第1章:ロディナ

 ロディニア王国連盟、盟主ロディナ王国。遥か昔から人類の生存圏における最大規模の国家として君臨し、かつての地上から魔族を駆逐する掃討戦にも大きな役割を果たした。だが、魔界への征伐だけは最後まで反対の姿勢を貫き、当時は臆病者と謗られたが、今は思慮深き盟主国として祭り上げられている。

「お久しぶりですね、ライブラ」

「ご無沙汰しております。女王陛下」

「まあ、他人行儀ね。いつものようにフラミネスと呼んでくださいな」

 ロディナを統治する女王、フラミネス・オーク・ドルイダスとライブラが挨拶をかわす。この二人は旧知の仲であり、エルの民と人族の混血であるフラミネスとほぼ同時期に製造されたいわゆる同世代の間柄。御年三百歳、エルの民と人族の混血自体あまり例がなく、寿命の程は定かではないが、エルの民からするとようやく成人、と言ったところか。

「ゼンもお元気そうで」

「どうも」

 道中、食っちゃ寝してすっかり元通りと成ったゼンも頭を下げた。ズタボロであった姿からあまりにも速い回復であったため、アリエルとサラは驚いていたが、ゼンの「オークは生きてればどうにでもなる」というありがたいお言葉に呆れたのはつい先日の事。

「お二人は新しい英雄の方たちね。ロディニアへようこそ。皆さまには我らの世界の業を背負わせる形と成ってしまい申し訳ございません。されど、我らにはこうするより他に手段がないのです。どうか、ご容赦を」

 人類のトップに深々と頭を下げられ恐縮し切ってしまう二人。

「召喚士は?」

「育成はしておりますが、英雄召喚を成せる人材となると、なかなか」

「……だろうね。英雄と召喚士の等価交換。重いなあ、本当に」

「死ねと命じるようなものですから。それでも、あの子たちに躊躇いはありません。私もいずれはそうやって死す定め。全ては、ロディニアの明日のために」

 この場にいる全員が知っている事実。英雄召喚は召喚士の命と引き換えに行われる。英雄の数だけ召喚士の死が必要なのだ。その枠にいないのは世界が召喚したオーケンフィールドとゼンたちのようなシン・イヴリースサイドの者たちのみ。

「ゼンが魔族上位を倒した。もしかすると、本当に王クラスまで届くかもしれない。待っていてくれ、フラミネス。英雄たちも経験を積んでいる。ここからが反撃の時。必ず勝つとも、そのための犠牲だ。そう思わないと――」

「それは私たちの世界の理屈。押し付けてはいけませんよ、ライブラ。お二人もよく覚えておいてください。全ては私たちの強欲から始まったこと。貴女方がそれを重荷とする必要はない。怖く成ったら逃げて良いのです」

「その逃げる場所すらなくなると言っているんだ。何を今更甘いことを」

「その場所くらいは作って見せます。伊達に長生きはしておりませんよ」

 玉座を形成する樹木がうねる。彼女の意によってそれは大きく、高く――

「いずれロキも奪還し、かの者の秘術によってこの地を灰燼と化してでも勝利を掴みます」

「……あれに頼るのは業腹だね」

「とても。言葉では言い表せぬほどに」

 三人の知らぬ名が出てくる。周囲の様子を見ると、名前を言の葉に乗せるだけで嫌悪感をあらわにする者が大勢。好かれている人物ではなさそうである。

「ゼン、貴方にも期待しておりますよ」

「善処します。この地には一匹たりとも近づけさせません」

 ゼンにしては強い言葉。サラとアリエルはちらりと彼を見る。

「善い眼です。破壊と再生、私も貴方の物語を楽しみにしている一人ですよ」

「……は、はあ」

「貴方方アストライアーの道行きに光を。ではまた会いましょう、皆さま。大樹の導きがあらんことを」

 謁見はこれにて終了。フラミネスの姿は玉座であった樹木に飲み込まれ、見えなくなる。

「だ、大丈夫なんですか?」

「逆さ。彼女が見えている方が大丈夫じゃない。大樹の都市ロディナ・ルゴスは彼女の魔術によって支えられているからね」

「えっ?」

「都市を形成するオークの大樹は、彼女が生み出したものなんだよ」

「ええ!?」

 ライブラの発言に驚く二人。ゼンはフラミネスに言われたことを反芻して、よくわからないから思考を停止した。ギゾーが頭の中で『ほんとに空っぽだな』と言うが、やはりその通りだな、としか思わないので実質ノーダメージである。


