「おはようございます、王(ファラオ)」

 目を覚ます。昨日の疲れもあったのか、気が付けば朝になっていた。とはいえ光ここは届かぬピラミッドの中。水時計だけが時間を示している。

 エリックの右側にはクーが、左側にはネイラが寝ていた。そしてケプリは――


「おはようございます、ファラオ


 エリックの胸の上で抱き着くようにして、こちらを見ていた。


「ごめん。起こした?」

「いいえ、ケプリは元は朝日を司る神。朝になれば何があっても目が覚めます。むしろファラオの寝顔を見ていました」

「う……。少し恥ずかしい……」

「お気になさらずに。むしろ役得でした。無防備なファラオの顔は見ているだけで時間が過ぎていきます」


 無表情で淡々としているケプリだが、その分ストレートに感情をぶつけてくる。

 初めて会ったころは困惑したが、慣れてしまえばそういう距離の詰め方をするのだと納得もできる。


「もっと惰眠をむさぼってもいいのですよ、ファラオ。ケプリに全てお任せください。貴方のために国を運営し、世界に歴史を残す英雄となるためになんでも致しますので」

「いや、それはいいから」


 いや、いまでも戸惑う事はあるが。


「しかしファラオもお疲れのようで。クー様にディアネイラ様に手を出すことなくお眠りになるとは。お二人は女性としては趣味ではないということですか?」

「そ、そういう事は……」

「なんと。ファラオは同性がお好みだったのですね」

「いやそれはないから」


 顔を青ざめるケプリに、エリックはきっぱりと否定する。


「ではやはり『駒』として有用だからですか? 信頼を保つために距離感をコントロールしている、とか」

「……コマ、とかそういうふうに二人を見たことはないよ」

「はい。短い間ですが、理解しています。ファラオは一個人としてお二人を見ているのだと。あ、ケプリも同じように見ているのも分かっています。ケプリ的にはもっと道具っぽく、乱暴に、それでいて愛を込めて扱ってくれても――」

「落ち着いて、ケプリ」


 ファラオにならどう扱われても構わない。むしろ好きなように扱ってほしい。困った元神だなぁ、とエリックはため息をつく。個人の好き嫌いに文句を言うわけではないのだが。


「……何故です?」

「え?」

「何故クー様とディアネイラ様に手を出そうとしないのですか?」

「え、いや、それは。僕は――」

「『使』とでも言うつもりですか?」


 さくり。

 言おうとしたことを先に言われて、エリックの胸に不可視のナイフが刺さる。呼吸が止まり、嫌な汗が流れているのを感じる。


ファラオのジョブは世間から見下され、そんな自分はお二人に釣り合わない。だからファラオはお二人に自分から行動しない」

「それは―――なんで、そう思うの?」

「クー様とディアネイラ様、お二人の気持ちに気付いていないほど、ファラオは愚昧ではないはずです」

「……うん。だけど僕にはそれを受け止めるだけの、がない」


 権利。

 何かをしていいという資格。利益を享受してもいい地位。

 蟲使いというスキルのはそれがない。家族内でも、街中でも、冒険者でも、社会でも、蟲使いというスキルは誰にも認められない。許されない。認められない。視覚がない。利益を得ていいはずがない。

 明確な蟲使い排斥の看板があるわけではない。だが、社会は不要なジョブは爪はじきにするようにできている。有用なジョブが受け入れられ、強いジョブは世界から祝福される。

 だから、エリック・ホワイトにはクーやネイラを受け入れる権利がない。自分よりも有用で、自分よりも強い相手。世界に必要とされる聖人セイントと、A-クラス魔物のクー。そんな二人が僕に釣り合うはずがない。

 エリックが生まれて、ジョブを宣告されてからずっと付きまとってきた呪い。昨日も三人がいなければ気付かずに死んでいた存在。こんなことなら僕なんていない方が――


ファラオは勘違いをなさっています」

「勘違い?」

「クー様とディアネイラ様、お二人の気持ちです。

 あの二人はファラオと共にいるのです」

「……っ、でも僕は――」

ファラオ。貴方がこの世界でどれだけ苦しんで、どのような思いで生きてきたかは、ケプリは察することしかできません。

 それが言葉一つで簡単に解決するとは思っていません」


 ケプリはエリックの目を見て、真っ直ぐに言葉を放つ。


「だからケプリは待ちます。ファラオが自分を信じてくれることを。共に行動し、支えながら待ちます。

 ケプリはファラオを信じたのですから」

「……うん。その気持ちはすごく嬉しい」

「5000年、ファラオを待ったのです。人の寿命待つ時間が増えたところで、端数です。

 ささ、顔を洗ってきてください。調べることがあるのでしょう。朝食もすぐに用意します」


 ケプリに促されて、エリックは寝台から降りて隣室に行く。その姿が消えてから、静かに呟いた。


「狸寝入りがお下手ですね」

「っ! 今起きたところだし……! エリっちが何話してたかなんて、聞いてないし!」

「ったく、あの雰囲気に声はかけれんだろう」


 ケプリの言葉にクーとネイラは寝たままの状態で言葉を返した。クーは顔を寝台にうずめながら。ネイラは頭を掻きながら。


「……ありがと、ケプリん。エリっちのこと信じてくれて」

「そうだな。大将の味方になってくれるのなら、オレ達の味方だ」

「はい。ケプリはファラオを信じています。

 あわよくば『精神的に宙ぶらりんな所に優しくしたら、ケプリにコロッと行くんじゃね?』という考えも無きにしも非ずですが」

「おまっ!? 腹黒っ!?」

「前言撤回だ! この場に味方なんていねぇ!」


 寝台の上でわちゃわちゃする三人。

 アラクネとエルフと元太陽神の奇妙な組み合わせは、たった一人の蟲使いを基点に強い絆でつながっていた。

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