「え?」
「エリっちー!」
ドアの向こうに居るエリックを見て、クーは肩を叩くようにハグをする。
(よかったー。帰ってきたんだー。一時期は帰ってこないかも、って思ったから安心した!)
エンプーサの言葉を思い出し、二度とエリックに会えないかもと言う恐怖があった。だけど今こうしてここにエリックがいるのだ。その怯えを隠すようにエリックに体を寄せて肩を叩く。
(んー。エリっちの匂い。エリっちがアワアワしてる間にもう少し堪能しよーっと)
クーはエリックの反応を予想しながら、そんなことを思っていた。だいたい十秒ぐらいどうしようかと慌てた後に、周囲を気にして優しく押し返す。その時もできるだけ
そんな予想を立てていただけに、
「え?」
エリックの腕が自分の肩と腰に回され、力強く抱き寄せられたのはクーにとって予想外だった。
「クー」
耳元でささやかれる自分の名前。そこに込められた想いという熱。甘く、そして力強い気持ちが込められた声。
(なななななななななななぁぁぁぁぁ!? ちょ、声だけでマジ体蕩けそう……!)
(ぎゅーって抱きしめてくるし!? 今日のエリっち攻め攻め!)
(このまま身を任せて為すがままに――!)
「会えてよかった。ネイラも、ケプリも」
「……へ?」
目を閉じて次のエリックの行動を待つクーだが、突如離れてネイラとケプリに近づくエリック。
「ネイラ」
「――お、ぉう……」
ネイラを抱きしめるエリック。突然の事に驚くネイラだが、クーという前例がることもあってショックは少ない。少し余裕をもって、エリックの首に手を回した。
「キミに会えてよかった」
「はは、大将も大胆だな」
そのまま暫く抱擁し、そしてケプリの方に向き直るエリック。
「ケプリ」
「はい、
そして膝を曲げ、ケプリを抱きしめるエリック。ケプリは優しくエリックの抱擁を受け止めた。
「ありがとう」
「はい。ケプリも感謝しています」
クーとネイラよりも余裕をもって、ケプリはエリックを抱きしめる。泣きじゃくる子供をあやすように、エリックの髪を撫でた。
「……え? え、どういうこと!?」
クーは支えを失ったかのようにその場で座り込み、エリックを見ていた。正確には、自分達を求めるエリックの行動に驚いていた。
「皆がいるってことが、こんなに幸せで――僕にとってこれ以上のことはないんだって気付いたんだ。
君達を離さない。ずっと一緒に居てほしい」
ストレートに自分の気持ちを告げるエリック。
その言葉が本気であることも、気の迷いでない事も、ましてや目の前にいるエリックが偽物でない事もクーは理解していた。
「ふぁい……! や、待って! その、あれだよね! それってそーいう事だよね!
……あーしのこと、好きって意味だよね?」
「いや待て。皆、って言ったんだから蜘蛛女個人だけじゃねーぞ」
「そうですね。ですが本当に何があったのです、
「あ、うん。ごめん。自分の事しか考えられなかった」
「……マジ?」
エリックと一番付き合いの長いクーは『自分の事しか考えられない』エリックの異常を理解できた。
エリックは自分自身を卑下している。自分なんてどうでもいいと思っている。
他人を助けることを主眼とし自分の事を顧みないエリックの在り方に、むしろ恐怖を覚えたぐらいだ。いつかその信念のままに自らの命を投げ出すのではないかと言う怖さがエリックにはあった。
(それぐらい追い詰められたんだ、エリっち……)
平行世界に飛ばされた、とは聞いていたがそこでどんな目にあったか。
「えーと。先ずその世界は
説明を開始するエリック。その昆虫種を支配するもう一人の自分――蟲王エリック・ホワイト。その世界でのクーたちの状況。そしてその戦いの結果。
「そっか、大将は向こうの世界を無事救えたんだ」
「どうだろうね?
「それは
「まー、それはよきよきなんだけど……エリっちなんであそこまで切羽詰まってたの?」
クーの質問に、エリックは十秒ぐらい逡巡した。恥ずかしいけど、避けては通れない事だとばかりに口を開く。
「その……向こうの世界に半年ぐらい過ごしてて……。その間、クーとネイラとケプリに会えなかったから。出会えてすごく嬉しくて……。
情けないってことは十分承知してるんだけど、僕にとっては半年間会えなかったことはかなりきつかったことで! それでクーたちを見て思わず感情のままに……!」
抱きしめてしまったんですごめんなさい。そう言いたげに手を合わせて頭を下げた。
「や。謝んなくていいから。むしろそこは謝んないでほしい」
「クー?」
「エリっちはあーしらを好きになることが間違いだって思ってる? あーしはアラクネだから、好きになれない?」
「そんなことはない! クーはすごくかわいくて、寂しがりやでほっとけなくて。一緒にいて楽しくて、それはアラクネとか関係なくて!
ないんだけど、僕は蟲使いで――」
エリックの唇を人差し指を当てて止めるクー。
「蟲使いで万年Eランクの冒険者でちょっとヘタレで、そんなエリっちのことが大好きだよ」
「おう、オレもだぜ!」
「はい。ケプリも
だから間違ってないんだよ。
その気持ちは正しいんだよ。
そんな思いを込めて、クーは微笑んだ。
「って、エリっち何泣いてるのよ!?」
「え……? あれ?」
クーに指摘されて、エリックは自分が泣いていることに気付く。慌てて涙を拭くが、どんどんあふれてくる。
「あれ、嬉しいはずなのに……僕は、嬉しくて幸せなのに……。
はは、情けないよね。好きだって言われて泣くとか、本当に――」
あふれる感情のままに涙を流すエリック。今まで差別され、底辺を生きてきたエリックにとって、相手の好意を真正面から受け入れる心の許容量はなかった。
ただ、どうしようもなく嬉しい。それだけで涙があふれてくる。
「あー、もう。本気で嬉しいんだね。あーしらに好きって言われて」
クーはそんなエリックを抱きしめる。そして、
「じゃあさ、スる?」
優しく甘く、そう耳元で囁いた。
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