第1章:オーク対スケルトン

『へいへーい。回想に浸ってる暇はねえぜ相棒』

「黙ってろギゾー」

 男と対峙するはヒト型の――骨。スケルトンと呼ばれる種族であり、攻防にバランスよく人型ゆえの器用さも持ち合わせ、何よりも核と成る生体部分を破壊しなければ死なないと言うのが最大の特徴。部位欠損では殺せないのだ。

 魔族全体では個体差にもよるがおおよそ中堅どころ。

「裏切り者の劣等種、か。小物ゆえに見逃されてきたが、俺の前に現れたのが運の尽きだ」

 対する男の姿はほとんど人と大差ない。人の平均よりも遥かに背が高く、体型も比較的がっちりしているが、あくまで人の枠内。口を開けば犬歯などが発達してちょっとした牙と化しているが、個性の範疇、とするには若干厳しいか。

 彼が魔族である特徴は右目の紅い瞳にある。魔族である証拠であり、ヒト型ゆえに魔人クラスであることが見て取れる。余談だが、魔獣、魔人、魔王、魔族には三段階の位階があり、普遍的な事実として上の位階には勝てないし、位階の中にも厳然たる格差がある。

『カッコつけてんじゃねえよ骨。テメエも相棒と同じクズだろーが。元の世界じゃどんな小悪党だったんだ? 駄菓子屋で万引きでもしたか? それとも映画泥棒か? ああん?』

「……ギゾー、黙れ」

「左目の義眼か。舐めた口を利く野郎は」

 骨の指摘通り、男の左目には金色の義眼が埋め込まれていた。スピーカーのようなものは見受けられないが、声は間違いなく、そこから発生していた。

『相棒。俺って野郎なのかな? あれついてないけど』

「知らんし黙ってろ。一つ聞く、スケルトンの同胞よ。この光景、お前が為したのか?」

 焼かれた街並み。ずたずたに引き裂かれた街の人々。駐在していたのであろう『騎士』は、特に念入りに破壊されていた。凄惨な光景、この世界ではよくある景色。

「だったら何だ?」

「……偽善を成す。やるぞ、ギゾー」

『あいよ相棒。ちゃっちゃとこの映画泥棒をとっ捕まえてスタッフにチクろうぜ』

「……」

『あ、待って。ちょ、『使った』んだからしゃべらせ――』

 男が左目を閉じると声が聞こえなくなる。スケルトンの男にとってそれは些事でしかない。最も警戒に値するのは、男の手にどこからともなく現れた二振りの大鉈。無骨で大きな形状のそれは、如何にぶかぶかのマントであっても隠し切れるものではないだろう。

「その眼の力か? まあ、どうでも良いがな。見たところ魔力も帯びていないただの鉈。それで性能差は埋まらないだろ? スケルトンとオーク、種族の違いを教えてやる」

「同じ魔人だ。王クラスでもあるまいし、でかい口は、生き延びてから叩け」

「ほざけ劣等ッ!」

 両者、一斉にスタートを切る。一瞬で埋まる彼我の距離。オーク種の男は大鉈を力づくで振るう。技もクソも無い荒々しい動き。スケルトンはその身に似合わぬ美しい剣でそれらの剣撃を受けてみせた。

「良い剣だろう? そこの騎士から奪った。先祖代々この地を守ってきた剣らしいぜ」

「ならば、その剣、お前に力を貸すことは無い」

「偉そうに。劣等種が武器の何を知る!?」

「貴様よりかは知っているつもりだ」

 打ち合い、火花散る攻防。存外拮抗する戦闘。

(……こいつ、相当経験値を積んでやがる。オークでここまでの奴は初めてだ)

 力づくで荒々しい戦い方であるが、決して力任せに振り回しているわけではない。闇夜に浮かぶ真紅の瞳はクレバーに何かを窺っていた。その冷たさにスケルトンは嫌な予感を覚える。されど劣等種相手、退く気など微塵も無い。

 己は生まれ変わったのだ。あのくそったれな現実から飛び出して、奪われる側から奪う側に立った。最高の気分、まさに夢見心地。そこに水を差す存在になど――

「隙あり、だ」

「ぬっ」

 スケルトンの受けを掻い潜り、オークの鉈が会心の一撃を叩き込む。吹き飛ぶスケルトン、彼の身体を構成する骨が周囲に散らばる。

「…………」

「……勝ったつもりか?」

 だが、彼はスケルトン。雑な攻撃で死ぬようには出来ていない。

 周囲に散らばった骨が一か所に集まり、彼の身体を再構成していく。にたりと笑みを浮かべる頭蓋。どんどん、骨が集まってくる。先ほどまで構成していたパーツよりも、明らかにその量は増している。より強靭に、より複雑に、より巨大に、編み込まれしは骨の怪物。

「言っただろ? 種族の違いを教えてやるってなァ!」

「死体の骨を……」

 自分の倍以上のサイズに成ったスケルトンが力任せに拳を振るう。オークは鉈でそらしながら受けるも、それでさえ質量の暴力によって砕け散る。無手と成ったオーク。

「哀れだな何の能力も持たない劣等種は! 見よ、この威容を! 知れ、力の差を! これが俺の力だ! もう二度と言わせてたまるか、劣っているなどとォ!」

 巨体の力任せ。このサイズ差と骨を編み込んだことで得た強度。種族の暴力がオークを襲う。成す術などない。そんなものが無いから最下級の存在なのだ。ただ人よりも多少強く、多少タフで、残虐なだけが取り柄の種族。

