冒険者は誰かを助けるものだ、とその人はいった。

「はぁ……はぁ……!」


 私は森の中を走っていた。

 もう少し詳しく言えば、背後から迫る存在から距離を取ろうと逃げていた。


 後ろを振り返る余裕もない。捕まれば手にした武器や石で殴られるだろう。話し合いなど通じるはずがない。何せ彼らにとって私は異なる種族なのだから。

 ゴブリン。

 身長1mほどの緑色の肌をした人型種族だ。基本的に粗暴で徒党を組んで行動する。家畜や畑などを荒らし、近隣の村々はその対応の為に腕利きの冒険者を雇う事もある。


(ゴブリン3匹……戦闘系ジョブなら……簡単に倒せるんだろうなぁ……!)

(あるいは野伏系ジョブだったら、森に隠れるとかできるのに……!)


 朦朧とする頭でそんなことを考える。

 だが私のジョブは戦闘系ではない。隠密系でもない。だから逃げるしかない。捕まらないように必死になって走る。今の私に出来る事はただそれだけだ。

 ジョブ。

 それは神が定めた魂の形だ。それは生まれた時から決定しており、15歳の時に司祭クラスの聖職者から告げられる。そしてジョブにより、様々なスキルと呼ばれる強さが発生するのだ。


「もう……! こんなジョブになるなんて!」


 叫んでも嘆いても事態は変わらない。そして体力ももう限界だ。そう思った瞬間に木の根に足を取られてすっ転ぶ。そのまま地面を転が――


「…………あれ?」


 予想していた衝撃はなかった。

 ただ予想外の事が起きていた。

 弾力のある糸が私に絡みついて、それが転倒する私を支えていたのだ。


「大丈夫? あ、ゴブリンはもう追ってこないから安心して」


 そして私に話しかけてくる男性。特徴めいた身長でもなく、顔だちでもない。『ギリギリ平均値』ともいえる人族男性。こんな所を歩いていると言う事は、冒険者なのだろうか。手慣れた手つきで私に絡みついた糸をナイフで切り裂く。


「って、この糸は一体……? 蜘蛛の糸? でもこの量はさすがに……もしかして、近くに巨大蜘蛛が!?」

「あ、大丈夫大丈夫」

「大丈夫じゃないですよ! これだけの糸を吐く蜘蛛に襲われたら、逃げられません!」


 慌てる私に、大丈夫だからと言葉を重ねる男の人。

 何なのだろうか、この人は。こんな森の中に一人で入っている所を見ると――


「あの、もしかして冒険者……なんですか?」

「うん。今は依頼を受けているわけじゃないけどね。君は依頼中?」

「はい。ハクショクカラカサを集めてて……はぁ、こんなEランク依頼も碌にこなせないなんて、冒険者に向いていないかもしれませんね。

 まあ、冒険都市オータムには永年Eランクって言われるもっとひどい人がいるみたいですけど……」


 私の言葉に苦笑する男性。そんな人がいることが信じられないのだろう。私も言って信じられないのだから当然だ。


「キミは高ランクの冒険者になりたいのかな?」

「そりゃそうですよ。そしていずれはオータムの冒険者ギルドに入りたいんです!

 知ってますか。あの町は元冒険者が貴族になって、ギルドをサポートしているんですよ。その名も高き精霊騎士カイン! そして冒険者の秩序を律する貴族のオリル・ファーガスト! 清く正しい秩序ある冒険者ギルドなんです!」

「はははは。後は事務員の人と、ギルドマスターもいい人みたいだね」

「ええ! ギルド員全員を見ていると言われる事務員と、街を救った召喚士のギルド長! そして都市に長期滞在する勇者ブレイブクドー! もう最高の人員じゃないですか! そんな人と肩を並べてみたいんです!」


