「僕はただの蟲使いで十分だよ」
健康的な褐色の肌。くるくる変わる笑顔。輝く茶色の髪。そしてふくよかな胸と形のいい腰つき。すらっと伸びた太もも。
「うへへー。やっぱり体はあった方がいいよね! あ、服はいつもの服だ」
「クーを想像すると、その服が一番最初に来るからかな」
「別に裸のままでもよかったんだよ。ベッドの中で、じっと見てたの知ってるから」
「いや、その。はい。じっと見てました」
そしてこのやり取り。
エリック・ホワイトが望んで止まなかった日常の一部分だ。
「それじゃ、帰ろっか。あーしタピりたーい!」
「あ、待って。その前にまだいろいろやることがあるから」
「えー? 何があるのよー。このきゃわわなあーしよりも大事な用事?」
「う……。いや、これは先にやっておかないと駄目なので。ごめん」
少し拗ねたように言うクーに、いやいやと首を振るエリック。
とはいえ、大した手間ではない。宣言だけで事足りることだ。
「クドーさんとエンプーサの魂を……解放するよ」
エリックの
「ふーん。いいのエリっち?
「いやほら、クドーさんとかエンプーサが一緒に居ると、クーとかネイラとかケプリが嫉妬しそうだし」
「ちょ……っ!? あーしはそんなっ! ……むー」
否定しようとして、言葉が思い浮かばず頬を膨らませるクー。するかしないか、で言えば絶対にする。自分が今まで魂状態でエリックに触れていたようにあの正義コックとエロ夢魔が同居するとなると――
「うん、サクッと解放して正解! とっととエリっちから離れろ!
でも本当に大丈夫? あんだけの
言って手で何もない空間を払うクー。別にそこに魂があるわけではないのだが。
「僕はただの蟲使いで十分だよ」
かつて、一人の少年は『蟲使い』というジョブになったことで人生を決定づけられた。
家族に見捨てられ、友人に馬鹿にされ、世間から弾かれて。
それでも必死に生きようとした。それでもジョブとスキルが全ての世界観では、努力は実らなかった。どれだけ頑張っても戦うことはできず、失敗ばかりの冒険者生活だった。
鬱積した気持ちを発散する場所もなく、世間に復讐することもなく。ただ下を向いて歩いてきた蟲使いと言う人生。そのジョブがエリック・ホワイトを苛み、狂わせてきたと言っても過言ではないのに。
「クーとネイラとケプリがいてくれれば、それでいい」
エリック・ホワイトはそのジョブに呪われていた。人生を狂わされた。
だけど蟲使いだから得ることが出来た縁がある。その縁が三人との絆のきっかけになったのなら、それは祝福だ。
この一言を言うために、どれだけの苦労があったのだろうか。どれだけの障害を乗り越えてきたのだろうか。そしてどれだけの喜びがあって、どれだけのふれあいがあって、どれだけの愛があったのだろうか。
『エリック・ホワイト。お前のジョブは『蟲使い』だ』
エリック・ホワイトの人生を決定づけたこの一言。
今はただ、感謝でしかない。
「エリっち、いい笑顔だよ」
そんなエリックに、クーはそう告げる。
『仕事が終わって、微笑むエリっちが見たい』
「そう言えば、クーがついてきたのはそんな理由だったっけ」
「えへへー。あの時は諦め笑いしかしないエリっちにイラっと来たのもあったけどね。でも、今の笑顔が見れてよかった」
「……成功したから、もう僕とは一緒に居ない?」
「そんな事も言ったわよね。……ばーか。返事なんかわかってるくせに」
言ってクーはエリックに抱き着く。エリックも自然な動作でクーを抱き返した。
「ずっと一緒だよ、エリっち。もし逃げたら、糸でぐるんぐるんに捕まえて拉致ってあげる」
「アラクネの愛情表現って怖いなー。……でも、逃げるなんてもう無理だよ」
そのまま二人はゆっくりと顔を近づけて――
「ここか! 大将無事か!? 蜘蛛女も無事のようだな!」
「
扉が開かれ、ネイラとケプリが部屋に入ってくる。
あ、これはいつものパターンで中断か。エリックは小さくため息をつく……ことが出来なかった。その唇が、強引に塞がれたからだ。
「むぐっ……ん……」
「んー……ぷはぁ!」
そのまま十数秒エリックとクーは感情のままに密着し、そして唇を離したクーは舌を出して二人を挑発する。
「へへーんだ、来るのが遅いのよ! エリっちのキス、もーらい!」
「うがああああああ! お前らの為に散々雑魚の露払いしてやってきたら、コレかよ! おい、大将! オレにも蜘蛛女と同じやつを貰うぞ!」
「ケプリも同様の報酬を要求します。何ならそれ以上も――」
「ちょ、それ以上って……あーしも貰う!」
エリックに抱き着くネイラとケプリ。白く健康的な肌と、小さくぷにぷにした頬がエリックの五感をくすぐる。
いつもの日常。それが戻ってきた事を、エリックは改めて実感するのであった。
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