「だから、取引をしましょう」

『おじーちゃんは、あれでよかったの? 首コキュってやった方が早くなかった?』

『コキュ、って』


 色々あって落ち着いた後、脳内でクーがエリックに確認するように問いかける。エリックの行動に反対ではないが、禍根を残したのではないかという心配だ。

 実際のところ、アルフォンソは一旦引き上げたに過ぎない。戦力である合成獣キマイラを失い、打つ手がない所で戦う気力を折っただけだ。……その折り方も理屈や理論ではなく、ただ感情をぶつけて呆れさせたという酷いものだが。


『……うん、多分あれでよかったんだと思う。殺すとか、思いを否定して、とかは僕にはできないし』


 エリックは弱い。だからこそ、弱者という立場を理解している。

 正論をぶつけられ、反論できない苦しさ。『正しい』という暴力に委縮する気持ち。相手に悪意がないからこそ、反論する意味を失う空虚感。


「僕は正義とかを背負るほど大それた人間じゃないよ。精々人助けが出来れば満足できる小さな人間だ」


 ため息をつくように口を開くエリック。

 ドラゴンを倒してお姫様を救う英雄に憧れるでもなく、悪の魔術師を断罪する正義の騎士になりたいとも思わない。ただ、好きな人と一緒に過ごせて、困っている人を助けられたらそれでいい。


「欲がない、とは思っていたがここまでとは」


 聞こえてくるのは、マツカゼの声だ。未だに姿は見せないが、気配を隠そうともしない。


「その気になれば覇王になることも、魔王になることも可能だと言うのに。大陸中の富をその手にする事も、あらゆる女を抱くこともできるというのに」

「僕はそういうのは無理です。……女性の方は特に」

「なんと!? エリック殿は男色でござったか」

「いえ、そっちはもっと無理なんで。……クー、違うから、本当に違うから」


 マツカゼの言葉を強く否定するエリック。そして脳内できゃあきゃあ言っているクーに言葉を返した。


「謙虚と言うよりは、今が満ち足りたと言う事か。されど共にいるクー殿は聞けば幽体となっている。今は現世にとどまっているが、いずれは天に帰る運命であろう。そうなれば――」

「いいえ。そうなる前にクーは元に戻します」

「先もクリスティー殿にそう言っておったが、算段はあるのか?」

「はい。かなり賭けに近い形ですけど」


 マツカゼの言葉に、虚勢を張りながらエリックは告げる。


「マツカゼさん。僕はクーやネイラやケプリと過ごせればそれでいい。本当にそれだけで、不安に思う人がいるのなら街を離れてもいい。

 だから、僕等のことを秘密にしてほしい」

「…………その言葉を信じろと? 今はそうであったとしても、気が変わらない保証がどこにあると言うのでござる?」


 エリックの言葉に、慎重に言葉を返すマツカゼ。

 エリックがクーと同化し、アラクネの力を得ていると言うのならマツカゼとエリックの力関係は歴然だ。マツカゼがどんな小細工をしても、エリックはクーのスキルを使って小細工を排除する。――そう思わせるだけの戦術眼をエリックが持っているのは、よく知っている。


「信じる必要はありません。僕も気が変わるかもしれません」


 エリックはあっさりそう言い放つ。

 人間は信用できず、移り気だ。そう言われればエリックも否定できない。蟲使いと言うジョブを聞いた瞬間に騙そうとする者は多く、手のひらを返したものも多かった。どれだけ美辞麗句を重ねても、それと信用が直結するかというとそうでもない。


「だから、取引をしましょう」

「ほう。拙者を買収しようと言うのでござるか?」

「はい。マツカゼさんが黙っていてくれれば問題はありません」


 エリックの言葉にマツカゼは思案する。

 正直なところ、現実的な案ではあった。人類愛や正義を謳われるよりは、よほどましだ。誠心誠意の土下座は確かに心に響き人を説得できるかもしれないが、効果は一時的である。

 個人の口を封じるのに一番なのは殺すことで、次は買収行為だ。脅迫は身の安全が確保されれば口を開くこともある。何処まで行ったところで、利得こそが人を動かす一番のカギなのだ。

 だが、それには一つの問題がある。


「よもや、金を積もうと言うのでああるまいな? 悪いが拙者は闇に生きるニンジャ。与えられた任務を遂行するのが務め故――」

「アラクネの<糸使いスレッド・マスター>を使って本気で縛ってあげます」

「冷静に考えれば、エリック殿の状況は拙者の任務とは無関係。当のエリック殿も力に振り回される様子は皆無と見た。ささ、取引成立でござる」


 突如姿を現し、両手を広げるマツカゼ。


『……ドン引きなんだけど、あーし』

『うん。持ちかけといてなんだけど、僕も同じ気分』


 今までのシリアスを返せ、と心の中で突っ込むエリックであった。 

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