第1章:双方、必殺

「……驚いたな。それで立つか」

 敵であるタケフジですら驚きの目でそれを見つめていた。焼けた身体は、普通の人間では生存すら出来ないだろう。ましてや立ち上がることなど不可能。

「オークは、火傷で動けなくなるほど、複雑に出来ていない」

 だが、魔族であれば多少話は変わってくる。オークは決して強い魔族ではないが、生命力と生き汚さは特筆するものがあった。その中でも彼は、生き抜いた方なのだ。ただの偶然であっても、彼は魔人化するまであらゆる殺戮を、戦いを超えてここまで来た。

 ゼンの眼から闘志は消えていない。

『相棒、こいつ、つえーな。たぶん、いずれ成るぜ』

「ああ、そうだな」

『試すにゃうってつけ、だな』

「ああッ!」

 ゼンは前に進む。それを見てタケフジは――

『招雷』

 躊躇いなくいかずちを降らせた。だが、ゼンは雷速を避ける。満身創痍の身体で、まるで先読みをしたかのような動き。

「……俺の指を見て、タイミングを掴んだか。一発で学習するとはな。相当場数を踏んでいる。くく、つくづく面白い。ゼン、俺の部下に成らんか?」

「断る。俺は、俺より弱い者の下にはつかない」

「……笑えん冗談だ」

 タケフジの眼から喜色が消える。残るのは冷たい色。

「オーク一匹殺せない威力のいかずちを落とすだけ、速いだけだ。強さがない」

「強い技を持っていないと思ったか?」

「なら、見せてみろ! 俺はそれを砕く力を持っているぞッ!」

 ゼンは珍しく相手を挑発していた。相棒であるギゾーは『慣れないことするから。んもー下手糞。俺に任せりゃよかったんだ』と心の中で喚く。

 だが、下手であろうとも、相手次第でそれは成るのだ。

「安い言葉を吐いた罪、その身で償え。『豪招雷』ッ!」

 腕を掲げるタケフジ。その手に降り注ぐは極太のいかずち。それを満身創痍のゼンに落としていれば攻撃範囲からの離脱かなわず、死に絶えていたはずである。

『……あいつアホだぜ。ただ、マジでつええ』

 極大のいかずちをその腕に宿し、それが剣の形と成っていく。いかずちの力とタケフジの力、二つが合わさり、その剣は究極の一と化す。

「震えろ弱き者ども。これが『布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)』。俺の最強だ!」

 レバナの誰もが自身の死を理解した。あの剣が振るわれたが最後、都市ごと断たれてしまう。冗談でも何でもなく、彼ら全員が理解させられてしまったのだ。

「さあ、足掻いてみろ。その小さき力で、よく切れる剣とやらで、これを止めてみろッ!」

 出来るものならな、その眼はそう言っていた。

「そうさせてもらう」

 ただ一人、一人と一個、そして離れて一体。三者だけがこの状況を引っ繰り返すすべを知っていた。出来るかどうかは未知数、試し打ちは幾度かしたが、そう何度も試せるほど容易くない『対価』を知った。それでも、だからこそこの状況は――

「二人とも祈れ。こういう絶望を払うためにここまでの準備をした。魔力炉の拡張も、偽造神眼も、全ては、このために!」

 どう見ても状況は最悪。勝てる要素など皆無。

「やってみせろ。本気でやると決めたんだろう!? その身で、その弱さで、屑の君が、シン・イヴリースを倒すと、魔王どもを倒すと、そう決めたんだ。ならば、勝てッ!」

 タケフジの最強がゼン目掛けて振り下ろされる。圧倒的力の差、この瞬間でさえ太刀打ちできるとは思えない。それでもライブラは、自らの『機構』に抗い、その場で観察することを選択した。何のためにここまで段取りをしたか、全てはこの一瞬のためである。

「テリオンの七つ牙が一つ」

『魔を穿つ槍』

「『ウェントゥス!』」

 都市すらも屠る上位種最強の一撃、『布都御魂剣』と接触する槍と思しきモノ。

 一瞬の均衡。その時点でタケフジは目を見開く。自身の最強が、ほんの僅かでも拮抗した。そのありえない光景に驚愕して――

「嗚呼、ようやくオーケンフィールドの気持ちがわかったよ。君は、素晴らしい。僕の三百年の記憶(データベース)にはない、愚者の到達点が君だ」

 タケフジは穿たれる。何故、そう思い浮かべたのが、彼がこの地で得た最後の記憶。風が、魔を穿つ。暴風が、飲み込んでいく。最強のいかずちごと、その風は飲み込んで、全てを穿つ螺旋は後方に待機していた魔族たちをも飲み込み消し飛ばしていく。

