「レーイージー!」

「……んあ」


 まどろみから目を覚ますクー。下着すらつけていない状態だが、それを気にすることなくベットから降りる。あくびをしながら糸を使って下着を紡ぎ、それを履く。


「レーイージー! アンタ、またあーしに<狂乱ベルセルク>使ったでしょう!」

「おう。いい感じで乱れてたぜ。理性なくしたお前はホント可愛いよな」

「あーしはいつだってかわいいんだっつーの! 服着ろ!」


 全裸で椅子に座り女を侍らせる男に向けて、クーは男用の下着と服を作って投げつける。男はゲラゲラ笑いながら服を着た。

『狂乱の勇者』レイジ……十二神の一つ、『戦争神』の加護を受けた勇者ブレイブだ。戦争の狂気や殺戮などを司る神で、その加護もヒトを狂わせる代わりに強大な力を与えるスキルである。

 とはいえ――


「ったく! ふつーの人間に<狂乱それ>使ったらどーなるかわかってんの?」

「もう飽きるほど見てるぜ。こいつも、もう終わりだろうな」


 レイジは自分に寄り添い、奉仕している女を蹴飛ばす。確かこの国の姫にして聖女だった女だが、レイジのスキルを受けて理性が吹き飛んでいた。同時に抑圧されていた欲望が爆発し、身体能力や五感も強化される。

 普段清楚だった女は封じ込めていた男への欲望が強く発露さえ、体の感度も敏感になる。正に狂ったように欲望のままに突き進み……今、事切れる。過剰な身体能力増幅と精神状態により、脳の許容量を超えたのだ。

 例えるなら、致死量を超えた麻薬を投与されたようなものだ。当人はまるで夢を見ているかのような感覚で欲望のままに動き、それにより与えられた快楽は過剰に増幅される。スキル効果と脳内麻薬の過剰分泌で夢見るように死に絶える。


「最初は『この私が貴方のような外道勇者に屈するわけがありません!』とか言ってたのに、開幕二秒で即堕ちしやがった。ウケるぜ。

 やっぱ人間はダメだな。お前のような魔物じゃないと耐えきれねぇみたいだ」


 レイジの言葉にため息をつくクー。だめだコイツ、と肩をすくめた。

『狂乱の勇者』レイジ……年齢にすれば20歳そこそこだろうか? 戦争神の加護を受けている勇者ブレイブで、その性格は自他ともに認める自己中心的な俺様至上主義。魔物に支配された土地を多く開放し、人類の生活圏解放に最も貢献している勇者だ。

 だがその狂気は人間にも向く。レイジの悪行を責めた者がいれば、その国ごと亡ぼす。レイジの悪口を言ったものがいれば、行って全てを狂わせて戦乱を生む。真実かどうかなど問題ない。レイジがそう思ったならそうなるのだ。


「この俺様を『恥知らず』とか言わなきゃ、こうならなかったのにな。あーあ、可哀想可哀想」

「何が可哀想よ。その為にわざわざ寄り道してあーしら『殺戮の姫エニュオ』狩りだして戦争させて。ヤル気満々だったじゃない」

「だってこの女おっぱい大きいし」

「そこか!?」


 姫のおっぱいが大きいから国を滅ぼした。そんな理由で潰えるくにってどーなのよ。クーは喉元まで出かかった言葉を引っ込めた。言っても笑ってからかってくるのは目に見えているからだ。

 色々面倒になって外を見る。かつては花咲き乱れる平和な国だった。少なくとも三日前まではそうだった。

 今は街中に火が放たれ、悲鳴が絶えない。<狂乱ベルセルク>によって狂わされた使い捨ての兵士達は街中で暴れ、殺戮と凌辱を繰り返している。この国の人間は狂気の兵士に殺され、兵士達も狂って尽き果てる。誰も生き残ることはない。


「お黙りなさい、アラクネ。レイジ様に意見するなど万死に値します」

「ウケケケ。そのどす黒い肌を毒で焼かれる前に、ここから立ち去リナ」

「……うわ、出たよイイコちゃんと毒女」


 レイジとの会話に割り込んできたのは、二人の女性。共にクーと同じくレイジに『殺戮の姫エニュオ』として仕える女性だ。


「アラクネ、お前は『殺戮の姫エニュオ』としての自覚が足りない。レイジ様に仕え、戦乱に生きる力を与えられてうれしいとは思わないのか?」

「んなもんねーし。あーしはアンタと違ってケモノじゃないから理性的なの。たいへんねー、96個分のケモノの欲望持ってるんだもん。この欲望魔人」

「ケッケッケ。シメールの姐サンも大変デスネー」

「貴様もだ、コル。レイジ様の杯に毒を盛ろうとしていただろう」

「ああ、姐サンが気付いたのはそこだけですネ。椅子とクッキーは気付かなかっタ? ウケケケケ!」


 シメールと呼ばれた女性は豊満な肉体を整えられたスーツを着込み、規律を重んじるタイプだ。96匹の獣を体内に宿したキマイラ。その性質上、己を律しなければケダモノのように暴れまわる。

 そしてコルと呼ばれた女性はまだ幼い少女だ。黒いゴシックドレスに身を纏い、不気味な笑顔を浮かべている。その正体は猛毒を生むヒュドラ。九つの首を持つ蛇の魔物だ。

 クーとシメールとコル。この三人は『殺戮の姫エニュオ』としてレイジに仕え、多くの魔物と人間の街を滅ぼしてきた。だが三人の仲は険悪で、レイジも喧嘩を止める性格ではない為争いが絶えなかった。

 いずれは三人のうちの誰かが耐えきれずに爆発して殺し合いが起きる……そんな空気だったが、三人の関係を崩したのはレイジだった。


「あー……お前がいると神が怒ってチート能力取っ払うって言ってるんだ。悪いけど、死んでくれや」


『戦争神』に言われてクーを切り捨てたレイジ。


「最後の最後までレイジ様に迷惑をかけるとは。あの人の手で死ねることを最後の幸運と思いなさい」

「ケケケケ! 残念! お前のボーケンはこれで終わっちまっタ! オサラバ!」


 シメールとコルは倒れるクーを見下ろし、そのまま去って行く。


「や……だ……」


 這うようにしてクーは逃げる。

 否、逃げようとする。裏切られたという事実から。この傷は嘘で、本当は自分は誰かと一緒にいるのだと。

 だけど傷は深く、意識も薄い。蜘蛛に姿を変えてエーテル消耗を押さえるが、もはや長くないのは自分でもわかっている。


(ひとりは……やだよ……)


 ――この後、クーは自分を好きに扱うことが出来るスキルを持つのにそれをあまり使わず、自分をコマではなく一人の存在として扱ってくれる男と出会う。

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