幕間Ⅹ 一夜
「貴方は……!?」
「――え?」
周囲は仰々しい魔術器具。重くのしかかる空気は何かしらの魔術現象だろうか。その空気がエリックを中心に渦を巻いていた。
「よし、召喚完了だ。よかったよかった」
「あれ? ここは……?」
「ここはオータムシティの冒険者ギルドだ。君は元の世界に戻ってきたんだよ」
「正確には、平行世界からこちらに召喚した、という形ですが」
声がする方を振り向くと、そこには見慣れたギルドの事務員と初老の魔術師らしい男性。冒険者ギルド長の印である腕章を胸につけている。
だがそれよりも、エリックはその男性に見覚えがあった。
蟲使いとして社会から弾かれ、路頭に迷うエリックに生きる術を教えてくれた人に。
「貴方は……!?」
「うん。久しぶりかな。まさかあの時の子供がギルドの門を叩いてくれるとは思わなかった」
「まさかギルド長だったなんて……」
長くギルドに通っているが、ギルド長と直接顔を合わせるのは初めてだった。然もありなん。エリックは底辺も底辺のEランク冒険者。ギルドの上に居る者の情報なんて耳にする事はない。
「キミの活躍は色々い居ているよ」
「あ。すみません。いろいろご迷惑をおかけして。ギルドのお荷物ですみません」
「確かに依頼の成功率は低い。他のギルドを見てもなかなか例を見ない成績だ」
Eランクから脱却できない冒険者は、まずいない。
それはこの世界がジョブとスキルにより最適な仕事が分かっているからだ。商人系のジョブを持つ者は商家に奉公し、芸術系ジョブを持つ者は自らアトリエを持つために奮起する。
エリックのように、戦闘スキルも魔法スキルも持たないのに冒険者を目指すものはまずいないのだ。それでもエリックが冒険者を続けられたのは、
「それでも『冒険者は誰かを助けるものだ』……その信念を貫いてくれたんだね。
けしてズルをすることなく、困っている人の為に頑張ってくれた。それが一番うれしいよ」
そう。
エリックはただ、誰かを助けたかった。それが出来るのが冒険者なのだと信じていた。
それが現実的ではないと知っても、それを為すための力がないと知っても、それでもエリックは冒険者を止めなかった。蟲使いのスキルを使い、どうにかこうにか続けてきた。
泣き出しそうなことなんて数えきれないぐらいだった。吐き出しそうなことなんて覚えてすらいない。逃げ出そうなんていつも思っていた。
それでも最後の一歩を踏みとどまった。
「貴方に助けられた嬉しさを、誰かに与えたかったからです」
迫害されたエリックに刺し伸ばされた、手。
それはわずかな期間だったけど、それでもその手は嬉しかった。その手と教えを支えにして、進んでこれた。
その結果は万年Eランクと言う悪評だけど――
「それはもう、叶っているんじゃないかい?」
「え?」
「キミが助けたアラクネは、感謝しているんじゃないかい?」
ギルド長の言葉にハッとするエリック。
あの日助けたアラクネ。エリックが初めて助けることが出来たモノ。
「いや……でも、それからは助けられてばかりだし。僕なんかいない方がずっとクーは元気に動いて――」
「うん。その事なんだけどね」
ギルド長は突然口調を固くして、エリックに迫る。そのまま窓の外を見るように指で促した。
エリックは示されるままに窓の外を見て――
「何あれ!?」
そこには、白い糸で形成された巨大な壁があった。例えるなら、幾重にも張り巡らされた蜘蛛の糸。街の建物を基点とし、向こう側が見えなくなるぐらいにまで重ねられた糸の集合体。
それがギルドの西側一面に広がっていたのだ。広さにすれば通り数ブロックはあるだろう。小さな白の城壁レベルだ。
「……もしかして、あれ、クーが?」
エリックの問いに、沈痛な表情で頷くギルド長。その表情のまま続ける。
「北側は
「……ネイラとケプリ?」
「キミが上手く制御しないと、こうなるんだ。だからキミがいない方がいいなんて言うもんじゃない。
この言い訳と処理をどうするかを考えると、胃と頭が痛くてね……」
「ご、ご愁傷様です……」
責任を取る立場の苦悩はエリックには分からないので、そうしか言えなかった。
「しかし件の赤騎士の侵攻は確かに止まりました。
あの三人がいなければ、ギルド内まで攻め入られていたでしょう」
「まあ……そうだろうね。本当に無尽蔵だな、あの騎士は」
「騎士……ああ、もしかしてあの赤い騎士」
事務員とギルド長の会話を聞いて、記憶を呼び起こすエリック。そう言えばそんなこともあった気がする。
「もしかして、忘れていたのかね?」
「すみません。その……平行世界に飛ばされて、向こうで半年ぐらい色々あったんで」
「ああ、召喚のズレか。こっちはキミが平行世界に飛ばされてから、半日ぐらいしか経っていないよ。
……早く召喚しないと、あの三人の『防衛』で街がどうなるかわからないんでね」
「あー……はい」
色々いたたまれない気分になるエリック。
「そうだな。その辺りも含めてじっくり話し合ってくれ。
半年も時差があるんだ。いろいろ積もる話もあるだろう」
ギルド長が言うと同時、部屋の扉が開く。
「エリっち!」
「大将!」
「
そこにはいつもの笑顔を浮かべるクーとネイラとケプリがいた。
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