 絶望から眼をそらさなかった者だけが見た、奇跡。

「僕にもっと見せてくれ。君と言う存在が行き着く先を」

 身震いするライブラ。その眼には自らの『機構』と長い時を得て手にした感情が合致し、恍惚の笑みを浮かべていた。

 それほどに圧巻の光景であったのだ。スタートを知る者にとっては格別の。

「すごい」

 曇天から差す光。サラはその光景に本当の英雄を見た。自らが成ろうとして、今日、成れなかった皆を笑顔にする強い英雄が其処にいる。彼女はその姿に焦がれた。目指すべき先を見た。その背は物言わず、ただ告げる。『あの日』と同じように。

「何が七光りよ、馬鹿じゃないの」

 アリエルはその背に自身が焦がれる英雄と同じモノを見た。それと比すれば何とも頼りないボロボロの姿であったが、それでも彼は挫いてみせたのだ。人に絶望を与えるものを。

「う、うぉぉぉぉぉぉぉおおおッ!」

 レバナの騎士たちが、歓喜の声を上げた。絶望に打ちひしがれていた市民も、様子を見に来て、あり得ない光景に眼を剥き、そして、やはり歓喜の声を上げる。

 魔族を統御する親玉、タケフジは足首だけが残っていた。それもすぐに消えるだろうが。加えて暴風は大地を、後背に位置していた魔を削り、戦力の半分近くを飲み込んでいたのだ。強い弱いは関係なく、攻撃範囲にいた者すべてが穿たれた。

 真っ直ぐに伸びる破壊痕。それが雄弁に語る。

 人はまだ戦えるのだと。此処に人の守護者がいるのだと。

「さて、騎士たち、二人とも。お仕事をしよう。彼らが恐れ戦いている内に、出来る限り殲滅し、彼らの拠点である『ゲート』を破壊する。この魔力と反応して『ゲート』を潰す僕謹製の魔術道具でね。僕も手伝おう、なに、気分が良いからね。僕の料金はサービスしてあげる。ま、ゼンの代わり、さ」

 ライブラの視線の先で、血を噴き倒れ伏すゼンの姿が在った。皆はそれが相手の攻撃と相殺し負った傷だと考える。それによって彼らの闘志が膨れ上がり、裂ぱくの気合と共に騎士たちは駆け出していく。サラも奮起し、全力投球に努めた。

「……あの傷、『布都御魂剣』とやらで負ったものには見えないんだけど」

「冷静だね、君は。当然だろう? 強い力を得るには対価が要る。シン・イヴリースの軍勢は世界のルール、穴を見つけて地上における最強の軍勢を築き上げた。ゼンもまたルールの穴を探って、あれだけの力を得た。シン・イヴリースにとって対価は君たちの世界の人間、だ。君たちとは違い、底辺の、レベルの低い人間だ。ゼンは、全て自分自身」

「対価を人に押し付けるクズと、自分だけで支払うしかないクズ、か。どっちも嫌い。片方は小狡くて、もう片方は……不器用で、見ていられないから」

 今、彼女がどういう顔をしているか、それを観測する者はいない。

「だろう? だから面白い。ゆえに僕『ら』は彼が好きなのさ」

「……貴女に好き嫌いがあるとは思わなかったわ。機構仕掛けの御人形様」

「三百年も存在していれば意志も宿る。僕はそう思っているけどね」

 ライブラはここに彼女たちを連れてきてよかったと思う。特に彼女は期待の星なのだ。能力が成長すれば必ず飛躍する。ゆえの特別扱い。ゼンではないのだ。ゼンはもう特別扱いをするまでも無くスペシャルな存在。それを見ていない、知らない、知る気も無い者たちから七光りと揶揄されるのは、彼らの想像と実態が乖離しているだけ。

 本当に特別扱いされているのは、此処に連れてきた二人の卵。片方は能力を、もう片方には精神面を期待して、この光景を見せた。オーケンフィールドと言うシン・イヴリースと対になる世界のカウンター、選ばれし真の勇者がほれ込んだ愚者の姿に、彼女たちは何を見るか――

