「お前はただアラクネと仲がいいだけの蟲使いだ」
エリックが胸を貫かれて生きているのは、クーの<
だから、クーの
「決まってしまえばつまらないものだったな。私もエンプーサも、こんな相手に怯えていたとは」
オリル・ファーガストはエリック・ホワイトがただの蟲使いであることを知っている。失敗続きの冒険者で、自らが見下し憎む存在の中でもさらに底辺のクズであることを。
そんなとるに足らない相手に悪魔は怯え、ファーガストもそれを信じて手は出せなかった。そして現在、アラクネの力を得たとはいえ所詮は取るに足らない相手だった。
「エリック・ホワイト。お前はただアラクネと仲がいいだけの蟲使いだ。
「あはは。そっか、そんなこと思ってくれたんだ、クドーさんは」
「愛だの恋慕など、そんな心の感情に振り回されるなど。民は貴族に税を収め、貴族は民を保護する。愛など子孫繁栄の潤滑程度にあればいい」
唾棄するように言い放つファーガスト。
かつて、とある冒険者の恋慕が原因で大事な者を奪われた痛み。その痛みが言葉に熱を加えていた。
「貴族の支配、か。うん、クーなら『そんな面倒なところ、居たくなーい』とか言って飛び出しちゃいそうだ」
「魔物など人間社会に不要だ」
「僕もクーが耐えられないなら、一緒に出て行くかな」
「つまらん。それが貴様の愛か」
「うん。クーと離れる事なんて考えられない。ネイラやケプリもそうだけど、好きな人と離れるなんて悲しいだけだよ」
何とはなしに言ったエリックの言葉は、
「黙れ! そんなクズどもの感情など貴族の支配には不要だ!」
ファーガストの心を大きく揺さぶった。
「クズが! お前達の愛など不要だ! 自由など不要だ! 貴様らは黙って支配されていればいい!
戦士スキルがある者は兵士に! 魔術師スキルがある者は魔術研究に! 探索スキルがある者は斥候に! スキルに合わせて平等な役割をくれてやる! 冒険者などと言う枠組みなど不要だ! 身の程を知れ!」
自由。
その名の元に監禁された女性がいた。
愛。
その名の元に穢された女性がいた。
冒険者。
許せない。許せない。許せない。彼らが奪ったモノはもう戻ってこない。だから今度は此方が奪うのだ。奴らの自由を、愛を、その全てを!
「……よく分からないけど、冒険者に恨みがある……?」
「…………ふざけるな。ただ貴族の立場から、犯罪者すれすれの恩賞でもある冒険者は鬱陶しいだけだ。それ以上の感情など――」
「あるんですよね」
「貴様に何が分かると言うのだ!」
「分かりますよ。
どうしようもなく誰かを恨みたくて、それでも恨むのは筋違いだと思う理性で押し殺す感情は」
エリック・ホワイトは、蟲使いと言う事で世間から疎まれていた。
だけど同時に、蟲使いが役立たずのスキルであると言われる理由も理解していた。責められるのは仕方ないジョブなのだと。
「貴族の立場とか、貴方の境遇とかは全く分からないけど……冒険者を憎みたいけどそれを表に出せなかった苦しみは分かる。その結果が今回の騒動で、貴族街には全く被害が無いのも。
この街を支配したいんじゃなくて、冒険者が憎くてそれに頼る人ごと排除したいんだってことは、なんとなくわかる」
納得はできないけど、その感情は理解できる。エリックはそう言い放つ。
「黙れ! それ以上ふざけたことを言うと――」
激昂しながら、同時にファーガストはハッと気づく。
(なんでこの男は、こんな状況でも喋れるのだ?)
<
A-魔物のアラクネの魂など、十秒もかからずに吸収し終わっているはずなのに。その数倍ともいえる
「貴様、何故生きている!? まだ<
「はい」
エリックは頷く。
勝利を確信した表情で。
「『お前はただアラクネと仲がいいだけの蟲使いだ』……その通りです。僕はただ、クーが好きでそしてクーも僕を好きでいてくれて、ただそれだけの蟲使いです」
「ならば何故だ! まさかエンプーサの言うように
「僕はただの蟲使いで、だからこそクーと出会えました。だからこそ抵抗できます」
ゆるぎない自信。これだけは、誰も崩せないだろうという自信。それを口にする。
「貴方がエーテルを喰らう攻撃をしてきた瞬間に、僕はクーに<
『僕から離れないでくれ』って」
何を言っている、と言いかけたファーガストは未だにエリックから離れないアラクネの魂の存在に気付く。
相反する効果を持つスキル同士がぶつかった場合、その優劣で結果が決まる。
そして<
『もち! あーしはエリっちとずっと一緒に居るからね! ぜーったい、離れないから!』
エリックから離れるなと言う命令は、クーからすれば心から望んだ一言だ。もう、絶対に離れない。熱い感情と共に命令は受理される。
魂を引きはがす悪魔の技ごときで、二人の仲を裂くことなどできない!
「まさか。そんな――!」
「貴方がその武器でボクを貫いた時に、勝負は決まったんです。
『クー、クドーさんとエンプーサの魂を引っ張って』」
『おっけー。あーしにまーかせて!』
脳内に響くクーの声。<
「力が……力が抜ける……。まさか、最初からこれを狙っていたと言うのか!?」
「はい。その為に、敢えて隙を作って攻撃を誘発しました。……その、相手に馬鹿にされるのは慣れているので……すみません」
「クズ如きに、貴族である私が……!」
力が抜けたかのように倒れるファーガスト。
オータムを苛む赤騎士は、この瞬間に姿を消した。
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