「ねーねー。あれやってかない?」

「……うーん、風邪ひいたかも」


 倦怠感、発熱、そして咳。エリックはベッドに横たわり、朦朧としていた。


「そりゃ服着たまま川に飛び込んだんだから当然だろうが」

「そーそー。流された子供の人形を取るために飛び込むとか、アリナシのナシよ。あーしの糸ですぐ取れたのに」

「いや、街中で糸スキル使うのは色々と問題が。アラクネだってバレたら」

「エリっちは気にしすぎ! そんぐらいわからないように調整するわよ」


 前日、川に流された人形を回収しようと、エリックは川に飛び込んだのだ。既に温かくなってきたとはいえ、水に飛び込んで体を温めずに過ごせば風邪の一つも引こう者だ。ましてやエリックは特段体が強いというわけではない。


「そもそも大将が取りに行く必要はなかったんだぜ。町の騎士? そういうのの仕事だろうし」

「濡れたままでずっといるとかもダメダメ! あーしが服を作ってあげる、って言ったのに」

「ま、蜘蛛女のセンスが気に入らないっていうのは解るけどな」

「む。アマゾネススタイルしか知らないヤツに言われたくないわよ」

「あー……二人とも喧嘩は……げほっ!」


 言い争いをしそうになったクーとネイラを止めようとするエリック。だがそのまませき込んでしまう。二人も顔を見合わせ、喧嘩を止めた。無言のうちに休戦条約が結ばれる。


「よーし。じゃあエリっちは今日は寝てて。じっくり看病してあげる」

「オレの森特性の粥を食って、ゆっくり寝てな。そうすりゃすぐに治るぜ。よし、蜘蛛女。買い出し行くぞ!」

「待ってよー。ちな、材料は何?」

「先ずは蛇の睾丸と――」


 部屋を出ていく寸前に聞き捨てならない事を聞いたエリック。出来れば聞き違いであってほしいと願うばかりであった。

 オータムの街は王都の中間地点という事もあって、かなりの流通がある。食料や道具などの生活必需品はもちろん、魔術的な品物や眉唾物のアイテム、そして少し裏通りを進めば非合法な商売も繰り広げられていた。


「そこでオレがばばーん! と名乗りを上げたのよ。『おい、この俺を差し置いてこの街最強とは何事だ』ってな!」

「時々見ないなーって思ったら闘技場カジノに通ってたんだ。それで?」

「おう。後は快刀乱麻の大活躍ってもんよ! 暴れる輩をバッタばったと殴り倒し、最後に名乗りを上げて勝利宣言! かーっ、大将にも見せたかったぜあの姿!」

「……で、勝ち分と賞金を全額迷惑料と弁償代に使ったんだ」

「宵越しの金は残さないのがフリョー道ってやつなんだよ!」


 あーはいはい、とクーは手を振って会話を終わらせる。貨幣制度にあまり頓着しないクーは、お金がないとエリックが苦労するよなーぐらいの認識だ。そのエリックもネイラの行動にはあまり口出ししないのでクーもそれほど気には留めない。


「ってヨイゴシってなに?」

「オレも知らん。里に昔から伝わってる言葉なんだけど、まあ意味は解るし問題ねぇ!」

「古臭い種族はこれだから困るわー……およ?」


 クーの視界の先に、派手な看板が見える。『水着大会!』ピンク色で書かれた文字の下に、『飛び入り歓迎!』と書かれていた。後は商品やらなんやらだが、そういう価値が分からないクーからすればそれはどうでもいい。

 大事なのは――それが面白そうか否かだ。


「ねーねー。あれやってかない?」

「水着大会ぃ? あれだろ、水着着てなんか一芸してとかそんなんだろう? 面白くねぇな」

「ふーん、あーしに負けるのが怖いから逃げるんだ。ま、がさつなエルフには勝ち目ないもんね」

「言ったな蜘蛛女。安い挑発だがノッてやるぜ」


 かくして二人は飛び入り枠で参戦することになる。なお水着はクーが即席で作ったもので、


「ヒョウとジャガーってどう違うの?」

「柄の中にブツブツがあるのがジャガーだ」

「一緒じゃん別に。ヒョウ柄で良くね?」

「バッカ。ヒョウとジャガーじゃパワーが違うんだよ。ジャガーの顎は最強なんだぜ!」

「わからんちん。……こんな感じ?」

「あら。貴方達も参加するの?」


 控室でそんなことを言っていると気にかけられた声。見ると見覚えのある女性がいた。名前は確か……。


「カーなんとかとアリアリ?」

「カーラとアリサよ。記憶力ないのかしら」


 カインと一緒に戦った調香師パフューマのカーラと龍使いロン・マスターのアリサだ。共に水着に着替えている所を見ると、彼女達も参加者なのだろう。


「よう、龍使い。元気か?」

「ふん。あの程度どうという事はないわ。次は負けないから」

「あれ。仲良さげ?」

「おう。あの後も何度か戦ってな。人間のくせに強いのなんの」

「仲良くなったつもりはないけど」


 カラカラ笑うネイラ。不貞腐れるアリサ。同じ格闘系ジョブ同士、色々あったらしい。


「今日はよろしくね。正々堂々と戦いましょう」

「およ? 以外以外。前みたいに噛みつかれると思ったけど」

「カイン様が関係しないのなら、別に戦う理由はないわ。あの蟲使いは一度煮え湯を飲ませたいと思うけどね」

「あははー。ま、今日はよろよろ」


 握手を求めるカーラ。それに応じるクー。

 大会である以上ライバル同士なのだが、そこには友情に近いやり取りが見受けられる。とはいえこうしながらも互いのプロポーションを吟味しあうなど、水面下の戦いは繰り広げられているのだが。

 大会開始の予鈴が鳴る。それに合わせるようにドアがノックされた。そろそろ時間かと参加者が気を張った瞬間に、


砂男の狂乱宴サンドマン・パーティ!』


 いきなり扉を開けた男が睡眠魔法を解き放つ。不意を突かれた参加者女性達は抵抗する間もなく、吹き荒れる眠りの魔力に翻弄されて意識を失っていった。

 そして倒れた女性に近づき、一人ずつ首輪を嵌めていく。


「運び出せ」


 そのまま彼女達は運ばれていった……。

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