 目を輝かせて、夢を語る私。お伽噺の主役とまではいかなくても、それを助ける脇役ぐらいにはなってみたい。

 ……だけど。


「でも、無理ですね。私のジョブは戦闘向けじゃありません。ゴブリンに勝てないのに、冒険者になんかなれませんよ」


 そう。私のジョブは冒険者向けじゃない。なのに浅ましく夢を見ているのだ。


「そんなことないよ」


 だけどその男性は、私の言葉を否定する。

 何も知らないくせに、と言いかけた私は何故か言葉を紡げなかった。


「一人じゃダメでも、信頼できる仲間がいれば何とかなる。

 あとは自分に出来ることを常に考えるんだ。戦うだけが冒険者じゃないよ」


 そんなのはただの理想論だ。そんなのはできる人間の上から目線だ。

 そう言い返すことはできたはずなのに。

 その人の目を見た瞬間に、そんな言葉は消し飛んでしまった。むしろ、それが出来てしまうんじゃないかと思ってしまった。


「なんで……? なんでそんなことを言うんですか?」


 代わりに出たのは、そんな言葉だった。


「戦えないジョブだって馬鹿にしたり、向かない冒険者なんかやめろとか、なんでそんな事じゃなくて、そんなことを言うんですか?」

「キミは冒険者になりたいんだろう? だったらその背中を押してあげるのが先達の役割さ。

 冒険者は、誰かを助けるものだからね」


 なんだそれは。

 分からない。分からないけど、その人はすごくカッコよく見えた。噂に聞く精霊騎士よりも冒険者を律する貴族よりも、勇者クドーよりも。


「エリっちー! そろそろ行くよー」

「ああ、それじゃあ僕はこれで」


 名前を呼ばれた男性は、手を振って去って行く。


「エリチー……って名前なんだ」


 いつかまた会えたらお礼を言おう。その時、立派な冒険者になっていたら胸を張ろう。

 誰かを救える、そんな冒険者になったら――


◆       ◇       ◆


 冒険者。

 かつては未知の領域に挑む者達を指す言葉だったが、時代と共にその意味は変わっていく。商人護衛者の代名詞だったり、洞窟探索者の代名詞だったり、魔物退治の代名詞だったり。

 そして今では、そう言った仕事とは別に、困った人を助ける者達の代名詞となっていた。

 そう言った気質を持つ人達は、異口同音ではあるが一つの特徴があった。


「昔、そんな事を言う人に助けられた」


 かつて見た『その人』を追うように、彼らも誰かを助けようと思ったのだ。

 ただ――


「えりちん、だったかな? その人の名前は」

「俺は……大将? どこかの軍人だったのかなぁ……?」

「私はファラオ……だったわ。古代語で王様っていう意味みたい」


『助けてもらった人』の証言はバラバラだ。呼称も、一緒に居た人物も一致しない。おそらくすべて別人で、その時から多くの冒険者がそういった思想を持っていたのだろう。

 その『名前も分からない人』の思想は、教えを受け継いだ人の行動を見てさらに広まっていく。それはいずれ、大陸すべての冒険者に広まるだろう。

『その人』の名前は分からないけど、『その人』の行動は消えることなく伝わっていく。エリック・ホワイトの偉業は記録として残らないけど、その思想は受け継がれていくのだ。

 それは、遠い未来の話。


「エリっちー! 早く早く!」

「大将! 世界の果てまで突き進もうぜ!」

ファラオの思うままに行きましょう」


 時代は巡り、物語は次代に受け継がれていく。

 だけどそれまでは、今を一生懸命生き抜こう。自分と共にいる愛する者達と共に。

 冒険は終わらない。失敗ばかりの冒険譚でも、キミがいるなら笑えるから。


「うん。今行くよ!」


 戦えない蟲使いは、今日も冒険者として走り続ける――


                                 (完)

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 本日の更新を以て、『戦えない蟲使いだけど冒険者やってます』は完結となります。

 ここまで読んで頂いた全ての人に、心からの感謝を申し上げます。

 本当にありがとうございました。



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戦えない蟲使いだけど冒険者やってます ~ゴブリンも倒せない最弱で嫌われジョブだけど、黒ギャルなアラクネがパーティイン。翻弄されながら頑張ってます! どくどく @dokudoku

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