「異世界……平行世界?」

 一瞬真っ暗な空間に閉じ込められたと思ったら、見知らぬ街の裏道にいた。

 エリックの体感はその程度。言葉通り、一瞬きの間に事が終わっていた。

 だが、エリックは感覚で理解していた。

 ここが自分が元いた世界ではない、という事を。


「クー! ネイラ! ケプリ!」


 さっきまで<感覚共有シェアセンス>で繋がっていた感覚はもうない。叫んでも三人の声が聞こえてくることはない。


「異世界……平行世界? とにかく、状況を把握しないと」


 混乱するエリックだが、すぐに行動を開始する。頼れるものは此処にはいない。ゴブリンにすら勝てない自分が出来ることは、とにかく知ることだ。知ってそれから行動する。


(……う)


 裏道から表通りを覗いた瞬間に、明らかな異常を見つけて口元を押さえる。

 首輪にリードをつけられ、荷を運ぶ人間。

 檻に閉じ込められたエルフが、町に魔力の灯りをともしている。

 力在るオーガが荷車を運ぶ動力となっている馬車。

 エリックの世界では亜人や人と呼ばれる存在が、奴隷となって扱われていた。道具として使用されていた。反抗することが出来ないのか、その瞳は絶望に曇っている。

 そしてそれを支配しているのが――


「ちっ、使えない。下等種族共が」

「我々昆虫族インセクタに比べれば劣るのは仕方なかろう。労働力として生かしてやってるのは、王の慈悲だ」


 バッタのような顔を持つ、二足歩行の種族だ。


「もっと力入れて働け!」

「休んでる暇などないぞ。お前らの代わりなどいくらでもいるんだ!」


 オーガを殴り、人間を蹴って転がす。そんな光景が街中で見られた。


(つまり……ああいう種族がこの世界を支配しているのか)


 武器らしい武器を持っているわけではないのに、オーガは殴られるたびに苦しそうに声を上げ、次第に身を守るようにうずくまる。殴られた箇所は青くはれており、震えが痛みに対する恐怖を示していた。


「くそ。新しい『肉』を用意しないとな」

「次はもっと頑丈なのを擁してもらおうぜ」


 まるで壊れた道具を買い替えるように――彼らからすればそのままなのだろう――オーガを壊し、そんな会話をしていた。


(見つかれば、僕も同じように扱われる。奴隷として捕まり、死ぬまで労働させられる)


 だから逃げるべきだ。ここから離れ、彼らのいない場所を見つけてひっそりと暮らす。きっとそうしている人もいるはずだ。そういう人達と合流するのが、正しい。オーガを殴って従わせる彼らに逆らうなんて、愚の骨頂――


「やめろ」


 愚の骨頂、なのに。

 エリックは思わずそう言って、表通りに出ていた。

 うずくまるオーガ。あの姿を自分と重ねてしまった。圧倒的な力に耐えるしかない姿。それは蟲使いとしてうずくまる自分と同じだと。

 それに背を向けることは、出来なかった。


「なんだ? 首輪のつけ忘れか?」

「人間かよ。せめてオークとかだったらコイツの代わりになるんだけど」

「魔力も低いし、家具の代わりにもならねぇ。とんだクズ種族だ」


 エリックの言葉に対する反応はそんなものだった。取るに足らないトラブル。それを見つけたかのような徒労感。解決してもあまり得にならない厄介事。

 オーガすら殴り伏す彼らにとって、人間の価値などその程度。ましてやエリックは武器も碌に振るえないのだ。まともに殴り合えば、億に一つの勝機もない。



 だからまともに殴り合わない。

 ただ<命令オーダー>するだけだ。その言葉に反応したのか、昆虫族の動きが止まる。身体を動かしたいのに動かせない。そんな恐怖が彼らを支配していた。

 そのまま昆虫族の横を通り抜ける。その際に腰につけた鍵束を手に入れ、オーガの手錠と首輪を解除する。


「オ……オオ……?」

「他の人も助けたい。協力してくれるかな?」

「オオオ……アアアアア…‥!」

「大丈夫。あの昆虫族インセクタは僕が止めるから」


 怯えるオーガにそう言い募る。そのまま街を見た。

 何が起きているのかわからない。昆虫族インセクタに表情はないが、そんな空気が漂っていた。当然だろう。今まで支配していた相手が何か言っただけだ。なぜ言われた相手は動かないのか? 動きが止まっている当人すら、理解していない。


(虫に近い種族だから確信はあったけど、彼らに蟲使いのスキルは通用する)


 アラクネのクーにも通じたのだ。通じないはずがない。


昆虫族インセクタ。君達は強いんだろうね。この世界の支配者になるぐらいには。

 だけど――僕は君達の天敵だ」

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