「呆れたわ」

「クーは確かにかわいいですし時々ドキッとさせられるけど、それでも僕に一緒に歩幅を合わせてくれる優しさを持っているんです。

 城に住むお姫様のような届かない美しさじゃなくて、一緒に居てくれる兄弟姉妹のような身近な美しさなんですよ!」


 エリックは声高らかにクーのすばらしさをアルフォンソに告げる。


「確かにアラクネは強くて僕じゃ絶対に勝てなくて違う世界の存在だけど、それでもクーは人間に寄り添って……はいないけど合わせてくれるんです!

 その心に僕は惹かれたんです。あ、それはあくまで惹かれた理由の一つで、まだたくさんあるんだけど!」


 胸を張って主張するエリック。


『あわわわわわわわわ……! エリっち勘弁して! 何これ何かの拷問なの!?』


 耳を塞ぐこともできない魂状態のクーは、エリックの遠慮のない言葉とストレートな好意にやめてやめてと叫んでいた。嬉しいんだけど、そんなことをダイレクトに言われると心が破裂しそうになる。


「新しい物を見たら目を輝かせて、力加減が分からなくて色々壊して。それでも失敗に怯えることなく前を向いて。

 そんな時に見る笑顔も、可笑しい時に見せる笑顔も、嬉しい時に見せる笑顔も、全部綺麗なんだ! 可愛いんだ! 見ているだけで胸が熱くなって、抱きしめたくなるんだ!」


『マヂ! マヂ許してエリっち! 嬉しすぎて死んじゃう!』


 クーは心の中にあふれる感情に支配されていた。エリックが嘘を言っていないことなど承知の上だ。肉体があったなら物理的に止めていただろう。


「お、おう……。そ、それは大したもんじゃな。若いってええのう」


 アルフォンソも気圧されたのか、そんな言葉を返す。あまりの展開に、何とも言えない気分になっていた。


「……僕は、クーがいないと何もできなかった」


 内心を吐露するように、まだ言えていない傷を広げる様にエリックは口を開く。


「戦えない蟲使い。役立たず。そんな事を言われながら、下を向いて笑っていた。だけどクーと出会って、ようやく前を見れた。

 それは確かにクーのアラクネの力のおかげもあるんだと思う。その凄さは知っているし、貴方の言うように僕が私欲で独占しちゃいけないことは納得できる」


 それは――

 それだけは、アルフォンソの言い分の中で認めないといけない事だった。

 蟲使いだから、という理由でクーを支配するのは良くない。彼女はもっと自由であるべきだ。


「そうだよ。確かに僕はクーの可能性を止めている。貴方の言うように魔物の力を全開にして暴れるのも、クーの在り方なのだと言われればそうなのかもしれないって思う」

『エリっちは別にあーしを止めてなんかないよ! あーしがしたくないからしないだけだもん!』


 脳内に響くクーの言葉に、背中を押されたようにエリックは言葉を続けた。


「僕は、クーを好きだ。アラクネだとか魔物だとか全てをひっくるめて、好きだ。

 クーを魔物としてしか見ていない貴方に、渡したくない!」


 いろいろ恥ずかしいことを言ったけど、結局のところ言いたいのはこの一言だった。

 クーが好きな感情が爆発していろいろ支離滅裂になったけど、それでも言えたと思う。


「ふん。そんな言葉でワシを説得出来たつもりか? 動物を見続けたワシの人生観をそんな若造の恋慕程度で変わるとでも?」

「思わない。だから、今度は貴方が言葉を僕とクーに投げかける番だ」

「……は? ワシが、か?」

「うん。僕はクーをあなたに渡すつもりはない。クーも僕と一緒に居てくれる。

 だけど、言葉を重ねれば気持ちが変わるかもしれないよ」


 エリックの言葉に、アルフォンソは呆けたように口を開けた。何を言っとるんだこの若造は。そんな表情だ。

 だが、その意味を理解して肩をすくめた。


「呆れたわ。ワシを見逃すと言うのか」

「さっきの言葉で諦めてくれるなら、それでもよかったんだけど」

「思ってもなかったくせに。……そもそも、姫は既にお主の魂と同化している。ワシには手の出せぬ領域――」

「あ、それなんだけど……何とかするつもりです」

「…………は?」


 アルフォンソの口は、今度こそ完全に開き切った形で止まった。

 魂だけになったクーを、何とかする?


「いや、それは無理じゃろう。魂は天に帰るさだめじゃ。今はその状態じゃが、貴様のエーテルが尽きれば状態も解除される。

 そもそもの問題として、死人は蘇らない。戻る肉体毎、貴様と融合しているのだ。一度混ざったものを元に戻すなどできぬ。合成獣キマイラですら不可能なのに、魂だけとなった姫は――」

「何とかするつもりです」


 強く言い張るエリック。

 それを若さゆえの無謀と受け取ったのか、アルフォンソは無言で背を向けた。呆れてものが言えない、という感情とそう言い切れるのが若さなのかという諦念と。知識がないエリックだからこそ、前に進もうと思えるのだろう。


(皮肉な話か。見識あるワシだからこそ姫を魔物としてしかとらえられず、そして困難を前に諦める。無恥で無学な蟲使いだからこそ、虫であると同時に女性としてとらえ、無茶に挑もうと挑戦できる。

 なまじ知識や知恵があるよりも、愚かでも行動する方がいいとでも言いたいのか。世界はそんなに甘くはないぞ、若造)


 エリックの言葉に何も返すことなく、アルフォンソは歩いていく。今はこれ以上邪魔はしない、とばかりに。

 そして――


『エリっちいいいいいいいいいいいいいい! 禁止ぃ! あんな恥ずかしいこと言うの禁止ぃ!

 そしてそんなに恥ずかしがるクーも可愛いって思うのも禁止!』

『言わない! 言わないけど思うぐらいは許して! だって本当に可愛い――』 

『ふにゅううううううう! あ、あーしどうにかなっちゃううううううう!』


 そんな背中を見ることなく、エリックとクーは脳内でいちゃついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る