「おい、蜘蛛女!?」

 エリっちが何かを<命令オーダー>した瞬間、体が震えた。

 あーしの体が分解され、細かくなっていく感覚。最小限まで分解されて、消えていきそうになるイメージ。

 そのままエリっちに吸収されていくと気付いた瞬間、あーしはエリっちが何をやりたいかを理解する。


(あ。エリっち凄く申し訳なさそうな顔してる。ごめんね、とか言いそう)

(もー、ホント馬鹿。あーしがそんなの気にするわけないじゃん。エリっちが助かるなら問題ないよ。それに――)

(エリっちならどうにかしてくれるって、信じてるし!)


 クーを構成するエーテルがエリックに組み込まれる。

 魔物と言う異物は、人間の魂という差を埋めるように変化していく。そして最適な形となって融合する。

 先ず傷を癒し、不足した養分を補い、さらには肉体も強化する。

 融合にかかった時間は一秒未満。肉体の基本は人間であるエリックに準拠し、そこにアラクネの能力が付与されていく。記憶、経験、そしてスキル。そして――


◆       ◇       ◆


「おい、蜘蛛女!?」


 ネイラは突如消え去ったクーを見て、叫ぶ。エリックに詰め寄ったかと思えば、次の瞬間光の粒子となって消え去ったのだ。


「……これは。クー様のバァファラオに吸収されていきます」


 ケプリはエリックとクーに起きている変化を理解し、驚愕していた。蟲使いのスキルが虫の属性を持つアラクネに有効なのは周知していたが、こんな使い方があるなんて。


(生命吸収……いいえ、存在吸収。魂を喰らい、我が物とする魔術。一般的には存在を生贄として捧げられる邪法と言われるモノなのですが……。ファラオはそれをスキル単体で行った)

(虫限定且つクー様との絆あっての結果なのでしょうが、それでもここまでの事を為し得るというのは、あり得ません。いいえ、目の前の現象を否定するわけではないのですが……)


 ケプリは目の前で起きたことを信じられない、という表情で見る。

 如何に<命令オーダー>が何かを強制するスキルだとしても、自死を促すことはできない。本能的に抵抗判定が発生し、その勝敗は命令した側のスキルと相手のエーテルで行われる。そしてよほどのことがない限りは、スキルに使用したエネルギーとエーテルそのものではエーテルに軍配が上がる。ましてやクーは魔物でエリックは人間だ。エーテル量の桁が違う。

 例えるなら、バケツで津波の水を汲み取ろうとするようなものだ。そしてバケツに入らなかった水をスキルで圧縮して、適切な形に変化させたのだ。


「……あ。上手くいった……のかな?」

「上手くいった、というレベルではありません。ファラオが行ったことは奇跡です。1から10に通じる理屈を全部すっ飛ばして、100の領域まで行ったようなものです。

 ケプリが行える死者蘇生は相応の手順が必要で、時間もかかります。その全てをあんな方法で補うなんて、どういう発想なのですか?」


 珍しく饒舌になるケプリに唖然としながら、エリックは何か申し訳ないような顔で答える。


「えーと……平行世界の自分が出来たから、やれるかなって」

「…………それだけ、ですか?」

「…………うん。その……何か不味かった?」


 問いかけるエリックに、ケプリは――彼女にしては珍しく――言葉を失った。魔術に精通しているケプリだからこそ、そのでたらめ加減は理解できる。


「大将……オレは大将が帰ってきて嬉しいし、あの蜘蛛女も喜んで対象の為に力になったと思う。

 だけど……やっぱやり切れねぇな。アイツが死んじまったらオレは――」


 俯いた状態で、拳を握るネイラ。

 クーが消えてエリックが死の淵から蘇った。

 その状況を見れば何が起きたかはいやでもわかる。エリックをめぐって色々あったが、クーは決して嫌いな相手ではないし親友として――


『あーし、まだ死んでねーっての! このバカエルフ!』


 落ち込むネイラの脳裏に、そんな声が響く。

 正確には、ネイラと同期しているヘラクレスを通して。


「……はぁ?」

「この声は、クー様? ファラオの使う<感覚共有シェアセンス>による思念の伝達に似ていますが?」

『そーよ! エリっちのエーテルと融合してるから、同じスキルが使えるのよ!

 もち、エリっちもあーしのスキルが使えるから!』

「……という状態なんです」

「「はああああああああああああああ!?」」


 ネイラとケプリの声が重なった。


「つまりファラオは、クー様をファラオ自身を癒すエネルギーとしてではなく……クー様の魂を自分自身に融合させた……と?」


 先の例えでいえば、バケツに入らなかった津波を変化させずに、そのまま自分の周りで維持しているのだ。そのエネルギーや質量をそのままに。


「うん。その、何か間違った? 魔法とかよく分からなくて、蟲使いでできそうなことをやってみたんだけd――」

「…………つくづく、規格外ですね、ファラオは。ええ、流石のケプリも脱帽です」


 同じ自分とはいえ、平行世界の蟲使いがやっていたから。


「そんな理由で決断できたのは、魔術に対する知識不足かもしれません。むしろ、それは幸いしました」

「良くわかんねぇけど、蜘蛛女は生きてるんだな! よっしゃ!」

「うん。辛うじて、かな。会話が出来るのは僕以外だと<感覚共有シェアセンス>が通じる相手だけだし」

『そのかわり、エリっちと話したいほーだい! あとエリっちが見るもの聞く者全てあーしもみれるし』

「蜘蛛女にストーカーされてるようなもんか。大将、お気の毒にな」

『やんのかこのおっぱいエルフ!』


 脳内に響くいつもの喧嘩を聞きながら、エリックは立ち上がる。

 背中の傷はもうふさがっている。クーの<頑強タフネス>スキルも移植されたのだろう。ただのナイフの刺傷は無効化された。


「急ごう。この騒ぎを収めて、いつもの日常に帰るんだ」

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