第1章:移動中(せつめいかい)
『お馬さんガタゴト楽しいなー。相棒ミイラでぐーるぐる』
「……もが」
『黙れ、と相棒は言っております』
全身に裂傷を負い、包帯でぐるぐる巻きになったゼン。治療も途上で一行が向かう先は、ロディニア王国連盟盟主、ロディナ王国である。先の戦いで『ゲート』を破壊し、エレバニア王国一帯は一応の安定を取り戻した。その報告と、次の指令を受けるためにアストライアーの本拠地でもあるロディナへ足を向けていた。
「あのー、ライブラさんの『影穴』でしたっけ、あれを使えば簡単に行き来できるんじゃ」
「……あれで結構高度な魔術なんだよ。人族で使えるのは私の製作者であった男だけ、その因子を組み込まれた僕も使えるが……消費魔力のことを考えても、あまりゼン以外で使いたくないのさ。特に君たちは、重いからね」
重いと聞いてびくりとするサラとアリエル。特にサラは「重いかもしれませんが野球をやる上で筋量は重要でして丈夫な下半身あっての良質なストレートと言いますか――」などと包帯ぐるぐる男に向かい謎の言い訳をしていた。
余談だがサラとアリエル。女性陣にしては異様に身長が高い。二人とも百七十後半と言うのだからたまげたものである。オークに生まれ変わってなかったら、おそらくゼンは二人を見上げていただろう。高一時点だが二人より十センチちょっと低かったのだ。
『あー、重いってのは存在の話よ。乙女のひみちゅ、は関係ねえからな』
「……よくこんな煩いのと四六時中一緒にいられるわね」
「あはは。ゼンもいたくて一緒にいるわけじゃないけどね」
『おいおい、相棒と俺は一心同体、女子供が茶々を入れるんじゃねえ。俺ァ、相棒のことなら何でも分かるんだ。おねしょをいつまでしてたとか、定期テストで何点取ったとか、初恋は実ることなく別の高校へ、あ、目閉じるのやだ――』
露骨に苛立つ包帯男。初恋と言うワードにそわそわし、ちらちらと視線を向けるサラ。その様子をにやにやと眺めるライブラ。聞きたいことが山ほどあるのに話の腰を折られ続けているアリエルは終始ぶすっとしていた。
「もがもが」
「ああ、存在の話だったね。どんな生き物にも物質的な重さと精神的な重さっていう二種類の重さがある。厳密には内蔵魔力(オド)も絡んでくるんだけど、まあそこはとりあえず精神面に入れておこう。二つの重さの総体が、僕ら魔術師の言う『重さ』、だ」
「だから、私たち英雄は重い。そこのミイラ男は軽い、と」
「そういうこと。特にゼンは軽い。軽く作られているんだ。原生種のオークと比較しても軽い。生殖機能の排除など、様々な機能を削ぎ落として、重さを落としている。だから小さな『ゲート』でも行き来できるし、僕も小さな『影穴』で済むから省エネってわけ」
「……そう考えると『ゲート』と『影穴』って似ているんですね」
「似ているっていうかほぼ同じ魔術だからね。むしろ、僕ら人間サイドが行使出来ているのが間違っているんだ。五大系統プラス光と闇の因子があって、闇を司る魔術は本来魔族にしか行使できないはずだから。つまり『ゲート』も『影穴』も同じ闇の魔術ってこと」
「もがもが」
「なるほど、って君ねえ。前も説明したはずだけど」
「もが?」
「包帯ぐるぐる巻きの方が可愛げがあるって重傷だよ、君」
ゼンは記憶を探るも思い出せず、皮肉を言われたことも気づかぬまま思考を放棄した。ギゾーが頭の中で『やーい頭からっぽオーク』と揶揄してくるが、その通りだな、としか思わないのでダメージは皆無。ギゾーは泣きながら『卑屈野郎』と押し黙ってしまう。
「じゃあ他の質問いい?」
「構わないよ」
「この世界のパワーバランス、ありえないでしょ。あの差は」
「やっぱり君は賢いなあ。そう、ありえないんだよ。本来ならば、この人界で魔族は制限を受ける。そういうルールだからね。強ければ強いほど、その制限は、束縛は大きくなるんだ。ゆえに、人界であれば人と魔は拮抗していた。ロディニアは、そういう世界だった」
「……だった、ですか」
「そう。だった、だ。世界のバランスは乱れた。あの男が現れて」
「シン・イヴリース」
「正しくはその欠片を得た、魔族側のカウンターだね。本来であれば行き過ぎた人間を止めるためのバランサーは、世界にとって劇薬だった。いや、あれは治そうなんて気は一切ないだろう。正真正銘の毒、世界は人選を違えた」
ライブラは苦虫を噛み潰したような顔と成る。人類の悪意を、野心を扇動した男。大きな過失があった。元々はこの世界の人間の選択、そうするように仕向けた魔王よりも魔王らしかった男の罪。
今は、彼らの罪悪感に付け込むしかないのだが――
