「待っていたぞ」
エリックの人類解放の進撃が始まった。
「ここが、蟲王城」
そしてエリックは
最後の戦いは、激戦を極めた。エリックは蟲使いのスキルを駆使して戦場を操作し、この世界の者達は明日の平和の為に死力を尽くす。
(……これで戦いは制したも同然だ。後は……)
戦いの趨勢を見た後に、エリックは城の中を走る。時折襲い掛かる地獄の虫を足止めし、時にはその力を使って城の中を進んでいく。
「待っていたぞ」
そして、城の最奥。そこに待つ蟲王と邂逅する。
「驚いたな。まさかとは思っていたが、本当にそうだとは」
「僕は逆にそうだと思っていた。エンプーサは『エリック・ホワイト』を基点にしてこの世界に飛ばした、って言ってたし」
エリックは、目の前の男にそう言い放つ。
「ようこそ、異世界の
蟲王――エリックと同じ姿形をした男は、エリックを前に笑みを浮かべた。
「初めまして、異世界の
エリックは様々な感情を含めて、蟲王を見る。責めるつもりはない。説得する言葉もない。
「この世界は『昆虫種とエリック・ホワイトが出会った世界』なんだね。僕も出会っていたら同じことをしていたかもしれない」
蟲使いとして世間から疎まれ、差別され、力の差にあえいでいた。そんな時に自らの言う事を聞く兵士を与えられれば?
平行世界とか異世界とか、そんな知識はエリックにはないけどそれでもそんな選択肢があったらそうしていただろうことは分かる。ほかならぬ、自分自身の事なのだから。
「ならなぜ歯向かう? 余の所業に怒りを感じたわけではなかろう。確かに目の前で惨劇を見せられれば怒り狂う。そこまでは理解しよう。街一つ解放し、そこに集まる亜人を守る。それぐらいなら余も受け入れた。
だが余の――そして自分自身の心情を察しながら、なぜここまで来た?」
蟲王はエリックがここまで攻めてきた理由を測りかねていた。
目の前で苦しむ人がいれば、助けようとする。それは同じ自分自身だから理解できる。だがそれは目の前のことだけだ。世界そのものを救おうという気概は、エリックにはない。
目の前の幸せを守る。それで十分のはずだ。
「まさか余が元の世界に戻るための術を知っていると思ったか? あるいはそう騙されたか?」
「まさか。僕だってそこまで馬鹿じゃないし――そんな戯言に乗って戦争なんかしない」
「だろうな。ならばなぜここまでして余に会おうとした?」
「クーがこの世界に居ないからだ」
この世界の趨勢よりも大事なことを、エリックは口にする。
「クーだけじゃない。ネイラも、ケプリもいない」
「……ほう、女恋しさか。女々しい理由だな」
「うん。そんな理由だ。死んだのなら仕方ないと思うし、もしましたらこの世界には存在しないのかもしれない。
それでも、可能性があるならここ。この世界のエリックと一緒に居るのが一番可能性が高いと思ったから」
ただそれだけの為に、ここまで来た。
わずかな可能性。これで駄目ならあきらめもつく。それを女々しいというのならそれでもいい。だけどそう割り切って身をひそめることが出来るほど、エリックの心の中をしめる彼女達の割合は低くはなかった。
「大したものだ。連中を扇動したのは女に会いたいからか。そして決戦最中に陣中を離れ、余に会いに来た。戦略の要を失い、戦場はさぞ混乱しているだろうな」
「僕の役割はほぼ終わった。ここまで導いたんだから、後は彼らの戦いだ。
質問に答えてほしい。クーたちは何処?」
「くっくっくっ。ここでしらを切っても面白いが……我が顔が怒りで歪むのを見るのも一興。
見るがいい、異世界の蟲使い。あの女は、余の一部となった」
言うと同時に蟲王の背中が膨れ上がり、8本の蜘蛛の足が生える。それぞれの足か糸が放たれ、城内に白く強固な糸が張り巡らされた。
「これは、クーの糸……!」
「アラクネだけではないぞ。エルフの聖人を殺して奪った神の遺産たるヘラクレス。異世界の太陽神たるフンコロガシ。その
その全て、余のが血肉となったわ。蟲使いの力で肉を散々凌辱し、精神を絶望に染め、魂を服従させた。この身こそまさに蟲王。この糸が全てを察し、この装甲が全てを弾き、この炎と土が全てを支配するのだ!」
少しずつ変化していく蟲王。おぞましい蟲の姿に変化する姿の中に、クーとネイラとケプリの残渣らしいものが見えた。――らしい、というのはその表情はエリックは見たことがない表情だからだ。
信じられた思いを裏切られ、想像を絶する穢れを受け、それが終わらない絶望。そうすることで、あの三人の力を自分の中に取り入れたのだ。生きたまま、自分と同化させて。
「ああ、そうだよね。あの三人が一緒なら、世界を支配するぐらいに強くて当然だよね」
言ってエリックは前に進む。
異世界の自分には同調できた。だけどそれはさっきまでの話だ。
「ここで終わらせる。彼女達を解放させてもらう!」
「させぬよ。貴様を倒し、再び世界を支配する。世界に虐げられるのは、もう耐えきれぬ!」
ほんのわずか道を違えた自分どうしの戦いが、始まる。
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