「おいおい、大丈夫か?」

「クソ、クソ、クソ……!」


 呼吸荒く、『毒使い』は移動していた。

 あの四人を巻き込むように街中でコカトリスを開放し、その隙に何とか逃げ切った。コカトリスはあの四人を殺し、そして街中に毒を振りまくだろう。その混乱に乗じてこの街から逃げなくては。


(クズがどれだけ死のうが知ったことか。むしろ死ね。そうすれば逃げやすくなる)


 コカトリスが猛威を振るえば、それだけ国防騎士の目がそちらに向く。その分、門を守る騎士が減るはずだ。死ね、死ね、死んでしまえ。自分以外の存在がどうなろうが知ったことか。

 そうだ。自分は『毒使いポイズン・マスター』だ。毒で殺せと神が定めた人間だ。だから毒で殺すのは正しい。毒で殺される奴らも正しい。これが正しい世界の形だ。


(死ね。死ね。死ね。苦しめ、もがけ、泡を吹いて助けを乞え。それが正しい世界の在り方だ)


 歪。だがそれはエーテルで定められたジョブの在り方としては正しかった。殺すための才能を与えられ、苦しめる為のスキルを得ている。それを使う事に何のためらいがあ――


「ゲホ、ゲホ――!」


 吐いた。何も食べていないので、胃液だけを吐いた。背中を丸めてえづき、腕を引っ掻いた。怨嗟の声が耳から離れない。毒でもがく呻きが耳から離れない。慣れる事なんてない。ただ壊れるだけだ。


(あいつらはクズだ。クズは死ななくちゃいけない。それを殺すのは正しくて、このスキルはその為に在る――)


 必死でそう思い込む。毒で苦しみ呻く幻聴、泡を吹く人の幻覚。それを思い出さないように。だってそうだ。そう思わないとこの吐き気は収まらないから――!


「ああ、ああああああああああああ!」


 苦しい。自分の犯した行為に押しつぶされる。だけどそれ以外に生きる術などなく、それ以外の生き方など知らない。毒で苦しめ、殺し、そうする以外に自分に価値なんてない。実際にそうやって生きてきた。これからもそうするしかないのだ。

毒使いポイズン・マスター』もまた、エリックと同じくジョブによって苦しんだ存在だった。神が定めた魂のレール。それに狂わされた存在。このまま悪事を続け、度重なる苦悶の中で心を狂わせ、そして闇の中で狂いながら死んでいく――はずだった。


「おいおい、大丈夫か?」


 そんな『毒使いポイズン・マスター』に声がかけられる。


ムシ野郎エリックを見かけて追いかけてみたら、女が落ちてるとか。おい、意識あるか? 名前は?」

「…………」


 なまえ? なんだろう、そんなものはもっていない。『毒使いポイズン・マスター』はジョブ名で、それ以外の名称なんてない。


「まあ、いいさ。行くところが無いんなら俺ん所にきな。

 何せ俺はこの街を二度も救った大英雄、カイン・バレッド様だ。女が一人増えたぐらいどうという事はないんだよ」


 言って大笑いする男――四元騎士エレメンタル・ナイトカイン。『毒使いポイズン・マスター』は呆然としながらその手を取る。


(カイン・バレッド。聞いたことがある。クズの王様か。……いいさ、利用してやる。冒険者という立場も、身をひそめるにはちょうどいい)

「しゃーねぇ。今日の所は帰るか。カーラに食事と風呂を用意してもらわないとな。そう言えば名前も決めないといけないのか」


 こうして『毒使いポイズン・マスター』はカインが擁する冒険者パーティに身を隠すこととなる。



◆       ◇       ◆


「連絡がつかなくなっただと?」


 オリル・ファーガスト――この町の財務を担当する貴族は上がってきた報告に眉をひそめた。


「はい。<C>が先日『作戦』を行わなかったようなので調べてみたところ、連絡ルートに何の反応もありませんでした」


<C>とは『毒使いポイズン・マスター』のことで、『作戦』とは通り魔のことだ。二週間ほど蟲の毒を使って夜の犯罪者を殺すように依頼したのだが、任期が完遂する前に逃亡したようだ。


「逃げたか。安くて有用なクズだったが、所詮はその程度か」


 舌打ちするファーガスト。彼にとってみれば『毒使いポイズン・マスター』はその程度の価値しかない。

 今回のエリックに対する冤罪騒動は、全てファーガストが仕掛けた事だった。蟲の毒を使った通り魔を行わせ、街中の犯罪者や無能共を除去する。帰属にとって不要なものを消すと同時に、蟲使いへの疑いを高めたのだ。

 証拠不十分だが、そこは金の力で国防騎士の上層部を抱き込んで押し通させた。お金と騎士引退後の地位。それになびかない者などいない。あとは正義の元に動く国防騎士に任せておけば、エリックは社会的に殺せるだろう。


「まあいい。蟲の毒を使う通り魔の噂は十分に広まった。国防騎士への根回しも充分だ。あとはエリックとか言う蟲使いを捕まえてくれるのを待つだけだ」

「そう簡単につかまるかしら?」


 ファーガストに声をかけたのは、エンプーサ。見た目はに二十歳前半の美女に見えるが、その正体は地獄でも有名な夢魔である。


「現に国防騎士とやらは彼を捕まえれなかったわけでしょう?」

「それは……しかし逆を言えばもうこの街に居ないという事ではありませんか?」

「まさか。彼はここまでコケにされて黙っているような性格じゃないわ。手痛い反撃を覚悟することね」


 エンプーサは嗤う。エリックの動きを想像して。その未来を夢想して。


(ふふふふ。その怒りからどのような反撃が来るのかしら。想像するだけで、ゾクゾクしちゃう。どういうふうに罵って、どんな屈辱を与えてくれるのかしら……!)

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