「チェックよ、冥魔人」
「問題なのは『蟲使い』がそれが可能なのだ、ということでござる」
マツカゼの言葉にエリックは意味が分からない、という表情をする。
その様子を察したのか、マツカゼの声が補足するように響く。
「ホワイト殿、汝はそのジョブが原因で虐げられてきた。役立たず、気持ち悪い、そう言った類の――主に感情的な理由で」
「いや、でも蟲使いが役に立たないのは本当だから……」
「倫理面はわきに置くとして、蟲使いが本当に役立たずなら『彼ら』の言い分は通った。役立たずを役立たずと罵ったのだと。
だがホワイト殿は役立たずではない。A-ランクの魔物と信頼関係を築き、こうして町の危機を解決しようとしている。それを役立たずなどと言えようはずがない」
聞こえてくるマツカゼの言葉を、エリックは黙って聞いていた。急いでクーの元に行きたいのだが、動けば刺すと言わんがばかりの殺意がその足を止めている。
「となれば、蟲使いは役立たずではない。むしろ街を救う英雄で、しかも
それを知った者達――主に蟲使いを虐げられた者は、どう反応するか。聡明なホワイト殿なら予測はつくでござろう」
「……表面上は何もしない」
「うむ。しかし内心は恐怖におびえるでござろう。自分が虐げた相手が、実は自分を滅ぼすほどの力を持っているのだから。
様々な理由をつけて、ホワイト殿を排除しようとするでござろう。表立ってはアラクネは魔物だから。それを使役できる蟲使いもまた魔物だから、と」
マツカゼの言葉には確信めいた硬さがあり、エリックも同意できた。全ての人間がそうとは言わないが、その考えを抱く者は多くなるだろうと。
エリックが復讐を望むのなら、クーは喜んで手を貸すだろう。ネイラも、ケプリもだ。彼女達が怒りをあらわにしない理由は、当のエリックがそれを望んでいないからだ。
だが、世間はそうは受け取らない。状況的に、エリックは復讐が可能なのだ。それだけの力があり、理由がある。エリックが行動を起こせば、誰もそれを止められない。
それを知った人達。特に今まで蟲使いを嘲っていていた人たちはどう思うだろうか?
「……僕にそんなつもりはない、と言っても――」
「信じてもらえぬでござろうな。彼らは真実が欲しいのではござらん。安寧が欲しいのだから。自分と自分の家族が傷つく可能性はできるだけ排除したい。
ホワイト殿に彼女達が寄り添っている限り、この諍いは避けられぬのでござる」
――例えばこれが<魔獣使い《ビーストテイマー》>のような世間に認められているジョブなら、管理されるなどの制限はつくが世間はそれほど反応しない。
なぜなら彼らはそのジョブを貶していないからだ。<魔獣使い《ビーストテイマー》>に復讐されるいわれはないからだ。
蟲使いだから。忌み嫌わているから。復讐されるかもしれないから。
だから、殺さなくちゃ。
「……どの程度の諍いになると思っているんですか?」
「戦争。ホワイト殿と共にいるお方々は軍隊規模でなければ止められぬほどと見ている」
「その争いを未然に止める為に、マツカゼさんは僕とクーを殺しに来た?」
「火種はできるだけ早く消さねばならぬ。この混戦に乗じるが吉とみた。最も――」
「クーに縛られたい、というのも嘘じゃない?」
「当然でござろう! ジャイアントスパイダーなど比較にならぬ糸の繊細さ! それでいて弾力や強度は強く、粘性も巨人すら捕らえられるほど! 力学的にも効率的な糸の張り方に加え、芸術的な面から見ても美を感じさせる! しかも糸の種類は変幻自在! 状況に応じて変化する万華鏡のような縛り! ああ、辛抱たまらんでござるぅぅぅ!」
あ、そこはぶれないんだ。エリックは呆れて肩を落とす。
「――と言うわけで、出来るならクー殿と一戦交えたいのでござる。ホワイト殿の命を奪うとなれば、怒りで本気を出してくれるでござろう。
無論、先の懸念の払しょくが最優先なのは間違いない」
「この騒動が終わるまで保留、というわけにはいきませんか?」
「むしろこの騒動が終われば歯止めが利かなくなるでござろうよ。この街を救った者は誰か、と調べられれば真実に到達する者も少なくはない。
現に拙者はたどり着いた」
――――あ。
エリックはマツカゼの言葉に冷水をかけられたように呆け、そして疑問にたどり着く。
「……それ、誰から聞いたんです? クーはともかく、ネイラとケプリの情報を」
「情報元を喋るわけには――」
「ファーガスト家か、その関係者から聞いたんですね?」
沈黙するマツカゼ。それがエリックの推測が正しい事を物語っていた。
冷静に考えれば、気付くべきだったのだ。
アルフォンゾもマツカゼも、クーがアラクネである以上のことを知っていたのだ。エリックの行動の理由や結果も、ネイラの事も、そしてケプリの事も。
そしてクーをどうにかするのに障害になるであろう、ネイラとケプリに対抗する策まで用意していたのだ。この煙幕はその最たるものだろう。
(二人がクーの事を知っているのは当然だけど、ネイラやケプリに対する対策まで施していると言う事は――その能力を知っている存在だ。それは限られている)
(誰かってそんなのエンプーサしか――)
「当たり」
声はエリックの背後から聞こえた。
だがエリックの耳がそれを聞き、認識するより早く――
「チェックよ、
エンプーサの血の短剣が、背中からエリックを貫いていた。
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