「それにしても奇妙な依頼だ」
目を覚ます。朽ちかけた納屋に数枚の毛布。そして部屋の隅に置いてあるいくつかの檻。それが自分の寝床。
投げ捨てたドクロの仮面と黒の布を拾いあげる。昨日の夜まで身を守ってくれたものだが、処分しないといけないだろう。目撃者が出た以上、これを持っていることは危険だ。
(クソ、なんなんだあいつらは)
昨日殺し損ねた相手を思い出し、苛立ちを感じる。あの距離、あのタイミング。仕留め損ねたことなど一度もなかったのに。狙うべきは女が先だったか? 夜の街で薄着の痴女と思って侮っていたら、とんだ誤算だ。
(義手にアリ。払ったコストは大きいが、とにかく逃げ切れた。なら次はある。仕切り直して、今夜も殺そう)
(クズを殺そう。生きていても仕方のない奴を。殺して、殺して、殺して、そうすればクズより少しだけマシになれる)
ドクロの面をとった殺人鬼の肌には、無数のひっかき傷。
それは自分でつけた傷。クズを殺そうと自らに言い聞かせながら、自分の爪で皮膚を引っ掻いている。爪が皮膚を傷つけるたびに心が安堵し、呼吸が落ち着いてくる。独で苦しんでもがく声が少しずつ消えていく。
(あれはクズだ。死んで当然の奴だ。だからあんな奴らの悲鳴なんかに価値はない)
(殺そう。クズを殺そう。それがこのジョブ――『
『
この殺人鬼は地面を這うアリから毒を抽出し、暗殺用の針付指輪を用いて夜の街で人を殺していた。毒そのものは致死性は高くないが――
(それにしても奇妙な依頼だ。虫由来の毒を使え、というのは)
殺人鬼はしばらく前に出会った男のことを思い出し、眉を顰める。大金と共にそう依頼してきたのだ。生きるために金が必要な『
水差しからコップに水を注ぎ、乾いたのどを潤す。息を吐いて、ようやく気持ちが落ち着いてきた。ようやく今の時間を気にする余裕が生まれてくる。
(正午ぐらいか。新しい得物と義手を用意しなくてはな)
義手の手配は時間がかかるだろう。予備として置いてある形だけの義手を嵌め、金の入った袋を掴んで外に出る。暗殺用の針と虫の毒。余裕があれば新たな仮面も勝った方がいいか。頭の中でそう考えながら外に出て――
(――っ!? あいつは――)
殺人鬼はこちらに向かって歩いてくる四名のグループを見て身を隠す。ギリギリ<
昨日殺し損ねた男と、その連れの三人の女。四名は真っ直ぐにこちらのアジトに向かっている。まるでそこが自分の寝床だと分かっているかのような足取りだ。何かの間違いか偶然かと思ったが、そんな希望的観測はありえないと切り捨てる。
「……あれ? おかしいな。今家を出たはずなんだけど」
「マジでー? 誰もいないわよ。間違えたんじゃない?」
「うーん。アリの帰巣本能で調べた家は間違いない此処で、そこに住んでた人が出たのは確かなんだよね。それっぽい仮面もあったから間違いないはずなんだけど……」
頭を掻く男。理解はできないが、何らかのスキルでこちらを追跡したようだ。どんなミスをしたか、この男だけは生かして聞かなくては。
しかしどうしたものか。相手はこちらに気付いていないが、武器も毒もない状態で戦うのは危険だ。出来れば口封じしたいが、この状態で相手を仕留める事は――
(依頼には反するが、仕方ない。どの道、今は昼。『虫毒使いの殺人鬼』と繋げる要素はない)
できるなら控えたかったが、と呟き『
「おい、あそk――うわっ!?」
「何これ!? 目が痛ーい!」
「目くらまし用の煙幕です。若干の毒性はありますが、すぐに晴れます」
放ったのは煙幕。目に染みる程度の毒性だが、『
この煙に紛れて一人ぐらいは始末できるかもしれないが、四人となると無理だろう。昨夜の女たちの反応から、それは確実だ。
だから、確実に封殺出来る手段を使う。殺人鬼は視界を奪っている間にアジトに戻り、ドクロの面を拾って顔につける。そのまま家の中にある檻の鍵を開け、鎖を勢いよく引っ張った。
「起きろ」
引っ張り出されたのは、全身ボロボロの人型の『何か』。背中には薄汚れた羽根。蛇のような尻尾。そして顔を覆う鳥を模したクチバシの生えた仮面。
『それ』が立ち上がると同時に、四人の乱入者がアジトに入ってくる。些か咳き込んでいるが、戦闘力を削ぐには至らない。だが、
「あの四人を見ろ」
<
体内に毒を持つ『それ』はスキルの命令に従い、四人を見る。視界を封じるマスク部分が解放され、その奥に潜む魔眼が四人を見た。あらゆる生命を石に変えてしまう石化の魔眼が。
瞬間、四人――エリック達の身体は石となった。
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