「僕はね、怒ってるんです」

 エリックとクーは、ニンジャマツカゼと合成獣錬金術師キマイラアルケミストアルフォンソを探していた。

 探す、と言っても時間はさほどかからない。マツカゼもアルフォンソもクーを狙っている。マツカゼは<糸使いスレッド・マスター>として、アルフォンソは魔物として。

 共に共通していることと言えば、この混乱に乗じて行動したいと言う事だ。ならば――


「マツカゼさん! アルフォンソさん! 僕はここに居る!

 誰も邪魔されない場所で、決着をつけよう!」

「――良かろう。安い挑発だが乗ってやる」


 出てきたのは、白衣を着た老人――アルフォンソだ。先のエリックの動きは見ていたのだろう。その距離と表情には怒りではなく緊張が走っている。


「見ていたのならわかると思うけど、僕とクーの魂は融合している。クーのスキルを使って、クーと同じことが出来る」


 端的なエリックの説明に、アルフォンソは……眉をひそめた。


「いや、普通わからん。っていうか魂の融合とかいろいろな法則を無視しておるんじゃが」

「へ?」

合成獣キマイラとてただ動物を組み合わせればいい、というモノでもない。体内に入った毒を浄化するように、異なる動物同氏は互いを拒絶する。

 その拒絶を起こさぬように押さえ込みながら、徐々に癒着率を高めていく。肉体ですらここまで手間がかかるのに、魂の融合とか。しかも時間はわずか? いや、ワシの常識から言ってありえんわ」


 あー……そんなものかー。エリックはアルフォンソの説明を聞きながら頬をかいた。


『ケプリも怪訝に思ってたけど、これってそんなにすごいことだったんだ』

『びっくりびっくり。あーしもあっさり受け入れちゃったけど』


 脳内でクーとそんな会話をするエリック。


「だが、受け入れざるを得んのじゃろうな。先ほどの武技は姫の糸によるものじゃろう。目的そのものはつまらぬが、稚拙と笑い飛ばす気にはなれぬ」

「……つまらない、ですか?」

「ああ、力があるのならそれを行使すればいい。あんな手間などかけずとも、冒険者もろとも糸で縛ってしまえばそれで終いじゃ。

 今ワシと話をしているのもそう。問答無用で縛り上げてしまえばいい。貴様が吹っ切るきっかけとなるのなら、ワシは喜んで戦って散ろうぞ」


 アルフォンソがエリックの誘いに乗ったのは、それが目的。

 クーがエリックと同化しているのなら、エリックに力を振るってもらえばいい。クーがいない以上、妥協点はそこだ。


「貴様自体は気に入らんが、姫の力を有しているのなら話は別。貴様を介してアラクネのすばらしさを世に喧伝できるのなら、まだ我慢できる」

「悪いですけど、僕はそんなつもりはありません」

「そうか。分かってはいたが、貴様は徹底的に臆病者だったな」


 そんな挑発に似たアルフォンソの言葉に、エリックは胸を張って肯定した。


「はい。魔王とか英雄とか、僕には無理です。僕は誰かを救う冒険者でありたいんです」

「それを担うのが、勇者や英雄なのじゃがな。そしてその為には力が要る。貴様が持つ力は、英雄や勇者に匹敵する者じゃろうて」

「や。勇者ブレイブはさすがにごめんかな?」


『かまどの勇者』のことを思い出し、目を逸らすエリック。あれはちょっと理解の外の相手だ。


「でも、力があるから英雄なんじゃない」


 戦いの合図を告げた瞬間があるのなら、この言葉だろう。エリックもアルフォンソも、同時に思考を動いていた。


「誰かを助けたから、英雄と呼ばれるようになるんだ」


 ――勝負は、一瞬で決まった。

 エリックの指先から出た細い糸が、周囲に待機していたアルフォンソの合成獣キマイラを全て捕らえていたのだ。

 アルフォンソが命令を堕した時にはすでに、全ての合成獣キマイラは拘束されていたのである。


「……見事じゃ。これでワシの策は全て潰えた。手勢の合成獣キマイラ全てを導入したのじゃが、それを使う間すら当てぬとは」

「これが、本気を出したクーの力だ。糸を使って周囲を調べ、その後に強度の高い糸で動きを封じる。アラクネモードのクーの強さを前に、待つ戦略は意味がないんだ」


 ここまでは予定通りだ。アルフォンソが自分に似た『何かに命令する』系列のジョブであることは知っている。そしてクーの能力を完全に把握すれば、その相性の悪さは嫌でも理解できる。

 なのでこの展開は予定調和だ。


「っていうか。クーが強いのは知ってたくせにわざわざ挑むとか。そんなことしても無意味だって知ってたくせに!」

『え、エリっち?』


 突然叫ぶエリックに、脳内のクーは不意を突かれたようになる。


「何が姫だよ! クーはそんな名称で呼ばれるヒトじゃないから! 嫌元々ヒトじゃないんだけど、そう言う種族的な意味じゃなくて! そんな高根の花とかからはかけ離れてるんだから!」

「お、おう……。な、なんじゃ、どうした?」


 だからここからが、本当の勝負だ。


「僕はね、怒ってるんです。

 僕を差し置いてクーのことを知っているとか、そんなのふざけるなって話だ! この剣に関してはしっかり決着つけてさせてもらうから!」

『え、エリっちブチ切れてる!? しかもそんな理由!?』


 そう、共にクーと言う女性を求める男性同士の、本当の勝負。

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