幕間Ⅳ クモとエルフの一日

「ふぇっふぇっふぇ。今回は豊作ですなぁ!」

 奴隷。

 人間、もしくは人間型種族でありながら、所有者に永続的に支配されたものを指す。人権はおろか名誉や自由など認められず、様々な労働を強要されたり売買などの対象となる。

 奴隷の歴史は古い。古代より奴隷の記録は残されており、隷属を強要する魔術や反抗心を奪う拷問法などは秘密裏ではあるが確かに伝わっている。どれだけ精神が強くとも限界は存在し、人間に効率よく施される調教は容易くその心を折っていくのだ。

 奴隷となった者は肉体的にも精神的にもその所有者に逆らう事はできず、残りの人生は暗澹としたものとなる。ごく稀に、善性の高い者に買われることで幸せな人生を送ることもあるが、そのほとんどは所有者に全てを握られ、苦悩のまま死んでいくのだ。


「ふぇっふぇっふぇ。今回は豊作ですなぁ!」

「はい。中でも冒険者の女性四名が逸材です。これは高く売れますよ。戦力として新天地開拓の最前線に送ってもよし。そこの兵たちの慰み者にしてもよし」

「うむうむ。しかし『味見』はしっかりしなくてはな。今夜はたっぷり……ふぇっふぇっふぇ」

「ええ、そうです。お客様に極上の時を味わってもらうために『味付け』も施す必要があります。粗悪な慰み者を送るのは忍びない……そうですとも、これは仕方のない事なのです。たーっぷり、仕込みましょう」


 聞こえてくる声はそんな下卑な声。目に映る女性達をどうやって弄ぼうかを考えているのを隠そうとしない、そんな声。自分達が絶対優勢だと信じて疑わず、目の前の人達を人と思わない差別的な目。

 それも当然だ。とある一室に集められた女性十数名。その全てに『隷属の首輪』をつけてあるのだ。それがある限り、彼女達が自分達に逆らう事はない。魂に作用するレベルの隷属魔術により、言葉一つで彼女達の動きは止まるのだから。


「それでは最初の命令です。『』……ふふふ、今は自分達の境遇を泣き叫びなさい。それぐらいは許してあげますよ」


 命令と同時に、首輪から微量の魔力が走る。肌に接して直接肉体に付与された魔力はそのまま魂にまで届く。命令に逆らう行動をとることは、魂レベルで許容されない。心がどれだけ拒んでも、言いようのない何かに支配されてしまうのだ。

 そして扉が閉まる。部屋の中にあるあかりは四隅のランタンのみ。それがここに閉じ込められた十数名の女性を照らしていた。全員水着姿で、武器などは保有していない。部屋の壁は厚く、天井もまた同じ厚さだろう。唯一の出入り口は扉だが、その扉を潜る事は誰もできない。

 女性達の何名かが起き上がり、現状を把握して絶望に打ちひしがれる。ある者は泣き、ある者は壁を叩き、ある者は自らを抱いてうずくまり。これから自分がどうなるのかを想像し、皆が絶望していた。

 そんな女性達の中に――


「おい、起きてるか?」

「ひゃん! や、エリっち、そんな所触っちゃ、やぁん! バカエルフが見てるぅ……ん!」

「起きろ蜘蛛女! どんな夢見てるんだ!」

「うにゃあ!」


 気だるそうに頭を掻くネイラと、何やら人には言えない夢を見ていたクーがいた。

 ネイラの格好はジャガー柄のビキニである。胸と腰を多く最低限の水着で、同じくジャガー柄のパレオを腰に巻いていた。本人曰く『ジャガーって強そうだろう!』との事である。ワイルドな水着と白肌のダイナマイツな凹凸が相乗効果を表していた。正に暴力的かつ野生的な武装だ。

 そしてクーの格好は白を基調としたワンショルダータイプの水着だ。右肩でひっかかけられたトップスにはフリルが加工され、クーの明るい笑顔を際立たせる。ボトムズにも同様のフリルがつけられ、体を動かすたびにフリルが揺れる。褐色と白水着の相反するコンストラクトは、単純にして最強の組み合わせと言えよう。

 そしてそんな二人の首にも、この場にいる女性と同じように首輪がつけられている。


「なにアホエルフ、首輪つけられて! ウケるー!」

「ああ、寝てる間につけられたらしいな。クソみたいな魔法の品だぜ。一応言っとくけど、お前にもついてるからな」

「マジ!? うわ、センス悪っ!」

「そういう問題か? ま、オレに首輪は似合わないっていうのは確かだな」


 クーの言葉に腕を組んで頷くネイラ。如何なる権力にも屈しない。それがフリョーの生きる道。そう教えられ、そして実践してきたネイラにとって首輪は不自由の象徴だった。


「……あれ? ところでここ何処?」


 今ようやく気付いた、と言いたげにクーが周りを見回す。暗い部屋。すすり泣く女性達。暗い雰囲気。まるで牢獄に居るかのようなそんな印象を受ける。


「今さらそれか? いや、オレもよくわからん」

「えーと……あーしらは確かエリっちの看病のために買い物に出かけて……」


 うーん、と腕を組んで思い出そうとするクー。

 そうあれは――

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