「…………うそ、でしょ?」

 カインの撤退からおおよそ三十分後、エリックも血騎士の出没場所を押さえる為に貴族街に近づいていた。

 そして虫の五感を通じて、町の様子を見る。この騒動の中で、何も変わらない貴族街を。


「え?」


 何かおかしい。それを察したエリックは即座に皆にこの事を伝える。


「どういうこと? そこだけ平和ボケしてるの?」

「いいえ、<幻想結界ファンタズムワールド>の効果でしょう。その場所だけ『世界を書き換えて』何もないようにしているんです」

「ってことは、ますますラスボスがそこに居るって事だな!」


 ネイラの興奮した声。それに間違いはないだろう。原則、スキルの効果範囲には起点がある。クドーは『料理を食べた者』を中心にしていた。町全体を覆う結界型なら、起点はその中心にあるだろう。

 なので<幻想結界ファンタズムワールド>を使った者は貴族街に居ると見てもいい。その推測自体は、間違いではないだろう。

 だが同時にエリックは考えていた。


(あえて貴族街を外す理由……。この騒動を起こしたものがエンプーサだとすれば、人間の地位とかに拘るようなことはしないはず)


 人間の街に潜り、人間に化けていた悪魔。だがそれは隠密活動をするからこその行動だ。

 ここまで派手に動いている以上、人間――というか人間の社会的地位にこだわる理由はない。何せ相手は人間ではない。その気になればクーやネイラを相手取れるほどの存在なのだから。


(えーと……確実にわかっていることは、この騒動にクドーさんのスキルが係わっていることだよね?)


 いったん頭を振って、思考をクリアにする。いろいろあって混乱しているけど、ここでいったん整理する。

 血騎士が街中に現れたのは、クドーの<幻想結界ファンタズムワールド>である。ケプリの推測が正しいことを前提に、推測を積み重ねる。


(赤い騎士は街の人を襲っている。だけど貴族街は襲っていない。つまり目的は街の人であって、貴族は襲わない。そういう思考を持つヒトがクドーさんのスキルを使っている?)


 エリックはエンプーサが血騎士を生み出しているので、そこを押さえれば終わると思っていた。

 だけどそれが違うのだろう。血騎士を生み出す起点はあるけど、それはこのまま貴族街に入っても見つからない。何故なら貴族街では何も起きていないのだから。


「…………どういうこと? ええと、あの赤い騎士は貴族街の方から出ている。だけど、貴族街は何もない」

「エリっち?」

「違う。勇者ブレイブのスキルは理解できないモノなんだ。だから事実だけを見よう。

 貴族街赤い騎士が出ているんじゃなく――貴族街赤い騎士が出ている……?」


 貴族ではなく、町の人間だけをを襲う思考を持った人間。

 そんな人間なら、貴族の街を基点にしてスキルを使おうという発想に至るのでは?

 貴族以外は死んでも構わない。そういう思想なら――


「――残念。このまま気付かずに貴族街に入っていたら、騎士に鉢合わせて大捕り物。殺し合いからの大暴動になって、私は楽が出来たのに」


 そんな声がエリックの耳に届いた。どこか甘い女性の声。

 血でできたコウモリの翼を生やし、青銅の足鎧サバトンをつけた女悪魔。血を好む色欲の夢魔。


「エンプーサ!?」

「うっそ!? あーしの糸を潜り抜けたの!」

「二秒で駆けつけるぜ、大将!」

ファラオを傷つけさせやしません」


 事態に気付いて臨戦態勢を取る。だがそれより先に、悪魔が動く。


悪夢世界への誘いカレイドスキップ


 エンプーサの言葉と同時に、エリックを黒い線が包み込む。

 線はエリックを包む立方体キューブを形成し、その内部を黒く染め上げた。それは霊魂的エーテル存在。エンプーサが練りに練り上げた魔力の塊。


「なんだこれ!? ヘラクレスの力で殴っても壊れねぇぞ!」

「これは疑似的な平行世界転移の多次元立法魔法陣。世界の壁を壊すほどのパワーがなければ――」

「エリっち! エリっちー!?」

「悪いけど、冥魔人プルトンはここで退場してもらうわ。私の全力で生み出す疑似転移結界。少し隣の可能性せかいに送ってあげる。

夢操作ドリーム・クリエイト>のような夢じゃないわ。本当の別世界。別の道を歩んだ貴方がいる世界に霊魂ごと送ってあげる」


 額に汗を浮かべ、荒く呼吸を繰り返すエンプーサ。この術式を行使することで、彼女自身のエーテルを削っている。そんな表情だ。


「…………あ」


 そしてエリックを包んだ立方体は消える。

 中に居るエリック事、平行世界に移動したのだ。


「くそ、大将を返しやがれ!」

「へえ? 平行世界に送っても冥魔人プルトンの洗脳は解けないのね。少し意外だったわ。

 あの男さえいなくなれば、貴方達も戦う理由がなくなると思ったのだけど」

「その誤解を解く理由はありません。ファラオを返してもらいましょうか」

「怖い怖い。先に言っておくけど、私を倒しても術は解けないわ。何処の世界に送られたかもわからない。『エリック・ホワイト』を基点としているから、既に存在しない世界ではないのは確かだけど」

「…………うそ、でしょ?」


 エンプーサの言葉に、クーは呆けたように問い返す。

 だがそれが嘘ではないことなど、彼女達は理解していた。

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