「こんなバカな!?」

「こんなバカな!?」


 財務を取り扱う貴族オリル・ファーガスト。彼は今、追い込まれていた。

 生まれながらの地位と財力を己の才能でさらに高く積み上げ、その全てをもってオータムの街で働いてきた。財を振舞って、それ以上の金を回収してきた。街を発展させ、多くの人を呼び寄せた。

 その為には何でもしてきた。敵対する勢力を蹴落とし、弱みを握って言う事を聞かせることもした。脅しや脅迫といったことも、人を雇って暴力行為をしてもらう子tもあった。だがその全てはこのオータムの為。貴族が正しく民を支配するために必要だったからだ。

 だというのに、今ファーガストは追い込まれている。


「ありえない! あの冒険者ギルドにはCランク以上の冒険者はいないはずなのに!」


 冒険者ギルド長が動いた。その報を聞いた時は『所詮、平民の成り上がりが』程度にしか思わなかった。事実、所属している冒険者ギルドの人間は大したことはない。優れた人間は貴族が国防騎士がスカウトしている。例外ともいえるカイン・バレッドもいずれはこちら側にくるだろう。

『カススキルカスジョブしか持たないクズ平民に、証拠が見つけられるはずがない』……そう思っていたファーガストは次々と送られてくる書類に顔を青ざめさせていた。過去の事から現在進行形の事、そして未来に行うはずの計画。その事如くが暴露されているのだ。

 まるで、

 完全に破棄したはずの書類。もう誰も知らないはずの事実。知りうるはずのない数字。その全てがファーガストを脅かす。裏稼業の殺し屋を雇ってもその勢いを殺すことはできず、逆にそのやり取りをほのめかす文章まで送られる始末だ。貴族が街の暗部とつながりがあることを証明されれば、もはや信頼は地に落ちるだろう。

 それだけなら、国防騎士を強引に動かして黙らせることはできただろう。微罪でも東国さえすればチャンスはある。相手は冒険者だ。叩けば僅かでも埃は出るはず。エリック・ホワイトさえつかめてしまえば、犯罪者を匿った存在として追及して逆転できるのだ。だがしかし――


勇者ブレイブが国防騎士にスキルを使って、エリック・ホワイトの無実を示している……! 何故だ!?」


 今朝届いた報告を聞いて、ファーガストの表情はさらに暗澹としたものに変わる。

 正義を愛する平和主義勇者子と『かまどの勇者』クドー。凶悪犯エリック・ホワイトを捕まえると意気込んでいた勇者が、なぜかこちらに牙をむいたのだ。国防騎士達にスキルを使い、エリック・ホワイトの無実を信じさせているという。


勇者ブレイブを退けたと言うのか……!?」

「流石ね、冥魔人プルトン。序列12位とはいえ、勇者ブレイブをも支配に置くなんて」

「エンプーサ!?」


 声をかけてきたのは、契約した悪魔だ。購入した値段と生贄に比例するだけの強力な悪魔だ。事実、何度も助けられてきた。

 だが、エリック・ホワイトと彼女が相対した時から歯車が狂い出す。地道に力を蓄え、今こそ社会的に追い込めると攻勢に出たのにこの結果だ。


「こうなると厄介ね。勇者が持つ世論も実力も全部向こうが持っていることになるわ。あの男エリックは動くことなくこちらを抹殺するつもりね」

「そんなっ!?」

「お終いね、ファーガスト。貴方が築き上げた者では彼に勝てない。社会的に追い込まれてしまえば、貴方の武器は全て役立たず。もう巻き返しも聞かないかしら?」

「…………くっ」


 ファーガストは必死に逆転の手段を考える。冒険者ギルド長を抹殺する? 勇者を社会的に追い込む? どれも不可能だ。そしてそれらに手を回しているであろうエリック・ホワイトの姿も捕捉できないのだ。本来なら、それは自分の役割。圧倒的な財力と政治力で正体すら悟らせず破滅させるのは、貴族の立場のはずなのに!

 ――まあ実際の所、この状況は偶然の産物なのだが。


「確かに……私に手はありません」

「そう。ならどうするのかしら? 財を全て売り払って逃げる? 罪を認めて少しでも罪を軽くする? 破れかぶれになって特攻する? どれでもいいわよ。

 、いくらでも付き合うわ」


 契約。

 エンプーサは色欲系の邪神に従う悪魔だ。血液を扱い、カマキリの眷属を持つ。人間を堕した後に血を喰らい、それにより力を増す存在。その契約とは――


「私は……財産を投げ捨てるなんてできない」

「そう」

「罪を認めるなんてことはできない」

「そう」

「力だ! あんな冒険者ギルドの親や、勇者なんかに負けない力をよこせ! この街すべての人間を喰らっても構わない!」

「そう」


 頷くエンプーサ。人間の欲望。強い力。それが悪魔の源。その言葉をもって契約を完了し、呪いと言う刻印スキルをファーガストに付与する。


「おお、これは……力がみなぎってくる……!」

「<吸血蟷螂ブラッド・マンティス>……ファーガスト、貴方を私の眷属にしてあげる。それを使って自分で力を得なさい。血液を武器に変化させ、血を喰らうことで力を増すことが出来る。

 大丈夫。私も手伝ってあげる。私は男をオトして喰らう。貴方は女や子供のような無抵抗な人間を喰らう。そうすれば平等に力を得られるわ。

 食欲と性欲を同一化するから、食らえば喰らうほど心地良くなるわ」

「フハハハハハ。これだけの力があれば、何も怖くない!」


 哄笑が響き渡り、その異変に気付いた召使いがドアを開ける。

 最初の犠牲者は悲鳴を上げる間もなく首を刎ねられ、そのまま血を吸われてしまう。館内全ての人間が犠牲になるまで、多くの時間はかからなかった。


 惨劇が、始まる。

 オータムの街、史上最悪の惨劇が――

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