「姐さん、久しぶりっす!」

「眠りなさい。そう、とこしえに――」


 男は言いながら魔力を解き放つ。魔力は椅子に座った女性を包み込み、その意識を奪う。呼吸音が生きていることを示しているが、魔力によりちょっとやそっとでは目が覚めない状態になっている。

 魔術の係を確認し、男は吐息を吐く。ここまでくれば今回の『仕事』もほぼ終了だ。あとは購入したモノを仕掛け、場を整える。眠り魔法に特化した自分にとっては容易い仕事だ。部屋の中央にツボを置き、魔道具で火をつける。調整された香草が燻されて、煙を放つ。


「それではよい夢を、マダム。お代は――」

「よぉ! ソムヌス元気か!」


 いきなり扉を開けて入り込んだエルフ女――ネイラに不満げな表情を浮かべる男。ソムニスと呼ばれた男は相手の正体を知って、表情を一変させて一礼した。


「姐さん、久しぶりっす!」

「うっす! 商売繁盛って聞いてるぜ」

「はっ、姐さんのアイデア大当たりです。まさか自分のスキルにこんな使い方があったなんて感激っす!」

「何言ってるんだ。上手くいってるのはお前がまじめに仕事してるからだよ。オレのアイデアなんざきっかけにすぎねぇって」


 いきなり体育会系の先輩後輩みたいな挨拶が交わされる。


「ディアネイラ様、この方は?」

「ああ。ちょっと前に奴隷商人にさらわれそうになった時に、奴隷商人側に居た魔術師だ。超強い眠り系魔法もっててな」

「その節は失礼しましたっ!」

「いいって事よ。んで、仕事失ったコイツに『不眠症の人を眠らせたり、いい夢見せる催眠術で商売したらどうだ?』って勧めたんだ。調香師パヒューマーの知り合いもいたんで、それ用の香草を用意させてな」


 ネイラの紹介されて頭を下げるソムニス。30歳を超えるぐらいの男性だが、見た目は10代後半ぐらいのネイラに頭を下げ続けている。


「はあ。警邏……騎士団に突き出したりはしなかったんですか?」

「フリョーとマッポは相容れないんだよ。マッポってよくわかんねぇけど、要するに治安守る側だろ?」

「ケプリはこの世界のエルフの文化にとやかく言うつもりはありませんが、それはどうかと。……で、話の流れ的に彼が闇市に詳しいと?」

「元奴隷商人に雇われたぐらいだからな。で、どうなんだ。そういった情報持ってるか?」

「自分、最近は真っ当に稼いでるんで情報古いんすけど……それで良ければ」

「よっしゃ! それじゃ行くか!」

「ああ、待ってください姐さん! 今の仕事を終わらせてからにしてください!」


 真面目になった眠り魔法使いソムニス。彼を引き連れて、闇市へを向かうネイラとケプリ。

 案内されたのはオータムのメインストリートから三つ外れた通り。そこにある雑貨屋。数度のやり取りの後に、雑貨屋の裏口から狭い道を進む。


「コカトリスの卵?」

「正確にはその取引の記録です」

「売った相手を掴めれば、一番なんだけどな」

「姐さん、魔獣取引系は9割詐欺っすよ。ヒヨコを赤く染めて『フェニックスの子供だー』とか売りつける屋台の三下から、卵に柄をつけて魔獣の卵だって売る組織まであるんすから」

「今回はマジモン売りつけたヤツだ」

「やめてくださいよね。街中にコカトリスみたいなA-じゅんしんわ魔物がいるとか、洒落になんないっすから」


 お前を捕まえたクーはアラクネA-だけどな。ネイラは口に出さずに口笛を吹いた。


「とりあえず自分が知ってるのは此処っす。『クリムゾンケージ』っていう所で、獣人系奴隷とか魔獣とかを取り扱っているって感じっす。魔獣はほとんど嘘っぱちみたいっすけど」

「OK。一個潰せばあとは芋ずる式に行けるだろう」

「楽観すぎる思考ですが、現状それに賭けるしかありませんね」

「というわけだ、ソムニス。お前はここで帰れ。ここから先は荒事だぜ」

「い、いやっす! 姐さんの役に立てるチャンスなんすから!」


 初めからそのつもりだったのか、魔術具を手にして戦意を見せるソムニス。感情のままにネイラの言葉を拒否する。


「姐さんに救われて、この恩をいつか返そうって思ってたんす! 今この機会を逃したら、自分は一生姐さんに恩を返せな――」

「馬鹿だな、ソムニス。恩なんざ立派に返してるぜ。

 オレが許した相手が誰かの役に立っている。それが分かった時、オレはすごく嬉しかったんだ。オレの行動は正しかったんだなって思えるぐらいにな」


 いきり立つソムニスを制するように顔を近づけてネイラが囁く。


「あ、姐さん……」

「お前の戦いはこっち側じゃない。眠りに困る人たちを救う事だ。悪夢に怯える人に安らぎを与える事だ。それはオレにはできない戦いなんだよ」

「う、うっす! 解ったっす……!

 そうっすね、町を脅かす殺人鬼がいるんすから、自分みたいな仕事は大事っすね!」

「お、おう……。いや、その殺人鬼はたぶん濡れ衣って言うか」

「影ながら、姐さんの活躍を期待しているっす! それじゃ!」


 敬礼して、帰っていくソムニス。その背中が見えなくなった後に、ケプリはぼそりと呟く。


「お話を聞く限りでは、先制攻撃で相手を鎮圧するのに向いているお方でしたが、よろしいので?」

「そりゃ惜しいけどな。でも巻き込むわけにはいかねぇよ」

「お優しいことで。ケプリはファラオの為なら犠牲にしてもいいとは思ってましたが」

「言いながら、なんだかんだあったら守る算段だったんじゃないか?」

「さてどうでしょう? ともあれ『交渉』に行きましょう」


 ケプリの言葉に頷くネイラ。そのまま『クリムゾンケージ』に向かって足を進めた――

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