「僕は彼女達を愛している」

 ――同じスキル、もしくは相反するスキル同士がぶつかり合った場合、それはスキルの使い手同士の綱引きとなる。

 エーテルの強さを基本とし、外敵内的な様々な要因を加味して力の強い方の効果が発揮される。


「……?」


 蟲王エリックは異世界の自分が<命令オーダー>を使わない事に訝しむ。それ以外にこの状況を乗り切る方法などない――否、それを使っても乗り切れないのだが。


(それを悟って諦めたか)


 そう結論付けた蟲王エリック。アラクネの糸が絡みつき、同時に重戦車ジャガーノートの蹴りと元太陽神の炎が湧き上がる。相手に受け身さえとらせない一撃。打撃も炎も一級品の攻撃。


「馬鹿な……!?」


 だが、それも当たればだ。


「何故、余に逆らう!? <命令オーダー>は為されなかったぞ!」

「うん。ボクが使ったのは彼女達のことを知るための<情報探査サーチ>と、そして――」


 蟲王エリックは自らを縛るアラクネの糸を見た。まるでエリックへの攻撃を止めるように放たれた糸を。

 蟲王エリックはねじ曲がった自分の足を見た。ヘラクレスがエリックへの攻撃を避けるよう動いた足を。

 蟲王エリックは渦を巻く炎を見た。まるでエリックを避けるように操作された炎を。


「<感覚共有シェアセンス>。それを使って、僕の世界の彼女達の事を伝えた。体験させたんだ。

 皆はこんな世界もあったんだって、教えてあげたんだ」


 エリックから見たクー。エリックから見たネイラ。エリックから見たケプリ。それを共感させ、伝えた。そして彼女達は、ありえなかった選択肢を体験した。

 ただそれだけだ。攻撃を止めろ、なんて<命令オーダー>しない。ただ苦しむ彼女達に、君達はこんなに笑えるんだよと伝えたかっただけだ。


 その気持ちが、蟲王エリックの支配力より上回った。ただそれだけのことだ。

 アラクネの糸は蟲王エリックを締め付け、ヘラクレスの装甲は少しずつ捻れ、炎は天に昇って槍となりその穂先を蟲王エリックに向ける。


「――はっ! そんな戯言で余の暴力を克服したというのか!?

 ありえぬありえぬありえぬ! 優しさなどで心の傷は克服できぬ! 同情程度で、暴力に抗うことなどできぬ!」

「そうだね。僕もそう思う」


 蟲王エリックの叫びを、エリックは理解できた。

 蟲使いとして受けた様々な痛み。それは簡単には克服できなかった。エリックに優しい人もいたし同情されたこともあった。それでも克服なんかできなかった。

 だから、これは優しさや同情なんかではない。


「――僕は彼女達を愛している。その笑顔を守りたい」


 共に戦い、連れ添った時間と経験。そして生まれた想い。

 その気持ちが彼女達を動かしたのだ。


「ふざけるなぁ! 愛だとぉ! そんなもので、そんなもので余のスキルに打ち勝ったというのか! スキルを乗り越えたというのか!」


 認められない。そう叫ぶ蟲王エリック。だけど、


「だけど。スキルやジョブが全てじゃない。そう思いたかったのもエリックぼくだよ」

「……っ!?」


 そうだ。

 蟲使いとして生きて、スキルやジョブで差別されて。

 それでも頑張ろうと頑張っていた時がある。スキルの有無で全てが決まる世界だけど、それでもスキル以外で認められようと努力して、そう嘆いて。


「余は……間違ってなどおらぬ!

 蟲使いとして生きよと神に言われ、泥水をすすりながら生きてきた! 血反吐を吐き、多くを奪って生きてきた!

 それが、その努力が間違っていたというのか!?」

「いいや。きっとキミは正しい。……むしろ、ここで愛とか他人の気持ちに頼る僕の方が間違っている」


 蟲王エリックの叫びに、エリックは静かに首を振る。

 結局のところ、エリックは何もしていない。ただ彼女達に伝え、任せただけだ。

 これまでのように。


「はっ……正しい余が負け、間違っている貴様が勝つか。実に滑稽!」

「うん。それに僕が勝ったところで、何も変わらないけどね」

「だろうな。昆虫種インセクタが絶滅すれば、次に討たれるのは貴様だ。この世界の第二の蟲使い。余と同じ魂を持つ存在。

 危険視され、第二の蟲王を恐れた輩から殺される未来が見えておるわ!」


 だろうね、とエリックは呟いた。

 一緒に戦ってくれた人はいい人だけど、それがこの世界の総意ではない。蟲王エリックの言うような人もいるだろう。


「そーなんだよなぁ。……どうしよう?」

「……お主、そこは考えてなかったのか?」

「考えていたけど、三人に会いたくて」

「…………余はこんな色ボケに負けるのか。解せぬ!」


 やり直しを要求する! と言いたげに叫ぶ蟲王エリック


「ははは。ごめんね。実のところ、キミに恨みは全くないんだ。三人のこと以外では」

「口惜しい。いずれ勇者ブレイブに滅ぼされるかと思っておったが、まさか自分自身に負けるとはな!

 全く、後悔ばかりの人生であったわ――!」


 言って大笑いする蟲王エリック

 アラクネの糸が首を絞め殺すのと、装甲が関節をねじ切るのと、炎の槍が貫くのと。それらはほぼ同時に行われ蟲王エリックの命を絶つ。

 蟲王エリックエーテルが消える気配。倒したのはクーとヘラクレスとケプリの為、その魂がエリックの力量けいけんちになるわけではない。


「あ……」


 ただその立ち昇る魂の中に、確かにクーとケプリの気配を感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る