「問題なのは」

「もうしびれは取れた。何とか走れるよ」

「OK大将! 蜘蛛女の位置は分かるな。一緒に走るぞ!」


 雷撃のしびれが取れたエリックは<感覚共有シェアセンス>でクーの五感から情報を入手し、その居場所を特定する。人のいないレストラン。その景観に見覚えがあったエリックは、ネイラとケプリに場所を告げてそちらに走りだす。


「熱感知によりファラオ近くにいる複数の小動物を確認しました。土壁を作って攻撃を塞ぎます」


感覚共有シェアセンス>で伝わってくるケプリの声。この場にはいないのに、熱を感知してこちらの状況を探ってくれる。改めて元太陽神であることを感じさせてくれる。その頼もしさに感謝しながら、エリックは歩を進めた。

 時折立ち上がる土の壁。そこにアルフォンゾの合成獣キマイラがいたのだろう。それらがエリックに向かってくることはなかった。


「やるじゃねぇかチビッ子!」

「完ぺきとは言えません。三体が壁を抜けました。ディアネイラ様、お願いします」

「任せときな!」


 そして急旋回などで壁を抜けた合成獣キマイラはネイラが打ち払う。腕を振るうだけで小動物など吹き飛ばすだけの風を生み出せる。圧倒的な力と、そして格闘技術。仮にエリックの元にたどり着けても、黒の拳が打ち砕くだろう。


「あともう少し……!」


 エリックは二人を信じて真っ直ぐに走る。目的地のレストランが見えてきた。後は中に入ってクーに<命令オーダー>すれば終わりだ。クーを説得するとは言っていたが、それにクーが応じた様子はない。


『あーしはエリっちが好き! 蟲使いとかアラクネとか関係なく、あーしがエリっちが好きなの!

 好きな人と一緒に居たい! 一緒に笑って、楽しく過ごしたいの! あーしが望むのは、それだけだから!』

(…………その、そこまで真っ直ぐに言われると僕も恥ずかしいっていうか。

 さっきのブーメランだよこれ!)


 説得に対するクーの『反論』を聞いて、顔を赤らめるエリック。同時に頬が緩む。さっきのクーを笑えないなぁ、と思っていると、


「忍法・不調バステ返し」


 言葉と共に、視界が白く染まった。それが煙と言う事に気付くのに一秒かかり、そして強引に引っ張られたと気付くのにさらに一秒かかった。


「久しぶりでござる、ホワイト殿」

「……その声は、マツカゼさん?」


 白い空間の中、マツカゼの声が聞こえる。腕に絡まった鎖のような武器。それで引っ張られたのだと気付く。


「テメェ、いつかのバステおっさん! 」


 白い闇の中からネイラの声が聞こえる。そう遠くはないが、一足でこれる距離ではない。そんな距離だろう。


「いつぞやのエルフ殿でござるな。森の聖人であったとは驚きでござる。あと、できればお兄さんと言ってほしいでござる」

「うっせぇ! っていうか何処にいやがる! くそ、この煙幕うざってぇ!」

「そしてこの土壁は、もう一人のお方か。幼子と思ったが、こちらもかなりの規模の魔物のようで」

「……こちら、って言う事はテメェ、蜘蛛女もロリっ子の事も調べついてるのか!?」


 響くネイラの声。腕を振るいながらマツカゼを探そうとするが、


「無駄でござるよ。その煙には五感を狂わせる胞子が仕込んである。やみくもに突撃すれば、最悪ホワイト殿を傷つけるやもしれぬ。更には微量の熱を含んでいるので、熱感知を位置特定の基本とした遠距離からの土壁も目測は立てれぬでござろう」


 マツカゼの言葉を聞いて、ネイラとケプリからの援護が止まる。下手をすればエリックを傷つけるかもという制限が効いたようだ。


「さて、腹の探り合いをしている時間がないのはお互いさまでござろう。なので単刀直入に行かせてもらう。

 ホワイト殿、アラクネの所在はいずこに?」

「じゃあこっちも単刀直入に。教えません。教えたらクーを殺すんでしょう」

「然り。人の立場として強い魔物が街中に居ることは容認できぬ。それに――」

「それに一度はアラクネの糸の縛られてみたい?」

「それも然り。強い魔物のバッドステータスを受けるなど、こういう機会でなければありえぬからなぁ。ホワイト殿を殺すつもりで襲い掛かれば、クー殿は本気で縛ってくるでござろう」

「いや。それは然りじゃない気がするけど……」


 然も当然、とばかりに返ってくるマツカゼの言葉。答えは予想はしていたけどため息と共に言葉を返すエリック。

 短い出会いだったが、マツカゼの性格は理解している。ネイラやケプリと知り合っていたの予想外だが――

 少なくとも、バステマニアの変な人、と言い捨てていい人間ではない。


「じゃあ僕のことは調査済み?」

「きっかけはホワイト殿の指名手配でござるが、なかなかに面白い経歴でござった。

 こうして今相対してみるまで気付かなかったが――どうやら、毒は抜けたようでござるな」

「毒? 僕はマツカゼさんのような趣味はもっていないけど」


 奇妙な物言いに首をひねるエリック。


「呪い、と言ってもいい。『自分は誰にも必要とされていない』という呪縛でござる」

「――――っ、それは」

「ホワイト殿を苦しめ、だからこそ『誰かを助けないと自分には価値がない』という原動力となった感情。今のホワイト殿にはそれがない」


 マツカゼの言葉に息をのむエリック。

 誰にも吐露したことのない『誰かを助ける』理由。冒険者だからと言いながら、その根底にある人助けの意味。


「それは――うん。そうだね。呪いだった」

「今はそれがなく、真っ直ぐとした目をしているでござる。大事な者を守る一人のマスラオの如き光を宿している。

 だからこそ――惜しい。それを消さねばならぬとは」


 マツカゼの声が一段階低くなる。自らを貫くような殺意に、エリックは息をのんだ。


「……理由は、魔物を使役しているからですか?」

「それは理由の一つでござる。

 ホワイト殿は自らの状況に気付いておらぬが、貴殿には森の聖人とA-あるいはAランクの魔物がいることが分かっている。ホワイト殿がそのつもりになれば、国を亡ぼすことも新たな国を興すことも可能でござろう」


 反論するつもりはない。クーとネイラとケプリがいれば、それぐらいはできる。エリックがそのつもりになれば、力による国家転覆も可能なのだ。それを止めることが出来るのは勇者ブレイブぐらいだ。

 そこまでの理論は、アルフォンゾと同じだ。ただあの老人はクーを崇めているに過ぎない。だがマツカゼは違う。


「問題なのは『蟲使い』がそれが可能なのだ、ということでござる」

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