     ○


「これ全部が魔術だなんて」

「規模が違いますよね。フラミネス様ならシン・イヴリースにも勝てるんじゃ?」

 一つの大都市がすっぽりと大樹に抱かれる光景を見て、アリエルとサラはため息をつく。来るときはさすが異世界、木も大きいくらいにしか思っていなかったが、これが魔術であり独力で展開されていると聞いてしまうと、途端に圧倒されてしまう。

「それが出来るなら英雄召喚なんて禁忌、してないだろ」

 ゼンのぶっきらぼうな回答に眉をひそめるはアリエルであった。

「これだけの魔術が出来るなら、全ての出力を戦闘に回せば勝てるかもしれないと思ってもおかしくないでしょ? 試したことも無い癖に――」

『アリエル嬢、二つ、お前さんは考え違いをしているのさ。一つは、この魔術を終わらせるってことは、嬢ちゃんが考えているよりも安くねえってこと。ここの緯度知ってるか? ロディナは最北の国家、だ。人類の最終防衛ラインってな。フラミネス嬢の魔術が途切れたなら、ここら一帯は極寒の大地と化す。人類が住まうには、厳し過ぎる環境に成る』

 アリエルは目を丸くする。確かに、北へ向かっているにもかかわらず、むしろ温暖な気候と成っていくことに違和感はあった。それでも異世界だからと自らを納得させ深く考えなかった。まさか、人為的にそうしているなど考えの規模が及ばなかったためである。

『加えてもう一つ、フラミネス嬢は確かに大魔術師だ。でも、何人かいるんだよ、このクラスは。そいつらが手も足も出ずにシン・イヴリースに負けた。魔王を自称するロキは魔界で敗れ幽閉されている。半神の探求者トリスメギストスもまた地上で敗れ去った』

「まあ、あの男は死なないし、トリスに関しても二度死んだくらいで死ぬタマじゃない。それでも彼ら二人は明確にフラミネスより上位の魔術師だった。しかもトリスに至っては二度目はイヴリース傘下の魔王ニケに殺されている」

 殺されているのに死んでいない。そもそも死なない。と言う常人には理解できない話であったが、理解できる範囲に限って言えば、やはり王クラス、特にシン・イヴリースは規格外であると言うこと。本当に自分たちの力で勝てるのか、疑問に思ってしまうほどに。

『王クラスのガチさは、まあ会ってみないと分からねえ。そこで生き延びられるかは普段の行い次第だけどな。俺みたいな道具でも、極力は近づきたくねえんだ。あの連中はよ』

 普段おちゃらけているギゾーですらこの弱気。

「考え過ぎても仕方ない。悩んで強く成るわけでもないしな」

『お、相棒にしては良いこと言うねえ』

「確かにその通りだ。とりあえず休もう。アストライアーの本部で報告会があるのは明日、今日はどこかの宿に泊まるとしよう。久方ぶりのふかふかベッド、君たち人間ならぐっすり眠れること間違いなし、さ」

「なら俺は別行動だな」

「え、どうしてですか?」

 サラがきょとんとした目でゼンを見る。今までずっと近くで寝泊まりしてきた。今更場所を変える意味は無い。同じベッドで寝るならまだしも――

「帰るからな」

「どこに?」

「家」

「「家!?」」

 驚愕する二人。まさか甲斐性なしのオーラ全開の男が、持ち家を手にしているとは誰も思わなかったのだ。その光景を見て、ライブラは苦笑いを浮かべる。

 何かを思い出すように――


     ○


 結局、ゼンについてきたアストライアー御一行。きっと橋の下のボロ屋かどこぞの穴倉に違いないとはアリエルの弁。それらの様子をくすくすと受け流し、早く着かないかなあとそわそわするライブラ。基本的にこの魔女、性根が腐っている。

「ここだ」

「お、大きい」

「ありえないわ。こんな男が、大きな家と広い庭を持っているなんて」

「し、しかもでっぷり太ったワンちゃんがいますよ。あ、のっしのっしこっちに来てる」

 軽快さの欠片も無いでっぷりとした大きな犬。のっしのっしとゼンの足元にやってきてゆらゆら尻尾を振る。やる気なさげに。良く見ると眠そうな目をしていた。

「土産だ」

「ばふ」

 太り過ぎて普通に吠えることもままならないのか、犬の鳴き声とは思えぬ音。ゼンは気にする様子も無い。懐から何かを取り出し、犬の前に差し出した。

「エレバニアの名物らしい。うまいぞ」

 独特な柔らかさを持つ飴玉を差し出すゼン。

「だ、駄目ですよゼンさん。ワンちゃんに飴なんて、ああ!? 食べちゃった」

「ばふん」

 パクリと食べ、器用に舐める犬。大層気に入ったのかご満悦な様子。

「もっと食べるか?」

「ばふ」

「そうか、わかった」

 ゼンは懐に差し込もうとした手を止めた。何故か会話が成立している。元の世界にも意思疎通しているような飼い主と犬はいたが、あくまで仕草からそうであろうと当てにいっているだけ。これもそうだと考えるべきなのか否か――

