「厄介な魔眼ですね」

 吐く息は徐々に広がり、周囲を毒に染めていく。元々脆かった納屋の壁は少しずつ腐食していき、ミシミシと嫌な音を立てていく。

 エリックはもう立ってられないほど疲弊しており、膝をついて荒く呼吸を繰り返す。自力で動けないのは明白だ。現段階でも後遺症が残るかもしれないし、もたもたすれば命すら危うい。

 時間はない。クーとネイラとケプリはそれを理解し、急ぎ行動に移る。


「厄介な魔眼ですね」


 ケプリの役割は石化魔眼に対するレジストだ。コカトリスの視界内全ての生物に影響する石化の魔眼。それを解除するために土属性から干渉して解除し続ける必要がある。エリックと自分自身は動かないために容易だが、ネイラとクーはその動きを追う必要がある。

 石化確認、属性干渉、状態解除。目まぐるしく動くネイラとクーを視認しながら、それを繰り返す。当然自分とエリックの分もだ。


「僕は……石化したまま置いておいても、いいんじゃないかな……?」


 苦しそうにエリックが告げる。石化すれば毒の侵食を受けないという事もあるが、ケプリの負担になるのが心苦しいという気持ちが大きかった。


「却下です、ファラオ。身体が弱った状態で石化すればその分脆くなります。何よりもコカトリスの毒が石化した生物に効かないという保証はありません」


 コカトリスのすむ場所には生物がいないという。それはコカトリスの魔眼で石像になった元生物も、という事だ。どういう経緯で石像までいなくなるかは不明だが、コカトリスの毒がその要因である可能性は否定できない。


「でもケプリが大変そう――」

「む。それはケプリを疑っているという事ですね。ショックです、ファラオ。この程度、ケプリにしてみれば朝飯前です。朝日の神だけに。朝日の神だけに」


 いいこと言った、とドヤ顔するケプリ。あはは、と声なく笑うエリック。


(まあ、ファラオが本当に危ない時はに賭けるしかないのも事実です。お二人に話は聞いていましたが、ファラオは自分の命を度外視しています)


 呼吸を繰り返すエリックを見ながら口を紡ぐケプリ。そのまま視線をネイラとクーに向ける。


「バスター! ヘラクレス!」


 叫ぶと同時に地面に拳を叩きつけるネイラ。木材で作られた床が砕け散り、破片が宙を舞う。その破片が地面に落ちるより早く、次々と床を砕いていく。


「いただきっ!」


 ネイラが砕いた木片をクーが糸で捉える。宙に舞う木片の軌跡を予測し、粘着性を調節した糸を紡いで放出する。捕らえた木片を遠心力でコカトリスの方に飛ばした。


「…………」


 飛んでくる木片を避けることなく受けるコカトリス。痛みを感じないのか、それともこの程度の痛みでは動じないほどの暴力を受けたか。虚ろな魔眼が閉じることはなく、コカトリスの動きは変わらない。


「直接殴れないってのはストレスだよな!」

「ダベる暇なんてないからね! はよ壊す!」


 ネイラが床を壊し、クーが壊した木片をコカトリスにぶつける。殴った場所から毒を感染させるコカトリスと、格闘戦を行うネイラとの相性は最悪だ。糸を出して捕らえるクーも、糸を通じて毒が回ることになれば目も当てられない。

 故に遠距離戦。

 ネイラは近距離に長けるが飛び道具を持たず、クーは糸という関係上毒に接する可能性がある。炎と土を操るケプリが一番適役なのだが、ケプリは魔眼対応に追われていた。結果、クーが弓役となって木片を放つ戦術となる。


『――これで相手が怯むか……ダメージを受けてくれるならいいんだけどね』


 作戦を告げたエリックの言葉が蘇る。


『相手は、コカトリス。クーとほぼ……けほ……同ランクの魔物だ。こんな小細工じゃ倒せないと……おも、う』

『はーい、だったらこの家の壁全部ぶつけて潰すってのはどう? あーしの糸ならすぐにできるよ』

『駄目……。それをすると毒の息が、外に漏れる……だから、壁は壊さずに、床を……あとは――』


(周りの人の命なんかあーしにはどーでもいいっての! エリっちの馬鹿馬鹿馬鹿!)

(ったく、大将はもう少し自分の安全を考えろっ! オレが心配していないとか思ってるんじゃないだろうな!)


 不満な表情を隠そうとしないクー。それはネイラも同じだ。

 床の5割を破壊したところで、ケプリに視線を向ける。ケプリが頷いたのを見て、ネイラとクーはコカトリスから距離をとった。

 床が砕け、露出した地面。

 ケプリが念じると同時に、土が盛り上がり巨大な手のような形をとる。


「…………っ!」


 土の手のひらはコカトリスの視界を覆い、エリック達四人は魔眼の影響から逃れる。そうなればケプリは全力で土を操り、質量を増した土がコカトリスに襲い掛かった。

 声をあげる余裕もなく、コカトリスは土の掌に握りつぶされる。そのまま手は球状に収まり、ゆっくりと地面に沈んでいった。

 時間にすれば、数秒。

 しかし対応がもう少し遅れれば毒は街中まで広がり、オータム史上、指折りの被害が起きていただろう。エリックの英断が、多くの命を救ったのだ。


「皆、無……事……」

「エリっち!?」


 だがそのエリックは、毒の吐息に耐えきれず意識を失った。


 そして彼女達は気付かない。

 戦いの混乱に紛れるように、殺人鬼が姿を消していたことに。


◆       ◇       ◆


 E+ランク依頼『暴漢を探し出せ!』

 ……失敗!

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