「……あの、僕の意思は……?」

「そんじゃ、いっくわよー!」


 事務員に教えられた区域に移動したエリック達。そこは避難が完全に完了しており、クーたちが本気を出しても誰にも見られることはないと言う事だった。

 最高レベルの情報系魔眼を持つ悪魔の言葉を疑う者もなく、クーは<変身メタモルフォーゼ>を解除し、アラクネモードとなっていた。下半身は黒を基調とした黄色斑の蜘蛛を形どっている。


「我はバスターヘラクレス! 悪魔の野望を砕くべく、ここに拳を振るおう!」


 そしてネイラもヘラクレスを纏い、臨戦態勢を整えていた。相手が悪魔と言う事もあり、遠慮をする様子は見られない。他の命を巻き込むようなことがないため、遠慮なく重戦車ジャガーノートの力を振るえると、戦う前に笑みを浮かべていた。

 単純なパワーだけではない。ネイラ個人が持つ格闘スキルもけして無視できるものではない。あらゆる状況でも重心を崩すことなく戦える技術。幾度の戦いの末に得た戦いの勘。それがネイラの強さの下地だ。


ファラオの為に頑張ります」


 ケプリも戦いの衣装に袖を通していた。元の世界での衣装なのだろう布のローブ。フンコロガシの節足を背中から剥がし、歪曲した杖を手にしている。太陽を意味する冠をかぶり、静かに立ち尽くしていた。

 元太陽神。かつての世界では朝に太陽を押し上げていたという存在。その力は世界が滅ぼされると同時に大きく減衰したが、それでも炎と土を扱わせれば古代龍にさえ劣らない。


「うん。いつも通り、中継は僕がするから」


 そしてそれらを統括するのが、蟲使いであるエリック。クーとケプリは直接<感覚共有シェアセンス>で連絡を取り、ネイラはヘラクレスを通じて情報を伝える。戦闘行為には何も貢献できないが、重要な役割だ。


「ぱぱーっと終わらせて、エンプーサ倒して、エリっちと……えへへー」

「戦う前から何ピンクになってんだよ、蜘蛛女。それはオレの役割だ」

「二人とも違いますが、モチベーションが高まるのなら止めません」

「あの、やりすぎないでね? 大丈夫だって信じてるけど」


 いつも通りと言えばいつも通りの会話を交わす。緊張感がない、というよりは緊張する理由がない。

 なぜなら――


「んふふー。本気出したあーしを止められると思わないでね、ヤンキーエルフ」

「けっ、いざとなったら<第七の誓いセブンス・オース>を発動させて止めてやるからな!」

「喧嘩するパワーは敵にぶつけてください。そうですね、ここで一番敵を倒した人が、今宵のファラオの寵愛を独占できるというのはどうです?」


 なぜなら、今のクー達に負ける要素はない。

 もともと赤騎士には圧倒していたクーとケプリだが、それも『街の人達に正体がばれないように』していたに過ぎない。ネイラも逃げ遅れた人がいるかもしれないとセーブした戦いをしていたのだ。

 だが今はそれはない。加減する理由は何もないのだ。

 そして何よりも、今ここにはエリックがいる。

 エリックがいるというだけで、自然と肩の力が抜けて気持ちが楽になる。


「いいわね、ケプリん! でも一晩中エリっちにあれこれされたら、あーし完全に堕ちちゃうかも……。やーん、エリっちのえちち!」

「そうだな。一晩中ってのも悪くない。おい、大将! 精のつく食べ物たっぷり用意してから頑張るぞ!」

「一応言いますが、ケプリも本気でいきますのでお忘れないように」

「……あの、僕の意思は……? あ、何でもないです」


 盛り上がる三人の会話を中継しながら、エリックは言葉を挟むのを止めた。やる気をそぐつもりもないし、彼女達の感情と好意は素直に嬉しい。……あと、男として嬉しい。


「うーし、それじゃあ――」

「かるーく暴れて――」

「悪魔を退治しましょう」


 言って動き出す三人。エリックは視界から三人の位置を捕捉し、オータムの何処にいるかを把握する。

 糸を使って跳躍するクー。圧倒的なパワーで建物を蹴って空を舞うネイラ。大地を隆起させて移動するケプリ。三次元な視界に戸惑うが、何とか処理していくエリック。


「見つけた! 一番乗り!」


 最初に赤騎士を見つけたのはクーだ。叫ぶと同時に糸を紡ぎ、赤騎士を絡めとっていく。六体一組のチームで動いていた赤騎士は、剣を抜く間もなく縛られて動けなくなる。


「こっちもだ。数は一〇! すぐにゼロになるけどな!」


 ネイラの拳が赤騎士を捕らえる。的確に敵の攻撃をさばき、同時に拳を叩き込んでいく。一糸乱れぬ動きをする赤騎士だが、その動きを凌駕するネイラの各問技術と重戦車ジャガーノートのパワー。天性ジョブ技術スキルの差を見せつけていた。


「魂まで燃やさないのは、ファラオの慈悲。それを感じながら潰えてください」


 ケプリの炎が通り一区画に荒れ狂う。建物には引火せず、通りに居る赤騎士だけをピンポイントで焼き尽くす炎。単純な火力だけではなく、微細なコントロールが必要となる。それを難なくこなし、そして次の赤騎士を捕捉していた。


「分かってはいたけど、僕いらないんじゃないかな」


 伝わってくる戦況を脳内で整理しながら、そんなことを呟くエリック。正に圧倒的。戦い慣れた人間複数でようやく一人が相手になるだろう赤騎士相手に、苦を感じることもなく打ち倒していく。エリックのすべきことは、破壊が過剰にならない様に見るだけだ。


「そうでもない。昨夜の戦いとは違い、町を傷つけないように意識しているのが見られる。

 やはりエリック・ホワイト。貴様は姫にとって足枷になっているようだな」


 声はエリックの背後から聞こえた。

 振り向いたエリックが見たのは、ひとりの老人。翼もつネズミの合成獣キマイラを手のひらに乗せ、殺意含んだ瞳でこちらを見ている。


「正式に自己紹介をするのはこれが初めてかの。

 ワシの名前はアルフォンゾ・クリスティ。アラクネを解放すべく、貴様を殺しに来た合成獣錬金術師キマイラ・アルケミストじゃ」

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