「かまどの勇者の降臨です!」

「その契約は――断ります」


 エリックはきっぱりと言い放た。

 時間にすればヴィネの問いから一秒足らず。シークタイムほぼゼロで断りを入れた。


「よろしいのですか? 時間操作系は人の身では破格の術と思われますが」

「うん。そうなんだろうなぁ、っていうのは理解できるけど……」


 ヴィネの問いにエリックが頬をかいてから言葉を続ける。


「出会いがなかったことになると、クーはあのまま傷ついたままで、ネイラは妖精を救えなくて、ケプリはつかまったまま……って言う事だよね。

 それはその……嫌だなって」

「その事実自体を忘れます。貴方の中では関わり合いのない、なかった事件です。それでもですか?」

「うん。だって『今』の僕はそれを知っているわけだから。だから見捨てる事なんてできないよ。

 あ、でも僕なんかいなくても何とかなったのかも。みんな強いから僕の助けがなくてもあっさりと――うわあああああ!」


 エリックは後ろから抱き着いてくるクーと拳を頭に押し付けてくるネイラとズボンを引っ張るケプリに驚きの声をあげていた。


「もー。もー! エリっちはエリっちなんだからー!」

「当然、大将がいなくてもどうにかなったぜ。でもま、感謝するぜ」

ファラオファラオなのですから、ケプリと出会うのが運命で当然です。ですがしばらくこうさせてください」

「え? え? 何なの急に?」


 クーたちの葛藤を理解していないエリックは、困惑しながらも三人の態度に応じる。


「成程。これは想像外でした。結果などまでもないことと高をくくっていましたが」

「べー、だ。エリっちをあーしよりも理解してると思うなんて、マジ傲慢なんだから」

「そうですね。追い詰められた状況で『やり直し』を選ばない。しかもそれが自分ではなく他人の不幸を避ける為とは」

「いや、そういうのもあるけど……僕はクーたちがいないと何もできないんで。事務員さんも知っての通り、依頼に成功したことのない冒険者だから」


 やたら持ち上げられるのに耐えきれず、エリックはそう言い放つ。


「それに関しては十分に理解しています。個人のスペックとしては戦闘スキルのない人間同様。蟲使いのスキルも主に探索捜索系に伸びていて、薬草摘み以外の依頼は軒並み不向き。その薬草摘みも満足にこなせない体たらく」

「……うう、事実だけど堪えるなぁ……」

「ですが一方で嫉妬神の眷属召喚を阻止し、天才合成獣錬金術師のクリスティを二度も退け、色欲系の悪魔三姉妹の一つであるエンプーサも撃退。商人ギルドの策を何度も退けて、コカトリスから街を救った英断をしています。

 単純に功績だけを見ても、Aランク冒険者以上の活躍をしているかと」


 平坦な口調でエリックの偉業を説明するヴィネ。過去から未来まで見る事の出来る能力でエリックの履歴を見たのだろう。あるいは事前に調べていたのかもしれない。


「まーね。エリっちにかかればそんぐらい余裕よっ!」

「主にクーたちが戦ってくれたおかげなんだけどね。僕は傍にいただけで」

「んなことはねぇよ。大将がいなかったら、ああも上手くはいかなかっただろうぜ」

「はい。ファラオの真価はその戦術眼と判断力です。個としては強いケプリ達ですが、それを上手に扱うことが出来るのがファラオです」

「そんな……うん、ありがとう」


 次々に褒めたたえられて、少しうれしくなるエリック。クーたちが嘘を言うような性格ではない事は解っている。


「話を戻しますが、契約はなしという事でよろしいですか?」

「うん。申し訳ないけど何とか頑張ってみるよ。……具体的にどうすればいいか、解らないんだけど」

「だから殴って解決すりゃいーんだよ、大将!」

「うんうん。あーしもやるよ。街中の騎士とかぜーんぶコロコロしてあげるから」

「単純ではありますが、簡単な解決策ではあります。事実、お二方の実力なら難しくないでしょうし」

「いや、そういうわけには……」


 ネイラとクーの提案に難色を示すエリック。冤罪を駆けられて街を一つ滅ぼすとか、流石にやりすぎだろう。


「今それをするのは危険かと」


 そしてヴィネもその提案に水を差した。


「なに? あーしがニンゲンの集団に負けるって言いたいの?」

「いいえ。脳みそが恋愛脳で色ボケたとはいえ、アラクネがこの国の騎士に負けるとは思いません」

「だれが色ボケよ!」

「お前だ蜘蛛女。いつまで大将に抱き着いてるんだよ」

「むしろこれが標準状態デフォルトなので問題ないかと。それで、何をもって伯爵様は危険というのですか?」


 ケプリの言葉に頷いたのちに、ヴィネが言葉を続けた。


「『かまどの勇者』クドーが今この街に居ます。

 御三方の実力をもってしても、勇者ブレイブを相手するのは厳しいかと」


 勇者ブレイブ

 天空神を始めとした神が地上に遣わした存在。神の御業によりそれぞれの召喚された異世界の存在は、十二名全員が神から与えられた規格外のチートスキルを持っている。

 この世界に住む者なら、誰もが知っている存在。この地上を魔物から守り、邪神を退ける英雄達。


「…………あー」

勇者ブレイブはなぁ…………」


 その強さの鱗片を知っているのか、クーとネイラは嫌そうなな顔をした。どちらかというと『メンドクサイ』という顔だ。


「もう一つ、『かまどの勇者』に関してお伝えしたいことがあるのですが――」


 ヴィネが口を開くと同時、冒険者ギルドの正門が大きく音を立てて開かれた。エリックからは死角になっているので見えないが、誰かがものすごい勢いで扉を開けたようだ。


「冒険者ギルドは此処ですね!

 今日も一日ご飯が上手い! 上手いご飯にはパワーが宿る! 働く皆に美味しい料理を与える為に、かまどの勇者の降臨です!」

「『かまどの勇者』クドー様は昨今発生した連続通り魔事件を解決すべく、ホワイト様の行方を捜索中です」


 ヴィネの言葉に、エリックはものすごくめんどくさそうな表情を浮かべていた。

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