「テンプレですね!」

『かまどの勇者』クドー。

 背丈はエリックより少し低いぐらいだろうか。白を基調とした服を着て、腰につけたベルトには包丁を始めとした調理器具と思われる物が備え付けられている。見た目から、まだ十代の女性であることが分かる。それはなんというか――


「よう、お嬢ちゃん。おままごとしに来たのか? ここは荒事を扱う冒険者ギルドだ。大人しく帰りな」


 日頃魔物や山賊などを相手する冒険者と比べて、酷く小さく見える。華奢な女性の肉体は、鍛えられた冒険者からすればとてもか細く、そして頼りなく見えた。


「テンプレですね!」

「てん……ぷれ?」

「お気になさらないでください! 本来ならここで全員ぶちのめして実力を知らしめるシーンなのでしょうが、私はそんなことはしません。何故なら私は『かまどの勇者』クドーなのですから!」


 言って胸を張るクドー。冒険者達は可哀想な人を見る目で彼女を見ていた。どうしよう、これ。そんな表情だ。


「あー……お嬢ちゃん。勇者っていうのはドラゴンを倒したり魔物の軍隊を相手したり、そういうのを言うんだ」

「子供が夢見るのは勝手だけど、ここは大人が来る場所なんだ。家に帰ってミルクでも飲んでな」

「そうそう。俺らこの後商人の護衛があるんだ。お仕事大変なんで、ゆっくりさせてくれ」

「成程! つまり皆さんには信じる心と元気が足りないという事ですね! でしたら!」


 何が成る程なのかわからないが、クドーは何処からともなく炉を取り出した。見たことのない金属で作られた立派な装飾を持つ炉で、燃え盛る炎も魔術師でなくとも感じられるほどの魔力を発していた。


「お、おい。なんだこれ……!」

「ミスリル銀で作られた炉――秋葉です! 火伏火除けの術式を丹念に組み込んでいるので火事になる心配はありません! 炉内には炎の巨人が生み出した<世界を焼く業火術レーヴァテイン>を内包していて、弱火から超強火まで瞬時に調節可能の優れもの!」

「っていうかコイツ、なんもない所から取り出したぞ。伝説スキルレジェントの<収納ストレージ>だと!?」

「え? 皆さんもってないんですか?」


 クドーは言いながら次々と食材を何もない場所から取り出していく。異空間に倉庫を作り、いつでも取り出すことが出来る<収納ストレージ>……それを保有しているのは神か、神に認められた存在のみと言われている。神と直接交信できる高位司祭か、或いは――


「こいつ、本当に勇者……!?」

「はい! 貴方達に足りないモノ。それは熱く滾る冒険心! 胸の奥に宿る強い炎! それを呼び起こす為の料理は、これです!」


『ファンガスドレイクのミルルリマンドレイク和えカルパッチョ!』


 皿の上に並ぶキノコと赤身の肉と緑色の植物の食べ物。初めて見る料理に冒険者達は首をひねるが、食欲がそそるのも事実だ。恐る恐るそれを口にして――


「な、なんだこれは! 口の中で肉が蕩ける!」

「このキノコも濃厚な味だぞ! 弾力があって、噛めば噛むほど味がじみだしてくるぅ!」

「マンドレイクが……あのマンドレイクがこんな味になるなんて……! オラ、感動しただぁ!」

「これは味のトリニティ! そして肉とキノコとマンドレイクを結ぶこのソース! 皿を舐めても何をベースにしたかが分からないィ! 分からない、という事がここまで探求心を掻き立てるとは!」

「まさに!」

「味の!」

「大冒険ンンンンンンンンンンンンンン!」


 唐突に服を脱ぎ、ポージングを決める冒険者達。一時的にパラメーターが1ランク上昇し、初級魔法を無効化するバリアーが形成されていた。そして何よりも昂る冒険心が精神的な状態異常をすべて無効化するだろう。


「こうしちゃいられない! 今から冒険に出発だ!」

「目指せ超迷宮アイドーネウス! オラ達なら地下100階でも怖くないぜ!」

「甘い甘い! 何なら500階まで突き進む! 行くぞぉぉぉぉぉぉ!」

「いってらっしゃーい」


 飛び出していく冒険者達。クドーは手を振ってそれを見送った。

 かくして彼らは勇者の作った料理によりファルディアナ大陸最大のダンジョンに挑む。紆余曲折を経て地下700階で聖騎士に見捨てられた聖女の呪いを払うために、オリハルコンデュラハンと戦うことになるのだが、それはまた別の話。

 今いえる事は、彼らは一時間後に商人護衛を行う予定だったことである。


 ◆        ◇       ◆


「ケインさん達、商人護衛の依頼どうするんだろう……?」

「先方には断りの連絡を入れておきます」


 陰で見ていたエリックはどうしたものかと呟き、ヴィネは抑揚なく呟く。未来を見る彼女のことだ。この未来も見えていたのかもしれない。


「勇者やばばー」

「だなぁ。どう対応していいか全然わかんねぇぜ」

「常識を逸していると聞いていましたが、そういう方向性とは予想外です」


 クーとネイラとケプリも、勇者の行動とその力にそれぞれの感想を告げる。正直、エリックも似たような感覚だ。

 そしてその勇者はギルドのホールの真ん中に陣取り、


「さあ、凶悪犯エリック・ホワイト! ここに隠れているのは解っています!

 大人しく出てくるなら良し。出てこないなら『かまどの勇者』が成敗してくれます!」


 大声でそう叫んだ。

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