「それは無理です」


「急ごう。この騒ぎを収めて、いつもの日常に帰るんだ」


 エリックは言って立ち上がる。


「そうだな。あいつらを蹴散らして――」

「いいえ、ファラオそれは無理です」


 拳を握って走ろうとするネイラに水を差すように、ケプリは告げる。


「何が無理だって? オレが負けるって事か?」

「いいえ、その心配はあまり。エンプーサの妨害は予想外でしたが、逆に言えば彼女はもうあの程度しかできません。無視していいでしょう。最大難敵と思われたエンプーサがあの状態なら、この戦い自体に負けはありません。

 ですが『いつもの日常に戻る』事は難しいかと」


 ケプリは一泊置いて、言葉を続ける。


「先ほどのマツカゼ様の言葉通りです。この戦いが終われば、ファラオの能力を恐れる人が増えるでしょう。少なくとも、今までのようにこの街で過ごすことはできなくなります。

 更にファラオは現状、クー様アラクネの力を有しています。それだけで人間から迫害対象になるのは明白かと」


 人間と魔物は相容れない。それは価値観の違いもあるが、持ちうる力の差もある。

 隣に爆発するかもしれない火薬があると聞いて、誰が安心して眠れるだろうか? 殺人鬼がいるかもしれない町に、誰が好んで住むだろうか?


「分かっている」

「お望みではないのでしょうが、やはりファラオは覇道を目指すべきかと。その力をもって人を制し、新たな王国を作るのが力在る者の義務かと。

 ……いいえ、そうすることでしかファラオはもう安寧を得ることはできません。貴方が持つ力は、大きすぎます。それを恐れる人がどういう行動をとるか、それはマツカゼ様と会話されて理解しているはずです」


 大きすぎる力。差のある力。

 巨大な身体を持つ者は、人の家に住むことはできない。たとえ歩調を合わせるとしても、どこかで歪みが出てくる。恐れ、怯え、それは少しずつ溜まっていく。

 勇者ブレイブを歓迎する人々は、結局のところ勇者ブレイブを恐れているだけなのだ。その力が自分の方に向かないように、機嫌を取っているに過ぎない。

 力在るものを恐れないわけがない。異物を恐れないわけがない。人が求めるのは、いつだって己の安寧だ。その安寧を得るために、英雄を求めているに過ぎないのだ。

 アラクネと言う力を得た蟲使いは、もはや人の社会では生きてはいけない。此処を去るか、或いは自らが支配するか。その二者択一なのだ。


「ありがとう、ケプリ。僕のことを心配してくれて」


 エリックは言ってケプリの頭を優しく撫でる。


「だけど、まだ何とかなる。

 かなり綱渡りだけど、この状況をどうにか収めればなんとか」

「どうするんだ、大将? いや、オレはどっちでもいいぜ。悪魔エンプーサさえ退ければ大将についていく。人間を支配するなら、オレの拳も必要だろう!」


 親指で自分を指差し、ネイラが告げる。何があってもエリックについていく。その言葉に迷いはない。


「……聖人セイントって、そう言う事していいの? 人間の味方っぽいイメージがあるけど」

「オレはフリョーだからな! 型にはまるのは嫌いなんだよ!」

「うん。その、すごく嬉しい。ネイラがいてくれるならすごく安心できる」

「おうよ! 大船に乗ったつもりでやりたいことやってくれ!」

「うん。それじゃあ――」


 胸を叩くネイラ。その姿に背中を押されるように、エリックは『作戦』を説明する。


「…………という感じなんだけど」

ファラオ、本当に綱渡りですね。上手くいく可能性がまるで見えません。特に最後の理由は若干嫉妬しますが」

「そうだな。オレもさすがにムカついた。いや、文句はないぜ」

「う……。いや、そういうつもりはないんだけど……ないわけでもないけど」

「ですがまあ、逆に言えばこの状況を打破して日常に戻るなら、そこまでしないと無理でしょう。

 無理ならそれこそ覇道かピラミッドに籠ることをお勧めするだけです」


 難色を示したケプリだが、失敗しても次手はある、と言う事で納得した。エリックが無事ならば、それ以外はどうでもいい。


「となると、予想外の懸念はできるだけ早く排除しておきたいですね。

 具体的には合成獣キマイラ使いと、マツカゼ様です」

「赤騎士もだな。そいつらを排除しながら、なんとかっていう貴族とエンプーサを押さえる。それが最低ラインだ。

 大将、蜘蛛女の力を使って戦えるか?」

「大丈夫……だと思う。クーと融合して、スキルの使い方は理解したから」

『バンバンあーしを使ってよね! なんなら、その辺の人を食べてエーテル補充してもいいよ』

「いや、流石にそれは……」


 最終の打ち合わせを済ませ、<感覚共有シェアセンス>を使うエリック。互いに連絡を取れるようにして、頷きあった。


「ケプリのポジションは変化なく。ケプリは土と炎で皆様を援護しながら、敵排除に」

「オレは赤騎士メインで動くぜ。派手に動き回って、気を引いておくから!」

「僕は遊撃の形で臨機応変に動く。糸使いの戦い方に体を慣らしながらになるけど……」

『エリっちならできるって! あーしの戦い、ずっと見てたんだしさ!』


 そして人はオータムの戦いに戻る。

 その瞳に絶望はなく、自ら望む未来に向かって強く足を踏み出していた。


◆       ◇       ◆


キャンペーンミッション!『オータムシティを開放せよ!』

 ……第二部、閉幕!

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