 かわす。かわす。かわす。かわすしか選択肢がない。

「死ね、死ね、死ね、死ねェ! こっちに来てなお劣等であり続ける。本当に哀れに思うぜ。俺は変われた。俺は強く成った。俺は――」

 激しい攻撃を掻い潜り、オークはスケルトンの股下を滑り抜ける。一瞬、視界から消えるオークの姿。されど何の問題も無い。奴には武器がない。この骨の、分厚い装甲を抜く武器が、ない。

『ハッ、大魔王様にガチャガチャされただけ。テメエは何一つ変わっちゃいねえよ。コンプまみれのクソナード。犬にでもしゃぶられてろや骨っこォ!』

 聞こえるは煩わしい人を小ばかにした声。苛立ちと共に男は振り向く。

「乾坤――」

 そこには無手であったはず男が弓を構えている姿が在った。

 問題は、その弓がただの弓ではなかったこと。そしてそれを番える男の全身に文様が浮かび上がり、苦悶を浮かべながらも爆発的に上昇した自身の内蔵魔力(オド)を、すべてその一撃に込めていたのだ。

 星々の煌きが如く、その一矢は輝きを見せる。

「待て――」

「――一擲!」

 星の煌きがスケルトンを貫いた。

『グッバイ骨っこ。フォーエバー映画泥棒。さっすが相棒。クールにキメるねえ』

「……俺の記憶から要らん知識を収集するのやめろ」

『そりゃあ無理だぜ、相棒。俺は神が造りしジョークグッズ、偽造神眼様だぜ? 機能なんてただのおまけ、真骨頂はこのずば抜けたユニークさにあるのさ』

「魔族をからかうための、な」

 オーク種の男は、星の煌きで貫けど未だ健在であるスケルトンに背を向けた。

「……馬鹿が! 言っただろうが、種族の違いを教えてやる、とぉ」

『無敵のつもりかよ馬鹿らしい。何であんな大ぶりでわざわざ身体をバラしたと思ってんだよ。テメエの核が何処にあるのか確かめるために決まってんだろ? 種族の違いを教えてくれるだ? ハッハ、おあいにく様、スケルトンの殺し方なんて初歩、今時JSでも知ってんだよ。JSって何か知ってるか? 女子小学、あ、目を閉じないであいぼ――』

 男は去って行く。手応えはあった。生存者は無し。

 なら、此処に止まる理由は無い。

「な、ぜだ。ありえない。お前はオーク種で、俺はスケルトン、種族の差は、絶対。お前が、俺に、勝つなど、劣等が、俺から奪うなんて、あっては――」

 その背は何も語らない。振り返るほどの興味も無い。その背が雄弁と語っていた。

「あってはいけないんだァァァァアアァァ――」

『お前はもう、死んでいる。ってな』

 粉々に砕け散るスケルトンであった男。自分と同じようにこの世界に召喚され、強制的に転生させられた哀れな獣。弱者から搾取する獣は、より強者から奪われるのが世界の理。弱肉強食、彼は知るべきだった。奪うと言うことは、奪われる覚悟も必要なのだと。

「あまり俺を怒らせるなよギゾー。眼帯するぞ」

『そしたら頭の中で相棒を讃える歌をエンドレスでループしてやる。おー、葛城 善であった男よー。偉大なる偽善者よー。戦えー偽善のー我らが星ー』

「……やめてくれ」

『わかりゃあ良いんだよわかりゃあ。仲良くしようぜ。相棒は俺が必要。俺も相棒が必要。ウィンウィンってやつさ』

「ああ、そうだな」

『そうそう、狙うは大魔王の首。その傘下たる魔王ども、だろ? そのためにこんだけの対価を払い、時間をかけた。未だに多重債務者みたいなことにもなってるけど、まあそこは置いといて、だ。やろうぜ相棒、ジャイアントキリングだ』

「ああ、そのつもりだ」

 生まれ変わってから五年、魔人に昇華したのが三年前。葛城 善であった男は今も変わらずに逃げ続けている。自分が犯した罪の重さから。全力疾走で、命がけで逃走を続けていた。戦うことで、救うことで、偽善を成すことで自らを癒す日々。

 何をしても奪った者は還ってこない。分かっていても男は逃げる。

 いつか自らが終わるその日まで、偽善者ゼンは戦い続ける。

『お、着信だぜ。休まる暇がねえな』

「忙しい方が良い」

 そう言ってゼンは手の甲を見る。輝く天秤と剣を模した文様。それに触れると周囲の水分が凝縮し、一個の水球と成る。これで『双方向』に魔術が展開され、回路(パス)が繋がった。水球が形を変え、その奥から文字が浮き出てくる。

『仕事人間だねえ相棒は。なになに、至急エレバニア王国レバナに集合。新人二人と協力して目標を撃破せよ。詳しくは――うげ、あの魔女も来るのか』

「……久しぶりだな。魔力炉の調整もしてもらうか」

『せっかく、かわいこちゃん二人と楽しいトークが出来ると思ったのに』

「女とは書いてないが」

『こーいう時はおにゃのこって相場が決まってんだろ。相棒が中学時代近所の図書館で乱読してた書物も大体そうだったじゃねえか。確か軽い読み物、ラノ――』

「頼む。マジでやめてくれ」

『……俺も最低限は空気が読める男さ。わかった、ちょっと黙るわ。お口チャック』

「……助かる」

 ゼンは集合場所であるエレバニア王国のレバナに向けて歩き出した。その道中、殊勝な態度であった偽造神眼ことギゾーであったが、五分と沈黙に耐え切れずぺちゃくちゃ話し出したのはお約束である。

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