「ケプリはスカラベです」

 フンコロガシ――

 コガネムシに属する虫で、言葉通り動物のフンを転がして丸める習性を持つ。

 特筆すべきはそのパワーで、自重の千倍近くの重さでも問題なく運ぶことが出来るのだ。また動物が消化しきれなかった植物の種子をフンと共に地中に埋めることで、植物の発芽率を上昇させるのだ。


「はい。ケプリはスカラベです」


 スカラベはフンコロガシと呼ばれる昆虫の一種である。エリックの知識にあるスカラベの節足を背中でワキワキさせるケプリ。

 だが彼女はかつては神だった存在だ。少なくともただのスカラベではないだろう。クーのように魔物と呼ばれるほどの存在だと言うのなら、何かしらの力があるはずだ。まあ……。


「ピラミッドと僕の部屋を繋いだりしてるんだから、ただのスカラベじゃないよね」

「はい。神であったころは『太陽』を転がして空に押し上げていました」

「……えーと、あの太陽を?」

「はい。なので『朝日』を司る神です」

「凄すぎるというか、正直理解が追い付いていないんだけど」


 太陽。エリックからすれば――いや、世界中の誰からしても触れる事の叶わない恵みの存在だ。十二神の一人がそれを司っており、魔術のシンボルとしても強い意味を持つ存在。それを押し上げたとなると――


「うん。本当にすごいんだね」


 それ以外に言葉はなかった。クーとネイラも話についていけないのか「はー」とか「へー」とか言っている。少なくとも、ただの蟲使いが扱えるような存在では――


「…………もしかして。少し情報系のスキルを君に使うけどいいかな?」

「はい。ファラオの思うままに」


 そこまで思い至って、エリックは蟲使いのスキル<情報探査サーチ>をケプリにかけてみた。ケプリもそれで納得してくれるなら、と了承する。


『名前:ケプリ

 種族:単一個体ネームド 性別:女性 

 誕生日:12月31日

 ジョブ:なし

 保有スキル:

睡眠無効レジスト・スリープ>A

炎まるまるフレイムオペレイション>:A

泥こねこねアースオペレイション>:A+

日の出を告げる者ケプリ>:S』


 なんだこれ? エリックの感想はその一言だった。


「ええと……質問いいかな? <睡眠無効レジスト・スリープ>は解るけど<炎まるまるフレイムオペレイション>と<泥こねこねアースオペレイション>って……?」

「炎をまるまるしたり、泥をこねこねします。欠けた太陽を戻したり、泥を丸めたり」

「さりげなくすんごい事聞いたけど……あとこれが一番疑問なんだけど<日の出を告げる者ケプリ>と表示のSって……?」


 スキルランクS。

 エリックもうわさにしか聞いたことがない伝説のランクだ。A+ランクのさらに上。十二神が認めた勇者ブレイブにのみ与えられるスキルの最高峰。神そのものの力と呼ばれるいわば神の祝福。

 そう、その効果は――


「かつての世界で神だったという証です」

「……つまり、具体的には?」

「神だったという証です」

「ないんだね」

「はい。元の世界では太陽を押し上げることが出来る聖刻文字ヒエログリフ――この世界でいうスキルでした」


 頷くケプリ。まあそんなものか、と脱力するエリック。伝説の剣が少女と共に空から降ってくるなんて、ありえない物語だ。


「でも一周まわって安心した。うん、世界を救う王様とか大役すぎるし。

 きっとケプリが僕にそう思えるのは、蟲使いのスキルの対象だからそう思うだけだよ。神様的な力が僕のスキルを特別視したんじゃないかな? それ以外は本当に何もできないEランク冒険者なんだから」


 肩の力を抜いて脱力するエリック。空間を操作されてこんなところまで連れ込まれ、王様だの神様だの平行世界だと理解の外にある話だったが、要するに特別視する理由はそれだったのだ。


「……少しいいですか。あ、ファラオはそこに」


 だがケプリは初めてエリックの言葉に眉をひそめ、クーとネイラを誘うように手招きする。エリックに聞かれたくない、というケプリの表情を見て、円陣を組んでエリックを除いた三人で小声で会話を始めた。


「なんだ、チビッ子?」

「蔑称には聞こえないので無視しますが……ファラオは本気でああいってるんですか? 話についていけないというのは察しますが、あまりに自分に自信がないように見えるのですが」

「あー。本気本気。マジで言ってるわ」

「いろいろ躓いてるらしいからなぁ」

「ありえません。あのカァ精神バーは多くを救った人の輝き。多くを為し得たのに、何もできないという自信の無さは矛盾しています」


 怪訝な顔をするケプリ。クーとネイラは半笑いになって、ため息交じりに口を開く。


「……あははー。エリっちはそーいうところあるよねー。誰かを助けるのが当然て思ってるって言うか」

「……まー。大将は人を助けたって言う自覚がないのかね。むしろ助けない自分には価値がないって思ってる節があるぜ」


 二人ともエリックに助けられ、あるいはエリックが誰かを助ける所を見ていた。そのたびに思うのは、その異常性だ。

 

 助ける事だけが目的で、それで満足してしまう。確かに感謝を求めた利己的な行動でないのは美徳かもしれないが、エリックはあまりにも


「うん、ちょっと怖い。あーし何度も助けられたけど、エリっち絶対自分の安全は度外視してる。自分なんかどうでもいい、って思ってるの丸わかり」

「責めるわけじゃないが、チビッ子を助ける時も綱渡りだったぜ。あの状況と距離だと、エンプーサが自暴自棄ヤケになったらかわしきれなかっただろうしな」

「……成程、おおむね理解しました」


 頷き、円陣を解除するケプリ。そのままエリックの前で一礼する


ファラオよ、ケプリを殺してください」

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