「ん……」

「じゃあさ、る?」


 というクーの甘い誘いから小一時間後。


「気が付くと、ベッドの上で寝巻を着ている僕でした」


 なぜか説明口調になるエリック。

 クーの言葉に脳が揺さぶられ、ショックで流されるままに行動して今事態を認識したのである。


「よし。改めて状況を確認しよう」


 頷き、天井を見上げるエリック。

 場所はピラミッド。いつもエリックが寝ている寝室だ。着ている服もピラミッドにあるシルクの寝巻。ギルド長には『明日の朝には戻りますから』と告げ、『ああ、大変だろうけど頑張って』『ゆっくりお楽しみください』などと激励(?)の言葉を受けて転移して――


「あ、エリっち元に戻った」


 そして湯あみを済ませたクーが隣にいるのである。クーもシルクの寝巻を纏っていた。薄布一枚向こうにある褐色の胸がその存在を主張している。


「いや、その、戻ってきたんだけどクーの姿を見てまたクラっときた」

「あははー。ようやく普段のエリっちが戻ってきた感じ」


 からかうように身を寄せるクー。寝巻越しに互いの体が触れあい、これから何をするのかをいやおうなしに理解する。


「あの……僕こういうことするの初めてで、なんていうか色々手間取ったり失敗したりするかもしれないけど……」

「うんうん。だいじょーぶだよ。っていうかあーしから誘ったんだから気にしないで」

「いやでも、クーは大事にしたいし。痛かったりつまらなかったら悪いっていうか……」

「エリっち緊張しすぎ。……ん、でもその気持ちは嬉しいかな」


 動揺するエリックに微笑むクー。


「あーし、そんなふうに言われるの初めて。大抵の男は強引だったり自分の事だけだたり酷いのばっかだったし」

「あー……そ、そうなんだ」

「あれ? もしかしてエリっち初めてじゃないと駄目なタイプ?」

「いや、そこまでは。クーは魅力的だし、そう言う事もあるかもとは思ってたけど……」

「けど?」

「素直に言うと、少しムッとしてる。別にクーが悪いとかじゃなく、僕の心が狭いだけなんだけど」


 自分よりクーを先に知っている者がいる。そう思った瞬間に胸に嫉妬の心が湧き上がってきた。自分でも心が狭いと思ってはいるけど。


「んー。素直でよろしい」

「情けないなぁ、僕」

「そんなエリっちにチート技を教えてあげるね。エリっちだけが出来るあーし攻略法。

 エリっちの<命令オーダー>使ったら、あーしを好き放題できるよ。昔の記憶を失った初々しい反応だろうが性奴隷だろうが感度マシマシだろうがそれこそエリっちの理想のままに。どう?」

「どうって……」

「あーしはいいよ。エリっちなら全部許しちゃう。そんだけエリっちに必要とされてるんならあーしは――」

「クー」


 言葉を続けようとするクーに、エリックは強く制するように言葉で止める。


「僕が好きなのは、今の君なんだ。今の君が理想なんだ。

 だから、<命令オーダー>とかで僕好みに変えるようなことなんか、しない」


 手を伸ばし、クーの肩に手を置くエリック。


「自分勝手でワガママでボクをからかって」


 置いた手に力を込めて、クーを抱き寄せる。抵抗することなく、クーはエリックに体を預けた。


「でもそれは誰にも支配されない可愛さで、それなのに他人のことを考えて行動して」


 ずっとずっとそばで見てきたアラクネ。あの日出会って、ずっとそばにいた女。


「僕はそんなキミがいいんだ」

「……エリっち……。あーし、そんなにいい子じゃないよ。

 最初近づいたのだって、エリっちに傷を癒してほしいだけだっただし。からかいがいのある男だなー、っていう気持ちもあったし」

「うん。僕も自分のスキルが通じて喋れる相手だったから、っていうのもあった。スキルに対する反応が嬉しかったっていうか」

「何それ!? あーし癒しにゃんこな役割だったの! うわマジショック!」

「うん……。その、ごめん」


 抱きしめ合いながら、出会った当初のころを回顧する二人。


「……ばか。

 エリっちもあーしのこと怒ってもいいのよ。よくも僕を利用してくれたんだ、って」

「それはないかな。利用されるにしても、得もあったし」

「得?」

「その……。クーの胸とか太ももとか、そういうのが間近で見れたのとか、添い寝した時の柔らかさとか……。<癒し《ヒール》>した時の気持ちよさそうな声とか」

「エリっちえろーい」

「ごめん! でも男子なんで仕方ないんです!」

「許してほしかったら、キスして」


 額を突き合わせ、すがるように口を開くクー。そのまま唇を半開きにして、エリックの行動を待った。


「ん……」


 迷うことなく重ねられる二人の唇。呼吸すら忘れるほど、二人は互いを求めあう。

 唇を離したのは果たしてどちらからか。蕩けるようなクーの表情。それが笑みに変わる。


「えへへ。エリっちとキス、しちゃった」


 クーも男と唇を重ねることは初めてではない。

 だけどここまで愛され求められたのは初めてだった。肉欲だけではない。利用するための技術でもない。ただ、自分を愛しての口づけ。動作から伝わる、確かな愛。


「クー」

「ん。エリっち」


 互いに名前を呼び合い、そしてそのまま二人は重なり合った――

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