「間抜けなヤツめ」

 呼吸を殺す。足音を殺す。動作の無駄をなくす。

隠密シークレッシィ>を発動し、ゆっくりと歩を進める。

 目の前には男が一人と女性が三名。先ほどまで下着姿で乱痴気騒ぎをしていた者達だ。この街のクズどもだ。


(クズは殺して構わない。クズを殺すことは正義だ。クズを殺すことで自分はクズよりも少しだけマシになる)


 ドクロの仮面をつけた殺人鬼は頭の中で繰り返される声にうなされるように息を吐く。聞こえるはずがない。スキル発動中の自分を見つけられるはずがない。クズを殺して、クズを殺して、クズを殺して、クズを殺して!

 あと三歩。ゆっくりと腕を伸ばす。

 あと二歩。指輪の突起を回し、毒液が塗られた針を出す。

 あと一歩。指輪を男の首筋に近づけていく。

 ゼロ――


「ほい。捕まえた」

 あと一歩進むために挙げた足には糸が絡まり、


「ギリギリだったぜ。攻撃の瞬間までわかんねぇとか大したもんだ」

 伸ばした手をエルフと思われる女に捕まれ、


ファラオを暗殺しようなど、不届き千万です」

 幼子が指をかざした瞬間に、指輪が熱をもって破壊された。


「っ!?」

「え? え? ってうわああああ!?」


 唯一気付いていなかった男は、驚いて後ずさる。


(間抜けなヤツめ。……いや、それが普通か。この女たちが異常なだけで)


 ドクロ面の行動は早かった。もう片方の手から袋を取り出すと、それを地面に投げつける。袋の紐が外れ、中から黒い何かが広がり、クーとネイラとケプリに近づいていく。得体のしれない何かを察し、三人は殺人鬼への注意がそれる。その隙を縫うように殺人鬼は動く。手首をひねり、ネイラにつ巻かれている義手を取り外す。足に絡まった糸は、衣服をちぎって解除した。


「っ!? こいつ!」


 ネイラが反応するより先に殺人鬼は闇の中に逃げていく。撤退の判断が早い。失敗した時にどうするかを前もって決めてあったのだろう。


「って言うかなんなのこれ!? こっちくんな!」

「落ち着いてくださいクー様。これはアリのようです」

「え? なんだアリか。焦って損しt――」

「腹部に針を持ち、刺されれば三日三晩高熱でうなされた後に刺された場所は赤く腫れあがり、処置を誤れば皮膚はぐずぐずにただれてみるもおぞましい状態になるでしょう」

「やーだー! エリっちはやくなんとかしてー!」


 クーが叫ぶより早く、エリックはアリたちに袋の中に戻るように<命令オーダー>していた。数が多いので疲弊したが、命令自体は簡素なものなので疲れる程度に留まった。


「逃げられたか……」


 義手を手にネイラが舌打ちする。下手に追えば待ち伏せされる可能性がある。相手は隠密に長けた者だ。姿を見失った時点でこちらから見つけるのは不可能だろう。


「お疲れさまでした、ファラオ。結果は残念ですが」

「いや、そうでもないよ。みんなありがとう。お陰で死なずにすんだ」

「とーぜんでしょ! あーしの糸にかかればあんなのよゆーなんだから!」


 言って胸を張るクー。元気のいい姿につかれていたエリックは元気を取り戻したように笑みを浮かべる。ここで捕まえることが出来ればよかったが、相手の手口が分かっただけでも僥倖だろう。


「一歩前進かな。おそらく今日はもう何もしないだろうから、調べたいこともあるし、調査は終わりにしよう。……でも、次の夜まで国防騎士達から身をひそめないといけないんだよなぁ」

「ご安心を、ファラオ。ピラミッドの寝室までならケプリが転移できます」

「何それ超便利!?」

「神様すげー」


 胸を張るケプリ。それに驚くクーとネイラ。エリックも驚いてはいるが、二人に先に驚かれて声が出せなかった。

 

「ありがとう、ケプリ。助かったよ」

「ただし戻る先はファラオのお部屋になります。おそらく見張られているとは思いますが……」

「そんときゃ強行突破するだけよ! 今度はオレに任せな。蜘蛛女ばかりいい恰好はさせないぜ」

「ふふん。拳で殴るしか能のない体育会系エルフに何が出来るのかしらん?」

「言ったな? だったら明日は黙って見てろよ」

「あの、争わないで。みんなで協力すればいいから」


 剣呑になりかけた空気をエリックが収め、今夜の活動は終わりになる。ケプリが二口単語を唱えれば眩暈のような感覚が襲い、気が付けば石畳の部屋に転移していた。ケプリが管理するピラミッドの寝室だ。


「よし。今日は寝よう……明日の夜に勝負を決めるつもりでいかなくちゃ」


 エリックが手にしているのは、殺人鬼が投げた袋。そこに収まったアリのことを調べなくては。


「そうですね。ファラオの無実など、早いうちに晴らすに越したことはありません」

「ま、何とかなるだろ。大将、何か掴んだみたいだし」

「そーね。エリっちふぁいとー」


 …………。


「え? なんでみんながここにいるの? 転移した時は部屋別々になるんじゃなかったっけ?」

「これもファラオの為です。そう、クー様とディアネイラ様との結束を固めることが、ファラオの蟲使いとしての力を増すという結論に至りました」

「そういう事だ」

「そーいうことなの」

「い、いや待って!? その、そんなことしても僕のエーテルが増すわけでもないよね! なんでそんなウソみたいなことに納得するの、ケプリ!?」


 叫ぶエリックに、小首を傾げるケプリ。


「おや、そうなのですか? この世界の法則には疎いので。もしかしたらそういうことがあるのかと。

 けして『分かった。ケプリんも一緒に寝よう』というクー様の言葉に納得したわけはありませんので」

「…………クー」

「てへぺろー。でも転移をするケプリんがそうしちゃうんだから、仕方ないよねー」

「しかたないよなー」


 白々しく言い放つクー。そしてネイラ。エリックは諦めたようにため息をついた。

 まあ――


(まあ、その、イヤじゃないんだよね。僕も男だし……いや、だからこそ、いろいろ駄目なんだろうけど)

(……我慢できるかなぁ。今日いろいろ危なかったし)


 先ほどまでのこと思い出しながら、エリックはなるたけ平常心を保とうとする。

 悶々としたものを抱えながら、四人は床につくのであった。

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