「私は『豊潤の勇者』タナカと申します」
「あ。私は『豊潤の勇者』タナカと申します。
かつてはブラック企業で働いておりましたが、何の因果か命を失いましてこの世界の女神に
しかし邪神を倒すなどとてもとても。もう誰かと争うなどこりごりなのです。ゆっくり土でも耕して、第二の人生を謳歌したいものです」
ネイラが『豊潤の勇者』と出会って、最初の言葉がそれである。腰を曲げで頭を下げ、メイシと呼ばれる紙を渡してそう告げたのだ。
「いいぜ。邪神は俺達
ネイラはタナカの肩を叩きながらそう告げる。
「いやはや、ありがとうございます。それではまた機会があればその時は」
「おう。美味いもん出来たら送ってくれよな!」
そして
「しかしまあ、神も適当な人間を召喚して力を与えてるようにしか見えねぇんだよな」
そして邪神は『悪魔』と呼ばれる存在をこの世界に派遣してそれぞれの勢力を広げていく。彼らはそれぞれの邪神の肉体を削って生み出されたと言われ、多くの悪魔や眷属を持つ邪神はそれだけ力を削がれ、本体の力が弱まっているという。それでも時の英雄達が入念に装備を整えて、初めて戦いになるほどの強さなのだが。
この世界は神と自然と邪神の三大勢力が、勇者と聖人と悪魔と言う代理のコマを使って覇権を争っているのである。とはいえ、邪神は神と自然の共通の敵。先ずはこちらを倒す流れになるはずだ。
――と、ネイラもその時まではそう思っていたのである。
「エディネイラ様、大変です! 森の南部区画の半分近くが消失しました!」
「消失!? おい、火事とかそういうんじゃなくて、消えた?」
「はい! 一夜にして木々全てが根元から取り除かれています!」
ネイラは部屋に入ってきたエルフの報告に立ち上がる。森には多くの生物が住んでいる。木々はもちろん、そこに巣を張る鳥や草食動物。そしてそれらを食べる肉食動物。木々の隙間に住む虫などもだ。
その全てが、消えた。どう考えても相手は並の存在ではない。『森』の聖人が住むネイラのすむ森にそのようなことをするとは、正に悪魔の所業としか言いようがない。
「はっ! このネイラ様にケンカを売るとはいい度胸だな、悪魔共め! 売られた喧嘩は一〇〇倍にして返す! 何処の悪魔か知らねぇが、このオレを怒らせて――」
「いいえ……悪魔の手勢ではありません」
「ああん? じゃあどこのどいつだ?」
「ブ……
ネイラが南の森に向かうと――そこには巨大な畑が形成されていた。
もともとそこにあったであろう樹は根元から伐採され、住んでいたであろう生命の痕跡すらない。湖から畑に流れるように用水路が引かれ、作物の実りを示すかのように金色の稲穂が育っていた。
畑を守るように立つ柵は強固な魔術結界が施されており、同時に
「あ、オルゴポリスさん。こんにちわ。もう少ししたら挨拶に行こうと思ったんですよ。今は多毛作を行っていまして。<
「待つのはテメェだ! 人の森に勝手に畑作ってどういう了見だコラァ! ここに住んでたモンとかどうしたんだ!?」
「え? なにもいませんでしたよ。木は邪魔なんで伐採しましたけど」
「堂々と伐採したとか言ってるじゃねぇか! あと鳥とか虫とか動物がいただろうが!」
「ああ、そうかもしれませんね。でもまあ、これだけの畑が出来たんですからそれぐらいは些末ですよ」
あっさりと。
畑が素晴らしいからそのほかの命は些末だと。『豊潤の勇者』はあっさり言い放った。あまりのカルチャーショックにネイラは言葉の意味を理解し損ねたが、すぐに理解してタナカの胸ぐらをつかむ。
「要するに、テメェは自分の畑以外は無価値だって言う事か?」
「そんなことは一言も言ってませんよ。やだなぁ」
「言ってるも同然なんだよ!」
「ええ!? ですけどこれだけの米があれば飢えて死ぬ人がいなくなりますよ」
「だからって森を破壊していいってのか!?」
「それが自然の摂理じゃないですか」
タナカの言葉は、人間が自然を開墾して生活圏を広げてきた歴史を持つが故の『常識』だ。人間が生きるために、自然にメスを入れる。そこにいたであろう生命や生活を奪い取る。現実世界の『人間』の思考そのものだ。
「だったら――オレも自然の摂理に乗っ取って抵抗してやらァ! お前ら戦争だぁ!」
「やめてくださいよ。暴力はいけません。平和主義なんですよ、私は」
「そっちから売ったケンカだろうが! って、何だぁ!? 植物が絡みついて! 」
「すみません<
「はッ! 孤独を貫いた白狼種族様も勇者に尻尾振ったか! 『雪』の
「黙れ森の
「やめてやめてやめてぇ。畑の為に戦わないで。私はスローライフが望みなんですよ。誰にも関わらず、迷惑かけずに生きていきたいんですよ」
「大・迷・惑だぁぁぁぁぁ!」
――その後、エルフの八部族を巻き込んだ森南部抗争は半年近く続き、タナカが『次はハロウィン用にカボチャを育てたいんで』とかわけのわからない理由で一夜にして作物から畑の防衛施設までの全部をもって消え去ったことで終了した。
何も残っていない元畑。エルフたちは脱力感に襲われながらも森を再建すべくそこに木々を植え始める。広さなどを考慮して、単純計算で二〇〇年近くかかるだろう。エルフの寿命からしても短いとは言えない長さだ。
「クソ、神と勇者が一時的な味方だと思ってたが……!」
ネイラはこの一件より、
彼らは異なった価値観を持つ力在る異邦人なのだ。迂闊に信用してはいけない。力があっても、背中を預けて信頼に値するとは限らないのだ。
――それから数年後、ネイラは力はないが信頼に値する人間と出会うのだが、それはまた別の話。
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