「……そう。そう言う事ね」

 ――時間はエリック達が赤騎士達と戦い始めたころに巻き戻る。


冥魔人プルトンがいるですって!?」


 赤騎士を通して得た情報を聞き、エンプーサは驚きの表情を浮かべた。疑似転移結界により平行世界に放逐したはずの男が、何故か何事もなかったかのようにそこに居るのだ。


「事実です。エンプーサ」


 首肯するファーガスト。ここは彼の館だ。ファーガストとエンプーサ以外は誰もいない。故に声を潜めることなく、事を進行していた。

 ファーガストは赤騎士から伝達される情報を、エンプーサに転送する。それを認識すると同時、夢魔は唇を震わせた。


「ありえない! 冥界神の勇者は世界の壁さえ突破するというの……!」


 叫ぶように机を叩くエンプーサ。怒りと、そして失血によりぐらりと崩れ落ちる。

 疑似転移結界。強制的に平行世界に相手を飛ばす術式だ。時間と空間を操作することはあくまでも容易ではない。それなりの時間と儀式、そして相応のエーテルが必要となる。

 それをエンプーサは自らのエーテルで補った。言葉通り、自らの心血を注いでエリックをゲーム盤から除外したのだ。それなのに――


「エンプーサ」

「……そうね、ファーガスト。事実は認めないといけないわ。あの男はそこに居る。そして彼の使い魔はこちらの戦力を圧倒している。

 このままだと、負けるわ」


 口惜しいが、エンプーサに逆転の策はない。

 疲弊したエンプーサにクーとネイラとケプリを退けるだけの力はない。ましてやそこに冥魔人エリックまで加わるのだ――最後は彼女の勘違いなのだが、それはともかく。


「……。私に策があります。つたない策ではありますが、彼の隙を作ることが出来るかと」

「言ってみなさい」

「かの男を探る存在が二名見られます。彼らに情報を与え混戦状態を生み出しまして、その隙をつくことで――」

「そんな程度で倒せるのなら、苦労しないわ」


 唾棄するように案を却下するエンプーサ。エリックがそんなだまし討ちで倒せるとは思わない。感知されて、反撃を喰らうのがオチだ。


「いいえ、倒せます。貴方は極限まで力を落とし、魔力放出を押さえてください。最低限の力で背後から。それだけで十分です」


 だが、ファーガストは自信満々にそう言い放つ。

 ――まるで、エリック・ホワイトには力がないと知っているかのように。


◆       ◇       ◆


(――まさか、本当にうまくいくなんてね)


 エンプーサは手のひらから伝わる確かな感触に驚きを感じていた。

 エリックを背中から貫いた血の剣。短剣程度の刃だが、人間の命を奪うには十分だ。簡素な防御結界や金属鎧があれば防げたのだが……。


『彼は悪魔の強大な魔力に反応しているのです。故に、小さな魔力は感知しずらい。場を混乱させれば、攻め入るスキは生まれます。

 私に魔力を預け、最低限の魔力で挑んでください』


 というファーガストの自信満々な提案に半信半疑ながらに従ってみたのだが、どうやら上手くいったらしい。


「大将!」

ファラオ!」


 煙幕の中から聞こえてくる声。森の聖人の突撃と、炎の槍。主の危機を察して攻撃を仕掛けてきたが、狙いは少し甘い。エンプーサは後ろに下がりながら、それを避ける。


「やった……! 冥魔人プルトンの命を奪ったわ! 冥界の勇者ブレイブの力を頂い……え?」


 生物は死ぬとエーテルとなって天に帰る。その一部が殺した人間に渡り、倒した相手のエーテルと融合する。

 当然、勇者ブレイブエーテルとなれば、相応の力なはずだ。だが……。


(どういうこと!? 流れてくる魂の量が少なすぎる――こんなの、ただの人間かそれ以下じゃないの!?)


 エンプーサに流れ込んだのは、彼女の思っていた量よりもはるかに少ない。心血を注いだエンプーサの、腹の足しにもならない。

 どういうことか、と思考をめぐらし――笑みを浮かべるエンプーサ。


「……そう。そう言う事ね」


 言うなり、血の翼を生やして離脱するエンプーサ。今の状態だとこれだけでもかなりの疲労なのだが、今はこの場を離れることが最優先だ。


(今刺したのは冥魔人プルトン偽物ダミー! 自分と全く同じ色と波長をもつ魂を複製し、身代わりにしたのね!

 あのままあそこに留まっていれば、不意を突かれたのは私の方。危なかったわ……!)


 あまりと言えばあまりの勘違いだが、エリックが冥界神の勇者ブレイブだと信じて疑わないエンプーサからすれば、エーテル量の少なさは明らかな異常。その推測に至るのは仕方のない事だった。

 いったんファーガストの館に戻り、仕切り直す。勝ち目は薄いが、真正面からぶつかるしかない。

 館に戻ったエンプーサは出迎えたファーガストに不機嫌な表情を向ける。その表情を受け、軽く頭を下げるファーガスト。


「その様子では何やら不備があったようですね」

「裏をかかれたわ。背中から刺したけど、偽物だった。仕切り直すから、魔力を返しなさい」

「成程、彼を刺したのですね」


 そうだけど、とエンプーサが口を開こうとした瞬間、斬撃が走る。


「ならばエリック・ホワイトは死にます。貴方はもう要りません」


 ファーガストの振るった血の鎌が、エンプーサの胴体を両断していた。


「は?」

「彼はただの人間です。背中から短剣で刺したのなら、確実に死ぬでしょう」


 胴体を両断されても生きているエンプーサに驚くことなく、ファーガストは答える。だがエンプーサの魂は<吸血蟷螂ブラッド・マンティス>によりファーガストに流れていく。

 これは助からない、とエンプーサは冷静に判断していた。このまま人間に吸われ、ただの力となり果てるのだろう。


「まさか、貴方に殺されるなんてね」

「ええ。まさかあなたを殺すことになろうとは。しかしこれが最良の手。

 貴方の力、貴族が支配する世界の為に、有効活用させていただきます」


 そしてエンプーサだったものは、完全にファーガストに吸収される。


「――ふむ、確かに刺したようですな。これは致命傷でしょう」


 吸い込んだエンプーサの記憶を脳内で再現するファーガスト。


「いや良かった。勇者クドーがエリック・ホワイトと知り合いでなければ、私も騙されている所だった。彼女の記憶を読まなければ、エンプーサともども騙されている所でしたよ」


 ファーガストはクドーを殺し、その魂を吸収した。その際にクドーの記憶も吸収したのだ。欲しかったのはスキルの詳細などだが、スキルを使用した相手の中にクーとネイラとケプリを見つけ、そこからエリックとの交戦記録および対話を知る。

 そして、彼がただの蟲使いであることを知ったのだ。


「これが悪魔エンプーサの力……。成程、これだけの力があれば人間同士の諍いなどつまらなくなるはずです。

 ですが今は、人間の為に使わせてもらいましょう」


 勇者クドーの力と悪魔エンプーサの力を有する貴族、ファーガスト。

 それを止めるだけの障害はもう存在しない。懸念だった冥魔人はハッタリで、魔物を使役していた蟲使いが消えれば人間に肩入れはしないだろう。


「さあ、貴族による支配を開始しましょう!」


 オータムの市民区域を襲う赤騎士の勢いは、苛烈を増す。

 それを止める為の戦力は――愛する人を失い戦意を失っていた。

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