「ウケるわー」
「エンプーサと、その力を受けた人間の件です」
エンプーサ。悪魔と呼ばれる存在は神が作ったこの世界を邪神のモノにしようと暗躍している。普通の人間が勝てる相手ではなく、エリックが生きているのはクーたネイラがいたからに過ぎない。
「あーね。そりゃあの女どうにかできるのってあーしらぐらいだし」
「望むところだぜ。どの道
「ケプリも誘拐されていいように遊ばれた借りを返させてもらいます」
クーは軽く手を振って笑い、ネイラは好戦的な笑みを浮かべる。ケプリは無表情だが、静かに怒りを燃やしていた。
「やる気に水を差すわけではありませんが、エンプーサの脅威は低いかと思われます」
「え?」
「先日からエンプーサの魔力が大きく減少しているようです。おそらくはホワイト様を平行世界に送る際にかなりの魔力を放出したことが原因かと」
言われてみれば、あの時――エリックは異世界転移してしまって知る由はなかったが――かなりエンプーサは疲弊していた。一日二日で回復するような状態ではないだろう。
「あはははははは! ウケるわー。勝手に疲れて弱まってるとか。間抜けじゃね?」
「まさか一日足らずで異世界から召喚されるとか想像もしないだろうなぁ」
「そうですね。ただこれはそちらの公爵様の瞳と、オータム冒険者ギルド長の召喚魔術の実力あっての結果ですので」
大笑いするクー。腕を組んでにやにやするネイラ。頷くケプリ。
「……いや、僕は結構苦労したんだけどね」
実際に異世界転移させられて半年ほど戦ったエリックは、二度とごめんとばかりにため息をついた。
「じゃあ楽しょーじゃん! ま、手加減なんかしてやんないけどね」
「エンプーサの脅威度は減りましたが、彼女が契約している人間はそうではありません」
「けいやく?」
よくわからない、とばかりにエリックが首をひねる。
「『魂と引き換えに、願いをかなえてやろう』ってやつだよ。
「例えば『街中に強い赤騎士を溢れさせて、町の人を殺す』と言った災害ですね」
「……じゃあ、この街がこんな目にあったのは」
エリックの言葉に頷くケプリ。そのまま言葉を続ける。
「契約者が何を望んでこのような災害を起こしたかは不明です。ですが、悪魔の能力を使ったと言うのなら、むしろこの程度の被害は軽微かと」
「この程度って……」
「悪魔がその気になりゃ、人間の街なんか一瞬で地図から消えるぜ。巨人に踏みつぶされるとか、マグマに飲み込まれるとか。天変地異や魔物扇動、理不尽な運命とかあいつらの得意技だからな」
厄介だぜ、と言いたげにネイラは肩をすくめる。エリックは改めて、理解に及ばない相手なのだという事を理解する。
「その契約者――オリル・ファーガストですが、貴族至上主義者です」
「きぞくしじょうしゅぎしゃ?」
「貴族……そういう身分以外は人間じゃない、って思っている人だよ。僕みたいな冒険者は家畜同然と思ってるみたい」
事務員の言葉に首をひねるクー。エリックは事情を知らないクーに分かるように説明する。
「家畜どころか死んでも構わない、と思っているのでしょうね。それが今回に騒動に繋がったのかと。
貴族以外は赤騎士にして、自らの兵隊にする。貴族街が無事なのも、そういう理由です。オリル・ファーガストはこの街を貴族と仕える騎士のみで支配したいようです」
「そんなことが……できるの?」
「どんな理不尽でも為すのが悪魔なのです」
「まー、貴族とかよくわかんないけどそいつを倒せば終わるのね!」
「そうだな! 契約者を倒せば悪魔は帰る。基本だぜ!」
「お二人のそういう短絡的な所は、ケプリ大好きです。今回は間違っていませんし」
今までの話をかみ砕いたクーが結論を述べる。ネイラとケプリも、それに同意した。
「いや、そう簡単にはいかないと思うよ。相手もそれが分かっているわけだから警備も強くしているだろうし」
「簡単に行くと思われます」
「ほら、事務員さんも……え?」
「ホワイト様。彼女達の実力をもってすれば無理ではありません。ホワイト様は彼女達がやりすぎないように指示を出せばいいのです」
「そ、そうなんだ……」
はっきり断言されて、肩透かしを食らうエリック。
「はい。彼女達がやりすぎない様にだけ注意してください」
「え、うん。それだけでいいの?」
「やりすぎない様にだけ注意してください」
「そこまで言うわなくても――」
「言わないと調子に乗ってやりたい放題になるので」
事務員はクーとネイラとケプリを見る。三人は悪びれる様子もなく、不満げに事務員を睨み返した。『思いっきり暴れて良い、って言ったのそっちだろうが』……そう言いたげな目だ。
「ま、エリっちは大船に乗ったつもりでどっしり構えてて。エンプーサがよわよわになったのなら、問題ナッシングなんだから」
「そうそう。変な横やりでも入らない限り、負けることはねーよ」
「あのなんとかとかいう人間の精霊剣使い程度では横やりにすらなりません」
言って胸を張る三人。確かにカインが何かしてきても、この三人をどうにかできるとは思えない。敵は
――その時までは、そう思っていた。
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