幕間Ⅸ 勇者とは

「あーし、ちょっとお腹痛くなってきた」

「……美味い」


『かまどの勇者』クドーの料理を食べた反応は、概ねその一言だった。見たことのない形の料理や聞いたことのない素材なのだが、匂いは食欲を誘うし彩りも美しい。口にしてしまえばその一言しかないのだ。


「喜んでいただければ幸いです! おかわりもありますからどんどん食べてくださいね!」


 満面の笑みと大声で胸を叩くクドー。善意100%のこの勇者は、エリック達の昼食時に転移してきたのだ。その後にわずか十秒足らずで、5人分の料理を作ったのである。なんだこのチート。


「すごく嬉しいんだけど、その僕らお金とかないんで……」

「気にしないでください。これは迷惑料です!」


 やんわりと来訪を止めるよに言うエリックだが、クドーは気にしないで下さいと叫ぶ。


「…………いちおー、聞くけど。エリっちに惚れたー、とかそんなんじゃないわよね?」

「人の顔にあんな虫をぶつける人に惚れるとかありませんよ」

「いろいろ申し訳ありませんでした」

「大将、あの時はあれで正解だ。あそこで捕まってたら問答無用でアウトだったんだからな」


 ジト目のクーの問いかけに、同じくジト目でエリックを見ながら返すクドー。あまりの圧力にいたたまれなくなって頭を下げるエリック。

 だがネイラの言う通り、あの状況で足搔かない方が間違っているのだ。それを恥じることはない。


「もう一つ確認ですが、こちらの料理に<幻想結界ファンタズムワールド>を使ったとか言う事はありませんよね? もうウサギになるのはごめんですので」

「はい。皆さんは魔物ですけど人間を襲わないみたいですし。お友達にそんな真似はしません!」

「別にケプリはお友達になったつもりはありませんが、邪魔しない相手には使わないという意図は察しました」

「もう。そんな悲しいこと言わないでくださいよ」


 ケプリとクドーのやり取りを横目で見ながら、エリックはできたてのパンを食べる。チーズと野菜を乗せたパンは口の中で絡み合い、絶妙な味わいを生み出していた。


「クドーさんは勇者なんだから、もっと他にも信用してくれる人はいるんじゃないの?」

「そうでもありませんよ。逆に勇者ブレイブだからって気を使われることばかりです。街につくたびに教会の人達が出迎えて接待されるんですけど、正直自分で作った方が美味しいですし。

 移動中かクエスト中ぐらいなんですよ。こうして自由に料理が出来るのは」


 そりゃあんなスキル使うんだからなぁ……。エリック達は無言だったが、心は一致していた。


「だいたい他の勇者ブレイブ達はめったに会えませんし。あっても世界を救うつもりがないのか、自分の趣味に勤しんでいますし」

「……クドーさんも、大概趣味に走ってない?」

「そんなことありません! 私はこの世界を救おうと必死なんです! 七大邪神を倒し、この世界に平和をもたらそうとですね――!」

「おー。真面目に勇者ブレイブしてるんだー。まじめー」


 熱弁を振るうクドーに、拍手するクー。茶化しているようにも見える。


「当たり前です! この世界の竈の神に召喚され、荒れたこの世界を救うために私はやってきたんです! その使命を果たすために、勇者ブレイブの力はあるというのに!」

「えーと……神に召喚? え? クドーさんて魔法的ななにかなの?」


 魔法の知識に疎く、異世界召喚など知りえないエリックからしてみれば『神が召喚魔術を使う』ことなど想像もできなかった。転生なんてその概念すらない。エーテルは死後、一部が殺した相手に吸収されて残りは神の元に帰るというのがこの世界の死生観なのだ。


「ま。そこは詳しく考えるなや、大将。神様の魔法なんで、いろいろ規格外なんだ」

「そうですね。彼女達勇者ブレイブはケプリのような他世界の存在と思ってください。もっとも召喚の際に神にエーテルに細工されて、神の祝福チートスキルをえているようですが」

「あー……僕の理解できない領域だって事は解った」


 よく分からないが、とりあえずそういうものだと納得するエリック。


「で、そんな人たちが十二人いるんだよね? クドーさんの話だと何人かはやる気がないみたいだけど、残りの人達で力を合わせれば……って、どうしたの皆!?」


 勇者ブレイブの話題になると、クーとネイラとケプリは決まってこういう表情をする。例えるなら『昔出会った嫌なヤツ』の話を蒸し返されたような。


「あーし、ちょっとお腹痛くなってきた」

「美味い飯が不味くなるんで、その話はやめてくれ大将」

ファラオ、貴方は知らずとも良い事もあります」

「どれだけ酷い目にあったの……? いや、言わなくていいから」


 いろいろ察するエリック。これ以上追及するわけにもいかず、手で制した。

 そう。クーとネイラとケプリは過去に勇者ブレイブに接したことがあった――

 

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