「ああ、勇者クドー!」

『かまどの勇者』クドーは、一言で言えば正義バカだ。

 元いた世界では悪を打つ正義の味方や魔法少女の作品に傾倒し、そこに生まれる人間ドラマに感動し、勧善懲悪に心ふるえる。そんな人間だ。

 なので元の世界からこの世界に召喚されて、世界を蝕む七大邪神を滅ぼしてくれと言われた時、素直に感動した。


「わかりました! 私がこの世界の人達を救ってみせます!」


 勇者ブレイブと言う存在は、神からすれば余興だ。神自身がこの世界に干渉するための肉体を他世界との戦いで失い、新しく肉体を作るよりは『勇者ブレイブ』と呼ばれる自分の力を与えた『端末』を使って世界をかき混ぜる。運よく邪神を倒せればめっけもの。

 そんな『勇者ゲーム』。だれの勇者ブレイブが一番かを決める品評会。世界と言う遊戯版を使った遊びだ。

 そんなことは露知らず、クドーは勇者として世界を旅する。東に困った人あれば行って料理を作って助け、西に魔物が現れれば行って食材にする。南に火山の噴火があれば行ってその火力で料理を作った後に噴火を止め、北に氷魔王が現れれば行っておでんを食べさせる。

 傍目からすれば何やってるんだと思われるが、クドーの行動ですくわれた人は多い。クドーの料理はかまどの神が与えた神の祝福チートスキルで作られたもの。食べた者の力や寿命と言った肉体的能力、知性や性格と言った精神面、さらには運命すら操作するといった世界を書き換える料理。


「私の料理を食べればすべて解決です!」


 それはそうだろう。解決したと思うように、世界毎その存在を書き換えるのだから。

 常識、価値観。そう言ったものをクドーが『これでいいのだ!』と思う方向に変化させる。クドーが『奴隷は良くない。自由が正しい!』と思えばそう思い、『死んだらお終いです!』と思えばそう思う。

 結果として奴隷解放戦争が起きようが、他人の命を使って生きながらえる呪術を使おうがそれは別問題だ。そして時間経過でクドーの『救い』は消える。我に返った者達が己の行動をどう鑑みるか。それもクドーの知る由ではない。

 何割かはクドーの料理がきっかけで行動して救われる者もいるが、何割かは救われない。実のところ、それは当然の話だ。行動して報われるか否か。そんなのは何割かが成功して、何割かが失敗する。ただそれだけ。

 結局のところ、クドーの料理は行動するように背中を押しているだけなのだ。ただし背中にロケットブーストをつけてエンジン全開で、だが。


 何が言いたいかというと、いろいろイロモノのようで世界書き換えといった意味不明な部分はあるが、クドーの神の加護チートスキルは他人を強化することに向けられているのである。


◆       ◇       ◆


「では私は皆さんに罪を着せた悪を討ちに行ってきます!」


 言ってピラミッドからオータムの街に転移するクドー。そのままクドーはファーガストの館に向かう。エリック・ホワイトが悪人だと教えてもらった貴族の館だ。


「人を疑うなんてよくありません! もっと人を信じることが出来るようにこの『レッドドラゴンステーキ』を食べてもらいま――え?」


 門をくぐったクドーは、鼻につく鉄の匂いに表情を引き締める。人間の血の匂い。だが悲鳴らしいものは聞こえない。それは今しがた惨劇が終わったかのような、そんな雰囲気だ。クドーは戦闘用装備の<自動戦闘剣ダンシングソード>を展開し、館の中に入り込む。

 扉を開ければ血の空気は更に濃くなる。壁や床にも血の跡が見られ、それらは未だ暖かい。殺害方法も様々だ。切り傷もあれば、心臓を一突きされた者もある。首を食い破られたり、頭部を切断されたり。


(……街を襲う殺人鬼……とは違います。毒を使っているのではなく、まるで武器の使い勝手を確かめているような。そんな殺し方ですね)