「お、オークって犬とも会話できるの?」

 そわそわと落ち着かない様子のアリエル。犬を見てからずっとそわそわしている。そわそわと言うか、ウズウズと言うか、とにかく落ち着きがない。

「……犬とは出来ない」

 何でそんな質問をしているのだと首を傾げるゼン。

「じゃ、じゃあ何で犬と話している風なのよ! ってか触ってもいい?」

「ばーふ」

「駄目だと言っている。ここの子たちじゃないから」

「この外道! ってかやっぱり話してるじゃん。何で話せてるの? 私も話せるようになる? ねえねえねえったら!」

『ど、どうしちまったんだ? いつも躁鬱かってくらい上げ下げが激しいが、今はちょっとやべえぜ。顔まっかっかで鼻息くそ荒ェ』

「教えなさいよ!」

「……フェンは犬じゃない。狼だ」

「全然あり! もっとかっこいいじゃない!」

『言葉が足りてねえよ相棒。良いか嬢ちゃん。この御婦人は魔狼だ。つまり魔族なんだよ』

「え?」

 硬直するアリエル。サラもびくりと距離を取る。フェンと呼ばれた犬もとい狼もとい魔狼は一心不乱に、されど急がず大事に飴を舐めていた。

「……魔狼。私たちの敵。……でも、ごめん。私もう、無理ッ!」

 アリエルは辛抱堪らんとばかりにフェンに抱き着き、もふもふの毛並みに顔をこすりつける。途端に嫌そうな顔でゼンを見つめるフェン。

「ばふ」

「いや、殺さないでくれ。これでも大事な戦力なんだ」

「ばふばふ」

「わかった。散歩に連れていくから。だから、許してくれ」

 ここに来て初めて見るアリエル、至福の表情。

「わ、私も良いですか? 実は私も実家で柴犬を飼っていまして」

「ばふ」

「ろ、ロングコース? もう日も落ち、わかったよ」

 好きにしろとゼンが視線を向けた頃には、アリエルと同じ状態のサラがいた。

『俺の時と随分反応が違うんだが?』

「お前には毛が生えてないからな」

『ファ●ク! 世界水準はパイ●ンだぞおい!』

 俺たちの世界ではな、とゼンはため息をつく。ギゾーだけでも厄介であったのに、今では二人も賑やかなのがいるのだ。これでライブラの悪だくみでも重なれば身が持たないと頭を抱えるゼン。タフなオークでもこういう局面には弱かった。

「あー! フェンが襲われてる!」

「本当に!? 助けなきゃ!」

「大人だぞ。しかも二人ともやたらでかい」

 びくりと夢見心地から覚める二人の乙女。でかい重いは禁句である。

「ゼンもいる!」

「姉ちゃーん。ゼン帰って来たよー!」

 ぞろぞろ、ぞろぞろ、一人二人と現れた時点では微笑ましかった光景も、十人、二十人と成ってくると途端にプレッシャーと成ってくる。

「ゼンさん!」

 まだ十代後半の少女と十代前半の少女が現れた。

「ゼン!」

 パタパタと突っ込んでくる少女をゼンは優しく抱き止めた。

「お帰りなさい、ゼン」

「ただいま、アストレア」

 そして押し寄せるは雪崩の如し子供たち。一人、二人とゼンに突貫。掴める部分は全て子供たちの手が掴み、さながら樹液にまとわりつく虫が如く子供たちはゼンにしがみついた。掴めなかった子供は悔しそうに順番待ちをする。

「……こ、これはいったい?」

「子供を引き寄せる、さては魅了の魔術ね! そうに違いないわ!」

「あはは、違いますよ。ゼン様はあの子たちにとって、誰よりも、本物のヒーローなんです。もちろん、私にとっても」

 ちょっぴり頬を染めながら、子供たちの中で最も年長の少女が微笑む。

「私たちはゼン様に命を救われましたから」

 憧憬の入り混じった眼。其処に揺れる感情に気づかぬほど、サラは鈍感ではなかった。アリエルは「様ぁ?」といぶかしげな眼で首を捻り、納得できないのか魔術の痕跡を探そうと目を凝らし始めていた。

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