「何故じゃ?」

「ワシの名前はアルフォンゾ・クリスティ。アラクネを解放すべく、貴様を殺しに来た合成獣錬金術師キマイラ・アルケミストじゃ」


 殺意を隠そうともしないアルフォンゾの言葉に、エリックは息をのんだ。

 対峙するのはこれが二回目。手にしたネズミの合成獣キマイラはおそらくアルフォンゾの武器だろう。命令を下せば、文字通り瞬き一つの間にエリックを殺す暗殺用の獣。


「……僕の周囲にどれだけの合成獣を配置しているんです?」


 慎重にエリックは問いかける。

 彼の性格と合成獣キマイラの大きさからすれば、目の前にいるネズミが本命ではない。むしろこちらは分かりやすい脅し用だ。そちらに目をやって、不意を突く。暗殺用に作られたのだから、それぐらいはやるだろう。


「さてな? 言えば姫の糸で捕らえられる。姫の事じゃ。遠く離れてもお主を守るために糸を飛ばしておるんじゃろうよ。

 否、そうでなければ崇めるには値せぬ。洗脳されているとはいえ、貴様を守ろうとする意志はあるのじゃからな」


 対しアルフォンゾは怒気を込めて言葉を返す。アラクネを使役する蟲使い。その在り方を唾棄するように言い放った。


「そう思うのなら、出直してきたらどうです? この状況での暗殺は無理なんでしょう?」

「ふん。暗殺するつもりなら声はかけん。姫が本気である以上は、貴様を攻撃してもすべて絡めとられる。

 だから――」


 老人に集中するエリックの脳裏に、クーとネイラとケプリの声が響く。


『エリっち無事!? 何があってもあーしの糸で守るからね!』

『そこまでならジャンプして一秒だ! だからそれまで死ぬなよ大将!』

ファラオを守るのがケプリの役割です。ご安心を』


 心配する声に大丈夫だと返す。クーの糸だけではない。いろいろなものに守られているという確信がある。だからエリックは安心して目の前の老人と相対できた。


「だから――貴様に自害してもらう」

「そ、それは確かにクーたちの手助けは届かないよなぁ」


 予想外の言葉に、思わず声が裏返りそうになるエリック。


「ふん、余裕じゃな。だがおぬしはかなり虐げられていた様じゃな。

 蟲使いと言うジョブで世間から軽蔑され、虫への嫌悪感を叩きつけられるように苛められ、職も碌に与えられずに世間を彷徨ったとか」


 アルフォンゾの言う事は事実だ。エリックは黙ってそれを聞いていた。


「流れ流れてたどり着いた冒険者と言う仕事も戦うことが出来ず、常に最底辺の扱い。

 今は姫を使うことでどうにか冒険者としての体裁を整えているが、それでも冒険者としては失敗続きか」

「返す言葉もございません」


 アルフォンゾの目を見ながら、そんな言葉を返すエリック。


「謙遜じゃな。姫の能力を用いて失敗することなどあり得ぬ。その裏で何があったか、ワシはしっかり調べてたわ。

 ワシとの出会いの時も、ミイラの襲来も、貴族に冤罪をかけられた時も。その見事な采配ぶりを合成獣キマイラを通して見させてもらった」

「――――」


 予想外の言葉に、エリックは言葉がつまった。罵倒されるのは慣れている。だけど、高く評価されるのはあまり慣れていない。ましてやそれが、自分の好きな人を狙う相手からは。


「その気になれば英雄となることもできたじゃろう。いや、今もそうじゃ。冒険者ギルドの思惑を蹴り、姫を完全制御した蟲使いとしてその身を喧伝すれば街を救った英雄になれる。

 あるいは、この街を支配することも可能じゃろうて。貴様にその気があれば国すら取れると見ておるぞ」

「それは――うん、クーの実力があればできるかもね」


 謙遜しようとして……アルフォンゾの言葉に頷くエリック。実際、クーの実力はすごい。正直、ただの冒険者や騎士には負けるつもりはないし。勝負になりそうなのは聖人セイント勇者ブレイブぐらいだ。

 アラクネ《クー》と聖人ネイラが喧嘩をしたら、実力均衡。エリックが加担した方が圧勝する。そんな予測もできる。


「何故じゃ?」

「はい?」

「何故他人を見返そうと思わん? いいや、何故自分の才能を世間に見せようとせぬ?

 姫の正体が世間に知られるのを恐れて秘匿する分には納得はできよう。じゃがこの騒乱に乗じて行動することはできるじゃろう。ワシはそうすると信じていた。世間に認められなかった貴様は、これを機会に姫を使って閉じ込めていた自らの実力を見せつけると。

 じゃが貴様は一貫して街を救うなどと言う戯言に身を投じる。姫を世間から隠し、自分を認めない者を助けようとする。何故、そうするのじゃ?」


 静かに問うアルフォンゾ。

 その疑問に対する答えはあるが、その前にエリックには確認することがあった。 


「……あの、僕に自殺してほしいんじゃなかったっけ?」

「ふん。貴様の甘っちょろい考えがなくなれば『エリック・ホワイトは自害した』も同然じゃ。姫が自由に暴れ、世間に崇められるようになればワシとしては貴様の生死などどうでもいい」

「あ。そうですか」


 この老人にとって死んでほしいのは『クーを世間から隠そうとする』存在らしい。それ以外はどうでもいいと言う事か。


「何故、の答えは……本当に申し訳ないんだけど。

 独占欲、かな。大好きな人を傍に置いておきたいっていうか。誰かに崇められると遠くに行っちゃうような気がして」


 嘘偽りなく、エリックはアルフォンゾの質問に答えた。


「……ふん。つまらぬ欲じゃな。そんな個人の欲望であれだけの逸材を潰そうとは」

「うん。クーは、誰にも渡さない」


 エリックは迷うことなくそう答える。

 たとえ三人に守られていなくとも、それだけは偽れない事実だから。

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