 様々な殺害方法から、クドーは相手をそう評価する。新しいおもちゃを手に入れた子供。何をどうすればいいのか試している研究者。どうあれ、意図して館の中の人間を殺して回っているのは明白だ。


「た、助けてくれ!」


 聞こえてきた声。クドーはそれに弾かれるように走る。

 そこには血まみれになった一人の男がいた。高級な服を赤く染め、腕を押さえるようにして歩いている。この館の主、オリル・ファーガストだ。そしてその背後には――


「悪魔!?」

「ああ、勇者クドー! 助けてくれ! 悪魔が、悪魔が皆を殺したんだ!」


 悪魔と呼ばれた女――エンプーサは血でできた鎌を肩に担ぎ、挑発的な視線でクドーを見ていた。そこに内蔵する魔力を感じ取り、クドーはファーガストを庇うような位置に移動する。そのままエンプーサから目を離さず、戦意を向けた。


「察するに色欲邪神の悪魔ですね! 先ずはその貞操観念を正すため――と言いたいですが、この人の傷の回復が先です! 止血と体力回復用の『ヒイロカネイナホのホウオウタマゴオカユ』で回復させてからお相手させていただきます!」


 言うと同時に包丁とかまどを展開し、料理を開始する。時間圧縮と世界改革のスキルを展開し、五秒と経たずに料理が完成する――はずだった。


「…………え?」


 全力で料理を行うクドー。その注意はエンプーサに向けられている。あの悪魔が何かをしても<自動戦闘剣ダンシングソード>を施した包丁が自動迎撃する。物理的、魔術的、空間的、時間的、概念的な攻撃であっても問題なく迎撃できた。

 だが、エンプーサ以外の攻撃に対してそれは無力だった。クドー自身も全力でファーガストの為に料理を作っていたが、決してエンプーサから目を離すことはなかった。おちゃらけてはいるが、ヒトを助ける為の努力はけして怠らない。それがクドーと言う勇者なのだ。


 だから、

 


「あれ? 胸から、剣が……?」


 クドーの神の加護チートスキルは他人を強化することに向けられている。

 自分を強化したり、自分の命を蘇らせたりする方向のスキルは保有していない。


「う……そ――」


 クドーの背後から突き刺された血の剣。ファーガストが生み出した血の剣。それがクドーの胸を突き刺し、心臓を貫き、同時にエーテルを喰らった。勇者ブレイブの魂、勇者ブレイブのスキル。クドーと呼ばれる存在全て。

 それを喰らい、自らのモノとするファーガスト。その感覚を確認するように自分を見た。心身に満ちる力の流れ。規格外の力が我が物になる感覚。脳内に刻まれるスキルの使用法。


「おめでとう、ファーガスト。貴方は人間を超えた力を手に入れたわ。気分はどうかしら?」

「これは……これは素晴らしい! これが勇者ブレイブの能力! 十二神の加護の一つ! これだけの力があれば、誰も私に勝てやしない!」

「当然よ。神がそうなるように定めたのだから。止めることが出来るのは同じ勇者ブレイブか同列の悪魔ぐらい。こんな街ぐらい、すぐに支配下に置けるわ。

 なんなら、国でも取ってみる?」

「ありがとうございます、エンプーサ様。貴方の協力あってです。

 ええ、ええ! それもいいでしょう。貴方様の望むままに混乱を生みましょう! 私の欲に満ちた世界を作りましょう!」


 勇者ブレイブの力を得たファーガスト。

 彼はそのままオータムの支配に乗り出す。重要人物を殺し、逆らうものを殺し、逃げる者を殺し。恐怖で支配し、スキルで支配し、欲で支配していく。

 人の領域を超えた勇者ブレイブの力。それに逆らうことが出来るモノなど、この街にはいなかった。


(残る問題は冥魔人メルトンのあの男、エリック・ホワイトね)


 そんな中、エンプーサは静かに最後の障害の事を考えていた。

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