「魔族は制限を受ける。これは絶対のルールだ。六大魔王ですら例外ではない。全ての大元であるシン・イヴリースも地上で人と亜人連合に敗れた。良いかい、敗北を知ったシン・イヴリースの欠片か、素体と成った男か、どちらが考えたか分からない。だけどそいつは手に入れたんだ。にっくき世界の法を破る手段を。自らの身体が証明したルールブレイカー、ヒト交じりの魔族という駒、それを量産する方法も、彼が編み出した」
アリエルはようやく理解した。今のシン・イヴリースは世界のルール、その隙間を縫って軍勢を築き上げた。今まで混じり合うことなどなかった異種族をかけ合わせ、ルールの適用外とするために。そのためだけに彼は自らの世界から人を集めた。
『誰が名付けたか転生ガチャ。素材は安価な人間、さっき魔女が言ってたろ? 人には重さがあるってな。軽い人間を集めるんだ。一番軽いのは、毒にも薬にもならないやつ。まあ、相棒みたいなのだ。で、多少重いがマイナスに振り切れてるやつ、イカれてるほど、高位の魔族に成りやすい。そんな連中を集める。そいつらを、転生ガチャって名前の悪趣味な釜に放り込む。ぐつぐつ煮て、はい出来上がりってな。相棒の記憶を見せてやりてえよ、本当に、俺も大概悪趣味だが、あそこまで下劣な趣味は、まあねえわな』
「転生、ガチャ、そんな、ソシャゲみたいな、軽いノリで」
『悪趣味な方がウケが良いんだよ。連中の中では、な』
サラは絶句する。想像するだけでおぞましい光景。
「本当に、度し難い」
アリエルも怒りに震える。そのシステムを生み出した人間が、おそらくは自分たちと同じ世界から来たと知り、なおその怒りは増す。
「それがこのイカれたバランスの理由。で、他に何を聞きたい?」
「では、私からも! どうやってゼンさんはこんなにも強く成ったんですか?」
『ほう、それならば俺が説明しよう。まずはドウェグの連中から剣鍛冶を習い、次はエルの民から良い木の見分け方、弓の作り方を――』
「ゼン、黙らせて。それは枝葉だから」
『ちょ、このクソ魔女。死ね、ボロ人形! やーいお前の父ちゃん魔お――』
「ありがとう。ゼンの強化は、僕とオーケンフィールドで考えた。面白い難題だったよ。まずは目標を聞いたんだ。不思議にも僕たちは馬が合ってね。同じ意見だった。あれはそうだね、出会って一時間後くらいだったかな――」
ライブラは遠い目をしていた。
そして――
「ゼン、君はこれからも今日のように人助けを続けるつもりかい?」
似ていない声真似で一人芝居を始めた。唐突に。
「ああ」
「キリがないよ」
「そうだな」
「でも続ける」
「ああ」
「わかった。なら、俺と一緒に大魔王を倒そう。根っこから悪を根絶するんだ」
「考えたことも無かった。だが、俺には力がない。この子たちを守り切る力が」
「大丈夫だ。俺とライブラで考えるよ。子供たちも任せてくれ。良い案がある。だから俺と一緒に、戦おう。ゼン!」
「ああ」
「じゃあ早速強化プランを練らなきゃな! 忙しくなってきたぞー! あ、折角団体行動するんだし、他にもメンバー集めよう! 善は急げだぜ、ゼン」
「そこで固い握手。熱い抱擁」
「もがもが」
『嘘だって言ってるぜ』
「もがもがもがもがもがもがもが」
『色々捲し立てられ、考える間もなく全部決まった。今と成っては感謝しているけど、その時は握手するどころか何言ってんだろこいつ、としか思わなかったってよ』
ゼンの指摘があろうと無かろうと、オーケンフィールド信者であるアリエルでさえ少し引いていた。悪徳商法の詐欺師もかくやと、言いくるめ、目標まで植え付ける強引さ。
「あの、それってゼンさんの目標と言うよりもライブラさんやオーケンフィールドさんの」
「そして! 意見の合致を見た僕たちは考えた。種族として劣り、素体として脆弱な彼をどうやって強くするか、をね。あ、ゼン、僕さっきギゾーを黙らせてって言ったよね? 約束は守るべきだと思うよ、友達としての忠告だけど」
強い言葉にたじろぎ、口をつぐむ包帯男。この二人の力関係が見て取れる瞬間である。
「ゼンの特徴は、バトルオークであること。バトルオークの特徴は、生まれ持った戦闘技術、以上。言い換えれば、それなりにどんな武器でも扱えるってことだね。この時点でスペシャリストは諦めた。一週間ほど剣を極めさせようとしたけど、能力的に無手で充分なオーケンフィールドよりも呑み込みが悪かったからね」
「もがが」
「謝ることないよ。センスの問題だから仕方がない。狙うは魔王の首、いきなり難航したモノさ。色んな文献を漁ったよ。僕がそうしている間に、ちゃちゃっとオーケンフィールドはアストライアーを設立していたけど。そして僕は見つけた。彼の特性に合致し、かつ、魔王の首に手が届く代物を。まさにおあつらえの武器だった。盲点だったよ」
「それが偽造神眼だったってことですね」
