「エリック・ホワイト」
「エリック・ホワイト」
それまで放心していたオリル・ファーガストがエリックに向けて口を開いた。
「私を殺さないのか? アラクネの力を使えば、造作もないと言うのに」
「殺しません。今回の事件は全部夢だった、ってことでオチをつけます。エンプーサが街中の人に見せた悪夢だってことで。
貴方が殺して吸い上げた魂も、全部解放されたみたいです。肉体毎喰らっていたみたいですから、すぐに魂解放と共に肉体も再生されるはずですよ」
「私は冒険者を許さない」
昏く重い響きを乗せて、ファーガストは言葉を放つ。
「今は断念するが、力を得れば同じことをする。機会があれば冒険者を攻め立てる。命ある限り、私はそうするだろう。
そんな私を、見逃すと言うのか」
復讐。
その根幹にあるファーガストの心の傷を、エリックは知らない。だがファーガストがけして諦めない事はエリックにも理解できる。
冒険者。それに属するエリックは、今度もファーガストに狙われる対象となる。エンプーサこそいないが、貴族の地位を利用して追い詰めてくる可能性は低くはない。いや、今の地位を失っても復讐は諦めないだろう。
ここで命を絶つことが、一番の安全だ。エリックはそれを理解し――
「ええ、殺しません。
理由は分かりませんけど、冒険者が憎くて仕方ないんですよね。それは仕方ないと思います。だから、そうしてください」
「貴様、分かっているのか? 私は貴様たち冒険者の立場を――」
「冒険者だって間違えます。絶対正義じゃなく、むしろ暴走しがちな人ばかりです。金にうるさくて、犯罪歴を隠している人もいます。
……その、言えば言うほど駄目な部分がありますので、むしろそう思うのは当然かなって」
エリックの言葉に、呆然とするファーガスト。
これが自分に勝った人間の言う事だろうか? 力をすべて奪われ、抵抗する術を失い、それでも牙を折らぬと虚勢を張った相手に同意するなど。
「私は……こんな覇気のない者に負けたのか」
「すみません、覇気がなくて。僕は冒険者を守るとか、街を救うとか、悪魔を倒すとか、そんな立派な人間じゃないんです。
大事な
「…………ああ、そうか」
力無くうなだれるファーガスト。
大事な女性と一緒に過ごしたい。
その想いに負けるのなら、それは仕方がないことなのだとため息をついた。
(リーゼ……私は……)
小さく呟く女性の名前。その意味を理解する者は、この場にはいない。
だけどこれ以上話すことは何もない。それはエリックも理解できた。
「それじゃあ、僕等はこれで――」
「勇者、見参!」
「なんで窓ガラス!?」
そのまま去ろうとするエリックは、突然窓ガラスを突き破って入ってきた女性に驚きの声をあげる。こんなことをする知り合いは、一人しかいない。
「くどー……さん?」
「はい、勇者クドーです! 事情は全て、魂レベルで察してます!」
シュタっとエリックに向かって敬礼するクドー。
「察してたらなんでこんな現れ方するの!?」
「細かいことは気にしたら負けです!」
全ての理不尽をその言葉で誤魔化す勇者。ええー、と言う表情をするエリックを無視して、クドーはファーガストに向き直る。
「オリル・ファーガスト! 悪魔に騙された被害者として、貴方を私の料理で癒します!」
「……どういうことだ。勇者クドー、私は貴女を――」
「貴方は悪魔に操られていました! ええ、そうですとも勇者は全て知っています! 悪いのは全部あのエンプーサ! そして何故か行使された夢魔の力で街の人は全部夢だと思っている!
そう言う事ですよね、エリックさん!」
確認するようなクドーの言葉に、エリックは苦笑しながら頷いた。
「あー……。うん、そう言う事で」
「良かったです! もしエリックさんが悪魔の力を使ったとなったら、勇者として断罪しなくてはいけませんでした!」
正義を重んじるクドーとしてはこれを看過することはできず、いろいろ悩んだ末の落とし所が『全部エンプーサのせい』という強引な見逃しだった。
「ではエリックさん。町全体を悪夢に貶めた悪魔を倒した英雄として、凱旋です! 教会から『
この称号があれば国家レベルでの支援も含めて、様々な恩恵がもらえます! 生活ももちろん、これからは疎まれることなく――」
「あー。それはクドーさんが受け取ってもらえないかな?
今回僕らは、何もしていないって事にしたいんだ」
「えええええ!?
いえ理由は察しますよ。一瞬だけど魂レベルでエリックさんと同化してましたし。
ですけど、あれだけ頑張って、誰にも認められないっていうのは悲しくないですか?」
クドーの言葉に、エリックは自分の隣にいる女性三人を抱き寄せる。
三人も今まで口を出さなかったように、エリックの意図を察して体を寄せた。
「僕を認めてくれる人はここにいるから、大丈夫だよ」
「ってわけよ! エリっちの凄い所は、あーしらがよく知ってるから!」
「大将は名誉とか英雄の立場とかは要らないんだとさ。欲がないねぇ」
「
「ケプリさすがにそれは。僕はそこまで――」
否定しようとするエリックの声を、肯定の声が遮った。
「あーね。エリっちそんな感じだわ」
「だよなー。ベッドの時とか特に」
「あれはすごかったです。はい」
「あの。そんな事はない……よ?」
「ふーん。だったらリベンジしようかな? やられっぱなしなのは悔しかったんだ、あーし」
「お、いいね蜘蛛女。オレも乗った! 体力勝負なら負けないぜ!」
「ではケプリは技術と知恵で攻めましょう。今夜は負けませんので」
イチャイチャし始めるエリック達を見ながら、クドーは苦笑して一歩下がった。
「分かりました。エリックさん達は何もしていません。そういう風にとりなしておきましょう!
……その、ファーガストさんもそう裏口を合わせてくれると嬉しいのですが」
「悪魔との契約が明るみになれば一家斬首だ。合わせざるを得まい。むしろ見逃してもらえるだけありがたく思う立場だ。
どの道、
「ではそういうことで!
それでは……頑張ってくださいね、エリックさん」
「何を頑張るの!?」
「エリっちこの流れでそう言うんだー、ふーん?」
「いやいや、こうやって油断させてパクって行くのが大将だぜ」
「直前で覚悟が固まるのが
ケプリが言うと同時に、エリックとクーとネイラとケプリの姿は消える。
クドーはそれを確認した後に、料理に使う道具を手にした。
「ファーガストさんの料理の後で街の人を起こしましょう! 目覚めはやっぱり<朝の三食セット>ですね!
その後で回復、報告、そして後始末! さあ、出遅れた分を取り返しましょう!」
この日、オータムの街を救ったと記録される勇者クドーの活動は、この瞬間から始まったのであった。
本当の救世主を心の奥に秘め、その者に負けないように勇者は動き出す――
◇ ◆ ◇
キャンペーンミッション!『オータムシティを開放せよ!』
……成功!
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