小さな娘の腕を、足を、引き千切って、頭でさ、小さな頭でさ、この八足でリフティングしたんだ。母親の前で。命令だった。すげえ泣きわめいていたよ。この世のものとは思えないほどの形相を浮かべて。思いつく限りの罵詈雑言。途中で、殺した」

 イチジョーの顔に浮かぶは絶望の色。逃れられぬ罪を背負った者の貌。

「お前もヤっただろ? 腐るほど。なのに何故、お前は平気な顔で正義面出来るんだ? 俺と同じようなこと、ヤってるはずだ。駄目だろ、お前みたいなのが、俺みたいなのがそっちに行っちゃあよォ」

「だから、続けるのか?」

 びくりとイチジョーの身体が小さく跳ねる。

「俺には、そっちの方が地獄に思えるがな」

 ゼンは立ち上がる。イチジョーに剣を向けた。もはや問答は此処までと言う意思表示。

「一度殺しちまったら抜けられねえ。行き着くとこまで行くしかねえんだよ。逃げ場なんてどこにもない。俺たちが掴んだ蜘蛛の糸は、地獄への片道切符だった。だったら、行くだろ。もう、どうしようもねえんだ。あいつのち●こしゃぶってでも、俺は生きる」

 イチジョーもまた身体を変質させ、今日の昼間見せた姿よりもさらに蜘蛛に、獣に近くなる。互いに罪を背負うモノ、弾き出した答えは、進むべき道は、違えたが。

「負けるぜ、今の人類にシンの軍勢を止める術はない。すぐにわかる。どっちが正しかったかなんて、考えるまでもねえ。勝ち馬は、こっちだ!」

「それでも俺は、そっちに戻る気はない。負けても、死んでも、俺は、もうこれ以上は無理だ。弱いから、今までの罪で、腰が砕けそうなんだ。イチジョー、お前はどうだ? お前はまだ、耐えられるのか? 奪うことの、重さに」

「……生きるためだ」

「そうか」

 相容れぬ。分かり切っていたことであった。それでも、心のどこかで同じ想いを抱いた者同士、語りたいと思ったから此処に足を向けたのかもしれない。

 進む道は違えど、後悔しているのは同じだから。

 あの時の選択を、現状から逃げ出したあの瞬間を、きっと、二人は同じくらい悔いている。だから、言の葉を交えた。相容れぬとどこかで理解しながらも――

「俺も大事な娘の両親を殺した。彼女には俺を裁く権利がある。俺が殺してきた者は大勢いる。その縁者であれば、仇討ちは当然の権利だ。俺はそれを受け入れる。その日まで、俺は生きねばならない。断罪される日まで、少しでも生きて多くを救う」

「手慰み、か。つくづくクズだな。偽善者め」

「その通り。逃げ続けるための方便だ。隠す気はない。殺されたい、終わらせたいと願いながら、自分で死ぬ勇気すらない。弱いから、こう生きると決めた」

「はっ、ま、精々頑張れよ。格好つけがどこまでやれるか、見ていてやる」

「……やり合わないのか?」

「お祭り前だって言ってんだろ。やらねえよ。まあ、しばらくは勝たせてやる。希望を抱き、救済を信じられるようになったら、お祭り開始、だ」

 イチジョーはそのまま背を向けた。背中とは言えあの男に奇襲は効果が薄いことは実証済み。あれは隙ではない。例え隙であったとしても、突く気にはなれなかっただろうが。

「地獄が来るぜ。覚悟しとけよ」

「……ああ」

 ゼンもまたイチジョーに背を向けて歩き出す。

 袂は分かたれた。否、最初から分かれていたのだ。一緒だったのは始まりだけ。

 始まりが同じだった。それだけの関係である。

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