「通り魔を誘うんでしょ?」

 オータムに夜の帳が降りる。

 魔力灯が等間隔で通りを照らし、それを頼りに帰路につく人達。そんな通りから離れたところに、エリックとクーはいた。

 冒険者ギルドの張り紙には、この辺りで通り魔が出ると言われている。その情報を頼りにエリックはやってきたのだが……。


「流石に国防騎士も警戒を深めているか」

「どーするの? あいつら縛ってコロコロしちゃう?」

「……縛って転がしておく、という意味だと受け取っておくけど。どっちにしてもダメ。国防騎士と戦うメリットはないんで」


 クーの質問に手を振るエリック。

 エリックの目的はあくまで濡れ衣を晴らすことだ。国防騎士と戦う意味はないし、警戒度が高まった通りに留まり理由もない。通り魔が出るとすれば人がいない通りだ。しかし……。


「ん。じゃあここから離れる?」

「うん。だけどどこに行けばいいかはわかんないんだよなぁ……」


 国防騎士から離れながら、エリックはため息をつく。普段なら虫を使って探査するのだが、国防騎士が徹底的に虫を駆除したおかげでそれもできない。


「クーに屋上に連れて行ってもらって上から見る……駄目だな。下まで暗くて見えないだろうし。となると……」

「なると?」

「殺人鬼の方から襲ってもらうしかないかな。闇に紛れるような格好らしいから、こっちから探しても見つかるとは思えないし」


 ため息をつくエリック。姿格好だけではなく<隠密シークレッシィ><猫歩きキャットウォーク>などの盗賊系スキルを使われてしまえば、エリックから見つけるのは不可能になる。

 となれば相手が動いて姿をさらしてくれるのを待つしかない。相手に主導権を与えるのはよろしくないが、相手を探す手段がない以上は致し方ない。。


「ふーん。どうやって誘い出すの?」

「うん。問題の殺人鬼は一定の法則があって、夜の街で犯罪を犯している人達を殺しているみたいなんだ」

「ん? 悪いヒトが悪いヒトを殺してる?」

「まあ、犯罪に巻き込まれた人も口封じで殺しているみたいなんだけどね。とにかくこういうをして誘い出せば……」

「うんうん。あのさエリっち、一言いい?」


 作戦の説明を遮って、クーはエリックを指差す。


「ぶっちゃけ、エリっちがナイフもってワル顔してもぜんぜん怖くない」

「う……!」


 遠回しに迫力がない、と言われるエリック。そしてそれは確かにそうだよなぁ、と認めてしまうのがさらに物悲しかった。


「いや、恐喝だけが犯罪じゃないって言うか。その、僕にだって何かで来そうな……できそうな……ううう」

「あ。ごめん今のは言い過ぎた。でもエリっちが犯罪とかイメージできないし」

「世間では司祭を脅迫したりしたことになってるんだけどね、僕」

「あんときは色々あったししゃーないんじゃない? ケプりん助けるのに必死だったし。ほら、他にもエリっちにも出来そうなこととかあるんじゃない?」 

「夜の通りで起きそうな犯罪……強盗……盗み……強姦――」


 ぶつぶつと犯罪をあげていくエリックが一つの言葉にたどり着いた瞬間に空気が凍り付く。

 昏い通り。男と女。無理のない状況ではある。クーの豊満な胸と形のいい臀部。健康的な褐色肌。柔らかそうな唇。それが手に届きそうな場所に在る。意識すれば胸の中がぐちゃぐちゃになりそうな熱の塊がエリックを支配していく。


「帰ろ――」

「エリっち、通り魔を誘うんでしょ?」


 踵を返そうとするエリックの機転を制するように、クーはエリックの手を掴み自分の胸に押し当てる。顔を赤らめながら、しっかりとエリックを見た。


「いやでもこれは」

「でももこれもなし。今エリっちに出来る犯罪ってこれぐらいだと思うよ。

 つーか、演技。誘うための演技だから」


 演技。

 そうだ。本当にクーにそんなことをするわけじゃない。これは演技。そんな理由がエリックの足を止める。


「そ、そうだよね。殺人鬼を誘い出さないといけない、から」

「うん。糸を周囲に出して、近づいてきた人を絡めれるようにしとくから」

「うん。任せたよ、クー。その、色々とごめん」

「謝らないでよ。……あーしから言い出したことなんだから」


 理性の歯止めが少しずつ崩れていくのが分かる。このままだと、本当に止まらなくなるという自覚がエリックとクーの両方にあった。


(クーの胸が、手の平に。手に当たってるんじゃなくて、掴んでる。力を込めたら、もう止まらない……)

(つい暴走っちゃたけど、エリっちの手があーしの胸に当たってる……やだ、力込めてきた。……ばか、遠慮しすぎ。こんな時でも優しーんだから)

(クーの吐息が荒くなってる。演技……なんだろうけど、そんな声出されたら――)

(やン、エリっちの方から求められてる……。真剣な顔でこっち見て、そんな顔されたら、あーし……)


「クー」

「エリっち」


 エリックはクーの身体を優しく壁に押し当てるようにして抱きしめる。クーも抵抗することなくエリックを見て、愛おしく名前を読んだ。

 そのままゆっくりと体を重ね――


「そこか、大将! 探したぜ!」

ファラオ、ご無事で何よりです。出遅れてしまい申し訳ありません」

「「わああああああああ!」」

 

 聞こえてきたネイラとケプリの声に体を離し、荒い呼吸のまま座り込むエリックとクー。


「? なんかあったのか? 息荒いぞ」

「なんでもないわよ! あー、もう!」

「うん。なんでも、ない。うん」

ファラオの肉体に微熱が感じられます。あと下腹部に更なる熱が――」

「ごめんケプリ。それ以上は何も言わないで」

(ヤババババ……! エリっちに迫られてて、糸の集中が切れてた。あーし、どんだけ! 自分で主導権とったつもりなのに、逆転されてた!?)

 

 どったんばったん。

 ともあれエリックはクーとネイラとケプリは、どうにか合流できたのであった。

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