「いや、違う。それは、その武器に至るための手段に過ぎない。ゼンが手にするべき力、テリオンの七つ牙。魔を屠るために生み出された神の獣、テリオンが搭載した神造兵器さ。魔族に対して絶大な効力を発揮し、古の魔王たちすら恐れた獣の武器。使用条件はただ一つ、使い手がテリオンであること、だ。量産された獣、そのために量産された武装。神格はこれだけの威力を持ちながら、破格の低さだった。これしかない、そう思った」
「待って、テリオンであることが条件なら、何でこの男が使えるの?」
アリエルの問い。ライブラがにやりと微笑む。
「出来るかどうかは賭けの部分が大きかった。でも、使えたのは今のゼンが限りなくテリオンに近いから、さ。人間の成り立ちは知らないだろう? 人間は元々、神の獣たるテリオンから獣性を抜いたものだった。今と成っては亜人の一部か、僕と僕の創造主くらいしか知りようのない事実だけど。つまり、獣性を足してやれば人はテリオンに成る。少なくとも牙にそう認識させることが出来る、と僕は考えたわけ。それしか手はなかった。正攻法じゃ、何にも思いつかなかったからね! 素体がクソ過ぎて」
「獣性、獣の……魔獣化!」
「そう、ゼン、魔族にはそれがある。だから僕たちはテリオンの七つ牙に対象を絞った。それの所持者を調べ、手に入れることは難しいと悟り、次の方法を考えたんだ。手に入らないなら、偽造してしまえば良いじゃん、と」
「ああ、これでギゾーさんに繋がるわけですね」
「その通り。これまたおあつらえ向きだった。僕は知っていたんだ。あまりにもくだらない兵器の存在を。魔族にしか使えず、魔族はその習性により、それを使いこなすことが出来ない。神が魔族をからかうために造った神造兵器、偽造神眼。魔力を変換し任意の物質へと変換させる神の力、『創造』を与えられた凄まじいものなんだが、魔族にしか使えないのに、魔族には使えない兵器ときた」
「何故使えないの?」
「魔族はモノ造りが苦手だ。オークは石斧くらい作るけど、基本的に魔族は己が五体で戦う。それで十分だし、それ以上を求めない。必要がないんだ。ゆえに種族として得手ではない。ゼンも使いこなすのに相当時間はかかったけど、純粋な魔族であれば百年、二百年かけても同じ習熟度には成らない。そもそも途中で匙を投げるさ。意味がないってね」
人間からすると素晴らしいモノに感じるが、それはあくまで人間の尺度での話。
「ゼンはヒト交じりの魔族だ。魔族でありながら人間の創造力を持っている。これに関しては思った以上に噛み合ったよ。あまり意識していない部分だったが、バトルオークの特性も相まって、ジェネラリストとして開花した。ギゾー取得の対価も大きかったけどね」
対価、に引っ掛かりを覚えるアリエルであったが、彼女の中での優先順位は低かったため、問い質すことはしなかった。すでに支払ったモノだと彼女は考えてしまったから。その認識違いは、後に大きな問題を生む。
「そして最後に、偽造神眼でテリオンの七つ牙を偽造するためのリソース、内蔵魔力(オド)の拡大が必須と成った。これは当初から全員が共通の問題としていたし、思考の順序としては最後に来たけど、行動は此処からスタートだった。試行回数が極めて少ないギャンブル。あの時は遊びのつもりだったから出来たけど、今は頼まれてもやる気はないよ」
魔力炉。内蔵魔力(オド)を生成、保管する器官。臓器の一部であるが、目に見えるものではない。人の魂と結びついており、生成量と保管規模は原則生まれた瞬間には決まっている。それを無理やりライブラは拡張したのだ。
「身体に浮かぶ文様は施術をしたことによる副産物。後遺症だ。拡張した魔力炉を使うと発生する。結構痛いらしいよ。ゼン曰く、ね」
想像していたよりもかなり綿密で綱渡りな計画であった。目の前の包帯ぐるぐる巻き男が強化のためにこれだけの橋を渡り切ったことにも驚嘆させられた。
「ま、最後の最後で、想定外ってやつがあったけどね。そりゃあ、考えてみれば当たり前の話。魔を滅ぼすための武器なんだ。使い手だって、無事じゃ済まない」
そこでようやく二人はゼンの怪我、その意味を知る。
そしてテリオンの七つ牙を出し惜しみしていた理由も。一撃でこれなのだ。二撃、三撃と打てばこの比ではないダメージを負うだろう。軽々に使える武器ではない。
「それで、他に質問あるかい? ロディナに着くまでは暇だから、何でも答えるよ」
おずおずと包帯男を横目に質問を重ねる二人。知るべきことは無数にある。自分たちのいた世界とは何から何まで違い過ぎるのだ。ゼンのように生まれ変わった者でさえ、知るべきことは多々ある。知らねば良かったことも含めて――
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