「……貴女もやるんでしょ?」

「依頼はこなさなきゃ。『ゲート』を潰すまでが仕事、さ」

 戦いに参戦する麗人と魔女。

 その横で――

『いくらよお、相棒がタフって言っても扱いがぞんざいだよなあ』

「……動けん」

『まず治療だろー普通はさー。みんな頭ポッカポカなのは良いけどさー』

「……痛い」

『相棒だって人の子なんだぞ! オークだけど!』

 彼らを回収したのは市民たちであった。丁寧な治療を受けギゾーが『人ってあったけえ』とむせび泣いたのは余談である。

 あとでその顛末を聞いたライブラたちは――

「……ごめん。忘れてたっ」

 てへっと小馬鹿にした笑みを浮かべたライブラとギゾーが口論に成ったのは言うまでもない。この二人、互いに思うところがあるのかあまり仲が良好ではないのだ。


     ○


「ふん、ふーん」

 大柄な男が建造中の要塞、その尖塔の先っぽで鼻歌に興じる。

「ふーん、ふふん、ふん」

 魔族も、捕虜とした人も、皆が苦悶の表情で働いている。それを見ながら男は幸せを噛み締めていた。こちらに来てスリルが無くなり、退屈との戦いを強いられていたが、こうして人の不幸を見ると心が豊かになる。

 もう少し良いBGMがあれば最高だな、と男は思った。

「我が王、タケフジの奴が殺されました」

 男の前に現れたのは、不安定な足場を気にも留めず六本足で移動する小悪党じみた青年であった。咥え煙草からは紫煙が零れる。

「ふふふふーん。っと、んん? 相手はどれだ? オーケンフィールドはニケとのじゃれ合いで動けまい。『クイーン』とやらもわざわざねぐらから鬼一匹のために動くとも思えん。格は落ちるが『超正義』? それとも『破軍』、『斬魔』、『キッド』か?」

「無名です。『機構魔女』ライブラはいたようですが。新人二名と、妙な噂が」

 男はぽかんと目を見開いた。そして屈託なく笑う。

「妙な噂とは気になる言い方、我が友、イチジョーくん」

「友とは恐れ多いことで。あくまで噂の範疇ですが、タケフジを仕留めたのは新人二人でもライブラでもなく、裏切り者のバトルオークだったとか」

「ふぅむ。不可能だな」

「俺もそう思います」

「だが、そっちだ。新人二人よりも、俺はそっちを推す。あー、あまり絡みは無かったが、確かタケフジくんは俺の部下であったか?」

「所属はそうなりますねえ。ただ、あいつは野心家だったので」

「可愛げがあって好きだったぞ。それにイチジョーくんと違い可能性もあった。王クラスの末席には辿り着けたやもしれん。で、そんな優秀な部下を失った上司はどうすべきか?」

「……俺の言葉に意味は無いでしょう。お好きにどうぞ、我が王」

「ううむ、そういうところが詰まらんのだが。まあ良い。ところで、だ。少し耳寂しいとは思わんかね? こう、良いBGMが欲しいのだ。心が穏やかになる奴」

「承知致しました。準備いたします」

 一瞬、イチジョーの顔に浮かんだ色を男は見逃さない。

 この場から去って行くイチジョーの姿を眺めながら、男は幸せそうに微笑む。

「可愛らしい部下をもって俺は幸せだなあ」

 またも鼻歌に興じる男の眼下で、愛する夫婦が、仲睦まじい父子が、普通の人々が集められた。そしてイチジョーの合図の下、彼らは殺し合いを強要される。戦わねば死ね、誰か一人の首でも刎ねてやれば、容易くこの状況は成る。

「素晴らしきレクイエム。これぞまさしく人間賛歌であろう。嗚呼、人間って良いなァ!」

 人でなくとも生物であれば生きたいと願う。そういう機能を、本能を与えられている。男はこの光景があちらの世界にいた時から大好きであったのだ。普段、知性や理性などで覆い隠している人間の本性。それを暴き出し、白日の下に曝け出す。

 こんなに美しい光景は無い。素晴らしい景色は無い。

「……あれ、誰が誰に殺されたんだったか? まあ良いか、どうでも」

 すべては些事。この素晴らしき遊興の前では全てが霞む。

 殺し合う人間を見て、男は大層心豊かに、穏やかに成る。

「そろそろ作り物にも厭いてきたし、天然ものでも収穫しにいくかな? いやいや、待て待て我慢だ。良い芸術には我慢が必要だ。欲するがままに食べるだけならそこらの獣と変わるまい。俺は、紳士で、芸術家だ。もう少し、もう少しだけ耐えよう」

 それでも満たされぬからこそ、彼は王と成った。

「欲するままに喰らえば、すぐさま地上は更地と化す。それでは、また退屈に成ってしまうではないか。だが、だが、我が主にしろ他の王にしろ、先を越される可能性もあるわけで、そうなるくらいなら俺の手で芸術に仕立て上げ、いやいや、いかんぞ、いかん」

 欲望と愉悦の王は身悶えながら自らの作り出した凄惨な芸術を眺めていた。

 全てを殺し尽くし、生き延び狂気に落ちたニンゲンであったものは、褒美として――

「んまいッ! 内臓は生が一番!」

 王が喰らった。狂気が、蠢く。

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