「それでも、倒します」

 合成獣キマイラ使いのアルフォンソを感情論で鎮圧させ、マツカゼを取引して黙らせた。


 その気になれば命を奪うこともできたエリックが戦いを避けたのは力を振るうことで平和な日常を失いかねないという部分もあったが、単純に戦うだけの覚悟がなかったのは否定しない。

 ゴブリンすら倒したことのないエリックは、他人を押しのけると言う行為に慣れていない。力で解決することに抵抗があり、それを行えない弱さがあると指摘されればそれは頷くしかない。

 それはネイラとの戦いの時も、ピラミッドからマミーが攻めてきた時も、何とかならないかという妥協点を求めてきた。クーやネイラやケプリに任せて力押しすればすべて解決する事案でも、それを行うことは避けてきた。


「いや、だって……そんなことされたら嫌じゃないか」


 それをクーたちは優しさだと受け止めてくれる。そんなエリックだからこそ、一緒に居たいのだと思うのだと。

 だけどそれは優しさではない。そんな事はエリック自身が十分承知していた。

 蟲使いとして多くの人達から虐げられ、苦しんできた。その苦しみを、その辛さを、見たくなかった。かつて自分が見た多くの人間の立場に立つことが、どうしても耐えられなかった。

 いたぶって当然。馬鹿にして当然。嗤って当然。そんな立場に立ちたくなかった。剥奪することが正義。奪うことが正義。力を振るうことが正義。そんな気持ちになりたくなかった。


(だけど、ここだけは)


 だけど、ここだけは戦わないといけない。

 何かしらの目的を持つ貴族ファーガストを止め、その野望を力づくで止めないといけない。

 それはそうしなければ多くの人が死ぬとか、悪魔と言う世界を壊す存在の野望を砕くだとか、神が与えた勇者ブレイブの力を悪用させないとか、そんな大義ではない。そんな重い物を背負いたいなんて、エリックは思わない。


(クーを元に戻すために……。いつもの生活に戻るために)


 望む事はただそれだけ。

 自分が小物だと分かっている。自分が英雄じゃないなんて嫌になるぐらい知っている。世界を変えることもできない失敗だらけの蟲使い。そんな自分が見つけた、誇れる相手。胸を張って好きだと言える女性。


(ここが、貴族街。あそこの館が、オリル・ファーガストの館!)


 糸を使って宙を舞い、目的の館を見つける。そこの向かって糸を飛ばしてベクトルを調整し、同時に傘上に糸を張って落下速度を減衰させる。クーの扱う<糸使いスレッド・マスター>を使いこなし、音もなく館に侵入する。


『エリっち、あっちから濃い魔力の匂いがする』


 クーが指摘するのは、館の一室。構造的には客間なのだろう。エリックはそちらに向かって歩き……ノックをした。


『何やってんのエリっち!? 不意打ちでババーンとやったら終わりじゃないの!』

『いや、そうなんだけど……。その、そう言うのは良くないと言うか』

『もー。エリっちなんだから―』


 脳内でクーにたしなめられながら、まだ覚悟が固まっていない事を自覚するエリック。クーの言う通りに、不意を突いて糸で拘束すれば終わる話なのだ。戦わなければならないのだから、徹底すべきなのに。


「入りたまえ」


 扉の向こうから声が聞こえる。予想外の凜とした言葉に驚きながら、エリックは扉を開けた。


「失礼します」

「気にしなくてもいい。――どの道、これから無礼になる」


 中に入ったエリックは。目的の相手であるファーガストに相対する。きちんとした身なりをしたファーガストは、正に典型的な貴族であった。今外で起きている騒動の原因だと言われても、何も知らなければ信じられないだろう。

 だが――


『エリっち、こいつエンプーサを食ったみたい。あの女の魔力がビンビン感じるわ』

『うん……。そうみたいだね』


 だけど相対すればわかる言いようのない圧力。それを魔力と呼ぶか、気と呼ぶか。ともあれ形のない何かを、エリックは確かに感じていた。


「貴方がエリック・ホワイトだな。私を倒しに来たのか?」

「はい。倒させてもらいます」

「それは私の命を奪うことになる。私は命尽きるまで冒険者や税を払わぬ民を許すつもりはない。貴族による徹底管理を止めるつもりはない。そうと分かっているのか?」

「……そこまでは解っていませんでしたけど」


 言ってエリックは息を吸う。

 ファーガストの言葉には、圧倒的な覚悟がある。自分がここで死ぬかもしれないと知りながら、それでもやめるつもりはないと言う覚悟。社会理念と言った常識よりも、それが重要だと信じて進む覚悟。


(そんな覚悟に勝つとか、止めるとか、そんな立派な事を言える人間じゃないけど)


 自分を見下してきた目を思い出す。蟲使いを傷つけて同然と言う目を思い出す。

 自分の目はあんなふうになっていないだろうか。そんなことを思いながら、答えを返した。


「それでも、倒します。

 貴方を倒して、押しのけて、大事なモノを取り返します」


 ――戦いが、始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る